騎士がモテるのは期間限定?
騎士はモテると、人は言う。
俺は伯爵家の七男で、十二の歳には伯爵家に縁ある騎士の従者として家を出た。幼い時の栄養が良かったせいか、体格に恵まれ、顔立ちもそこそこ、貴族的な明るい茶色の髪と青い目を持ち、所作も悪くないはずだ。教育も、兄弟団子でだったが受けさせてもらい、読み書きや計算に不自由はない。
騎士団では、書類仕事が嫌われるので、俺は上級騎士という名の管理職に引き上げられたのも早かった。同年代の中では、出世が早い方だ。
これは自慢ではない。
なぜなら、それほど申し分ない条件なのに、俺、アルバイン・コルティスはほとんどモテないからだ。
理由はわからない。
告白は何度か受けたことがあるが、いつも一月ほど経つと先方から断られることが続き、最近は女性から熱い眼差しを受けることも無くなった。
向けられるのは、まるで年輪を重ねた老人を相手にするかのような、敬意とか慈愛のたぐいの眼差しのみ。
まだ二十代なのだが。いったいこれは、どうしたことか。
「いや、そういうとこだろ」
俺の同僚、上級騎士のランドリック・ゼンゲンは呆れた顔でそう言った。
ほぼ初めて私的な会話をするのに、最初から婚約者の有無を尋ねて来て、挙句そんなことを言い放つ。なかなかの押しの強さに、俺は少々面食らった。
先月から同じ執務室で作業をするようになって、今日突然、昼食を共にしようと誘われて騎士団の食堂に来たところだ。
食堂は、時間が早いせいかがらんとしている。卓と椅子の数が少なく殺風景なのは、普通の椅子の並びでは体格のいい騎士たちが収まらないせいだ。椅子がよく壊れるためでもある。
まだ早いと文句を言われながらも厨房から食事を手に入れたランドリックは、卓の向こうで煮込みを食べながら、俺の手元を見ていた。
俺は持参した弁当を並べている。その弁当が、どうかしたのだろうか。
「それ、趣味の自作弁当だって?」
「確かに自作だが、余り物を詰めただけだ」
「他にも、洗濯にもこだわりがあるし、清潔好きだし、繕いも上手いって、僕でも聞いたことあるけど?」
「人に向かって上手いと言えるほどでもない。汚れたり乱れたりのまま放置できないだけだ」
従者となれば、仕える騎士の下着まで洗うし、食事の世話もする。元々こだわりが強い性質だった俺は、生活を適当に済ませることができず、洗濯も料理も基礎からきっちり身に付けた。
師にあたる騎士には煩がられて早々に独立を促され、独立後は、有り難さを知ったと顔を合わせるたびに言われる。
今ではもちろん俺にも従者がいるが、私生活まで世話になることはないと、好きで自分の生活の世話を焼いている。
趣味というほど生産性はないと思っている。ただ、物はあるべきところへ仕舞い、食材は計画性をもって使いたい。きちんとしておかないと、尻の収まりが悪いという程度だ。たしなみ、というほど意識の高いものでもない。
「自分のできることと比べて落ち込むか、あるいは秘密の妻でもいて世話を焼いてもらってるのだと思い込んで諦めるか、そんな感じで振られるんだろ。どちらにせよ、お前ができすぎてるからだ」
そうなのか、と衝撃を受け止める間に、ランドリックは俺の弁当から肉料理を一つ摘んで、まあまあだな、とへらりと笑った。
「で? 婚約者はいないのはわかった。でもほんとは親しい女がいる? 聞いたんだよね、訓練場からの帰り道で女と会ってたって」
あの時か。あの小道で、後から来た騎士が俺だと知って、言いふらしたのだろう。彼女の顔までは、見られていない、はずだが。
女性は噂話が好きだというが、男たちの間でもこうした話題は面白がられて、すぐに広まる。
どう答えたものか。
否定するには、俺の中で彼女の存在が大きい。
といって、なんの事実もないのに付き合っているとは言えない。
「貴殿は」
「ランドリックでいい」
「……とても女性に詳しいと聞いたが」
片方の眉を跳ね上げた顔は、笑みの形はしていたが冷たく見えた。あまり好きな話題ではなさそうだ。こういった話題は、面倒なのだろう。
気持ちはわかる(いやわからないが)ので、手短に説明して終わることにした。
幸い、周囲に人はまばらだ。
「端的に言えば、付き合ってはいないが気になっている女性だ。俺の筋肉を触らせてくれと近づいてきた女性なんだが。それは俺を気に入ってくれているのか、それとも俺の筋肉だけがいいのか、知りたいと思っている。それを親しいと言っていいのかどうか、貴殿の方がわかるんじゃないか」
「え、ちょっとま、え?」
目を丸くしたランドリックは、すぐに顔中くしゃくしゃにして、腹を抱えて笑い出した。
丈夫さだけが取り柄の椅子が、ぎしぎしと悲鳴をあげる。
「何だそれ、体目当てじゃなく、筋肉? 面白いのに絡まれたな。あー、その女、コルティスの」
「アルバインでいい」
「アルバインの好みの女なのか?」
「好み、は考えたことはないが……」
「真っ当な娘との出会いには聞こえないな。いい大人なんだし、気に入ったなら食ったらいい、と言いたいところだけどだが、やめとけ。上手く躱せよ。上級騎士の妻は夫を失っても一生困らない。それ目当ての女もたくさんいるだろ? 筋肉って言い訳で寄ってくるのは、初めて聞いたけどな。あっははは」
大笑いしていたランドリックは、何を気を利かせたつもりか、俺を宥めるように口調を変えた。
「そういえば、訓練場を見学したがる令嬢も増えてるし、今は肉体派の男が人気なのは確かかもな。そのうち、流行が去れば静かになるさ。騎士団も、ただのむさ苦しくも気安い仲間たちに戻って、元通りだ」
安心しろと言わんばかりだ。
そうは言っても、そのむさ苦しい集団の中で、この男だけはひとり秋波を浴び続けるだろう。
同僚とはいえ、ランドリックは俺や多くの騎士たちとは、出自も経歴も大きく異なる。眉目秀麗で騎士としても実力のあるこの男は、全ての王国騎士を束ねる騎士総長の息子だ。貴族の身分としては侯爵令息であり、すでに子爵でもある。今は同じ上級騎士として経験を積んでいるが、近いうちに総長への階段を駆け上がっていくと、誰もが見ている。
そんな将来を約束された貴公子は、社交界ではいつでも女性に囲まれていると聞いたことがある。
想像を絶してモテる男からの助言、おそらく助言なのだろう、に俺は目の前が暗くなった。
真っ当な出会いではなくとも、上級騎士の妻目当てであろうとも、問題はない。
問題は、体を鍛えている男が巷で人気だという話だ。もしそんな流行が本当にあって、彼女も影響を受けているなら、やはり俺自身を好ましく思っているわけではないのかもしれない。
「そうか、わかった。助言には感謝する」
それ以上、弁当を味わう気にもなれず、俺は残りを口に詰め込み飲み下すと、席を立った。
「絶対そのうち、いい出会いがあるって。あ、アルバイン、その女の名前わかる?」
ついでのように背中に問われて、本当は答えたくはなかった。
だが、一方的にであれ、助言をもらった手前もある。俺は振り返らず足早に歩きながら、虚しい気持ちで名を答えた。
「ネフィリア嬢だ」
姓は――そういえば、まだ聞いていなかった。




