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彼女が好きなのは、俺か、俺の筋肉か(別章追加)  作者: 日室千種
好きなのは、彼か、彼の筋肉か
8/16

騎士なんて、大っ嫌い

ネフィリア(=ローゼ)視点を蛇足ながら追加します。

8話構成で、書き上がっているので、なるべくサクサクと投稿したいと思います。



「ローゼリア、すまない……」


 いつも調子のいい従兄弟が真っ青になって床に着きそうなほどに頭を下げるのに、ローゼはぎゅっと顔を顰めた。嫌な予感がする。


「アルバインが」

 名前を聞いただけで、急に音が鳴りそうなほどに心臓が跳び上がった。

「お前のことを」

 まさか、ローゼの身元に気づいてくれたのだろうか。

「筋肉目当てで近づいてきた女だと」

 

 ざっ、と音を立てて、ローゼの視界は真っ暗になった。

 貧血だ。咄嗟に側の壁に手をついて、やり過ごす。

 視界に垂れた髪が、灰色に見えた。ゆっくりと呼吸するにつれ、いつもの亜麻色に見えてくる。


「……アルバイン様が、そんなことを?」

「いや、正確には違う。あいつが言ったのは、筋肉を触らせてくれと近づいてきた女性がいると……」


 ぎろり、と顔を起こしたローゼの渾身の睨みに、ランドリックは即座に口をつぐみ、きまり悪げに頭を掻いた。


「他に何をアルバイン様に吹き込んだのです?」

「え、いや……素性がわからない女は上級騎士の妻が生涯安泰なの目当てが多いとか、世の中筋肉が流行っているから今だけだろうとか。仕方ない、まさか君のことだとは思わなくて」


 はは、と情けない顔をして詫びてくるが、きっと心からは反省していない。本当に、他人には興味の薄い、外面だけのチャラ男だ。今まで関わりなどなかったのに、どうしてよりによって一番大切な場所に踏み込んできたのだろう。


 つい先ほど、昼に逢ったばかりなのに。

 その時は、幸せに酔いしれていたのに。

 まさか筋肉好きな痴女のように思われていたなんて。

 さらにはきっと、流行に乗って条件のいい結婚相手を物色する浅ましい女とも思われたかもしれない。



 目が熱くなり、涙が湧いた。あっと思う前にこぼれ落ちて、止まらなくなった。

 泣いていいはずだ、とローゼは唇を噛みながら思った。今くらい、許されるはずだ。

 ランドリックが眉を下げ、情けない顔で困り果てていたが、知るものか。

 ローゼはさっさとその場から逃げて、部屋に閉じ籠った。


 本当は、面と向かって怒鳴ってやりたい。軽薄で浅慮な従兄弟に、鉄槌を下したい。

 けれど、ここはローゼの家ではない。

 ローゼは枕を抱きしめ顔を押し当てて、声を押し殺した。


「騎士なんて、ほんと、大っ嫌い!」


 アルバインもまた騎士で、彼だけは、違ったけれど。

 そう思うと、一層涙が出てきた。





 ローゼの母は、南部の森近くの薬草師の一族の出だという。魔物討伐の遠征に来た父との恋が実り、結婚し、ローゼが生まれた。

 幸せだったのよ、と母は言葉少ない。それから間もなく、父は任務中の事故で帰らぬ人となったからだし、ローゼも父のことを聞きたがらなかったからだ。

 未亡人となって初めて、父が南部の森を含む一帯の領主ゼンゲン侯爵の次男であることがわかり、ローゼの帰属について母は随分と心労を重ねたようだ。これもはっきり聞いたことがなくて、推測だが。

 結局、父の兄、つまりローゼの伯父に当たる人が、年老いた侯爵から強引に当主を譲り受け、ローゼを侯爵家へ入れると言い張るのも抑えてくれたらしい。

 代わりに受け入れて欲しいと諭された南の街のこぢんまりとした屋敷で、母とローゼは、母娘支え合って生きてきた。


 その母が、再婚した。

 ローゼが十六で成人を迎えた月のことだ。

 反抗期も過ぎて、母のことを心から尊敬している。

 寂しいことは当然寂しいけれど、母を幸せにしてくれるならば、再婚相手に文句を言ったりはしない。

 しない……。


「言わせてもらいますけど! 使ったものは元の場所に戻す! ただそれだけですよ!?」


 再婚以来、母は幸せそうだが、ローゼはそうでもない。

 屋敷の力仕事と厨房、洗濯は人を雇っているが、ほかのことは自分たちでしてきた。片付けてくれるメイドも執事もいない。道具は出したら片付けなければそのままだし、汚したものは洗浄しなければ汚いままだ。

 だが、母の再婚相手のギムレイは、こうした生活の根本的な常識が欠けていた。それはもう、徹底的に。

 平民の暮らしをしたことがないから、というより、気にならないのだ。意図的にやらないのではなく、気が付かない。

 そのうち馴染むだろうと信じ、初心を守り沈黙していても、どんどん酷くなるばかり。もうこのごろは初心は捨てて、はっきり文句をいうことにしている。すっきりはしないが。


 けれどこの男、ローゼの義父となった母の再婚相手ギムレイには、一向に響かない。

「やあ、すまないな」とにこにこ返事はする。けれど、昨日書斎から持ち出して使ったペンを食堂に置き忘れていたのを注意したところなのに、今日は拭き掃除用の水入れを庭の隅に置きっぱなしだったのだ。散々探し回って大変だったのに、さらに聞けば鍛錬の後に水をかぶるのに使ったと言う。


「あれは、掃除用なので汚れてます! 汚れを濯ぐし、泥水を入れることもあるのに! 違う用途に使わないでください! 今すぐ、お風呂に入って! 沸かしますから!」


 ローゼはキリキリしながら叫んでいるのに「娘っていいなあ」などと言って、ニヤついている。

 ちなみに、ローゼにこうしたことを厳しく躾けたはずの母はギムレイのやり方を笑って許しているから、ローゼばかりが怒っている。まるっきり、無駄に。

 腑に落ちない。


 こんなだらしないのに、ギムレイは優れた騎士だという。そして大変な優男だ。年齢こそ四十近いそうだが、線が細くすらりとした立ち姿、そこそこに整った顔つきをしていて、貴族だと言われても疑わないだろう。

 父の同僚だったとチラリと聞いたが、父の話をするのは好きではないので詳しくは知らない。


「なあ、ローゼ嬢」

「なんですか。あと、嬢ってつけるの、おかしいです」

「ローゼ嬢はまだ俺の娘になりきってないからなあ。敬語のままだし。騎士としてはお嬢さんに敬意を表すべきなんだ」

「そうですか。騎士って女の人にだらしなそうですね。あ、ギムレイさんのことは知らないですけど」


 風呂に入らせてみれば、今度は着替えに羽織ったシャツの袖口がほつれている。

 母に注進すればやっておいてと投げられ、むっすり補修していると、ギムレイは上半身裸のまま、側の椅子に腰掛けて待ちの体勢だ。

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