第四節 「The two alter egos made a beginning and an end.《二人の分身は始まりと終わりを作った》」
早朝。凱はまた、教会の前に立っていた。イリーニの力を授かった救世主のいる教会だからと身構えていたが、その教会は田舎寄りの静かな町に佇む、こぢんまりとした建物だった。今まで襲った教会と比べても、特徴のない平凡な外装をしている。
凱は正面の入り口に掲げられた光り輝く金の心臓のエンブレムを確認してから、茶色い木製の扉を叩いた。
しばらくして顔を出した神父は白髪に私服で、凱の姿を見とめ、優しく笑いかける。
情報屋の忠告通りあえてロングマントで姿を隠さずに訪問したのが功を奏し、今のところ警戒している様子はない。
「この教会に訪れるのは、はじめてですよね? 申し訳ないのですが、今は中で敬虔な信徒の方がイリーニ様に御祈祷をされていますので、礼拝をご希望されるのでしたら、もう少し時間を空けてからお越しください」
「そうか。なら好都合だ」
「はい?」
「その敬虔な信徒とやらに会わせろ」
神父は扉をくぐって中へ入ろうとする凱を慌てて止める。
「お待ちください! 今は困ります」
静止を振り切りずかずかと中へ入っていく凱の肩を神父が掴んだ。
「大体、あなた誰なんです? あの方は一般の方とはーーーー」
神父の手を振り払い、凱はスマートフォンのようなものーー安定器を黒革のズボンのポケットから取り出す。
「ーーーー俺に、名前を聞くな」
言いながら、左胸にかざした安定器を起動させる。
『Stabilize!!』
電子音声が流れ、強烈な紫の光に包まれる凱。光が晴れると、銅色の鎧を身に纏った毛むくじゃらの悪魔が現れる。
「ああぁぁ……お、お前はまさか、司祭様が言っていた、鎧の悪魔!?」
「ほう。知っているのか。なら話が早い。救世主に会わせろっ!」
凱が白髪の神父の胸ぐらを掴んで突き飛ばすと、神父は慌てて奥の扉に駆け込んでいく。
「小手川様、小手川様!!」
扉越しに神父の声を聞きながら、凱はゆっくりと建物の中へ足を踏み入れ、神父が入った扉を蹴破る。
中は礼拝をするための広い空間で、背もたれのあるベンチが等間隔に並び、最奥には平和の神イリーニが描かれたステンドグラスの大窓があった。
その大窓から差す光を受けられる位置、中央の通路に、ベージュのセーターに灰色のズボンを着た茶髪の男が背を向けて床に片膝をつけていた。
「お前が小手川とかいう救世主か」
凱が声をかけると、男が立ち上がり、ゆっくりと振り返った。
「貴様が鎧の悪魔か。よりにもよって、私の前に現れるとはな」
小手川は若い青年で、凱よりも頭一つ身長が低く、目鼻立ちの整ったその顔には幼さを残していた。しかし、自分を私と言うにふさわしい、自信に満ちた神々しいオーラを纏っている。
小手川はズボンのポケットからおもむろにスマートフォンのようなものを取り出した。よく見ればそれは、安定器だった。
「何?」
小手川は、安定器を胸の中心にかざし、つぶやく。
「スタビライズ!」
『Stabilize!!』
凱のものより音程の高い電子音声が流れ出し、小手川を眩しい白い光が包み込む。
次の瞬間現れたのは、フードのない、金のラインが入った薄灰色のローブに身を包んだ小手川だった。神父が着ているようなローブと同じに見えたが、胴の両側、みぞおちから鎖骨にかけて、金色の蔦の刺繍が施されていた。凱とは違い、人間の姿を保っている。
「その程度の装いで制御できる力なのか。お前、弱いだろ?」
凱が挑発すると小手川は整った顔を歪めて怒る。
「……私の安定器は、貴様と違って純正なんだっ!」
小手川が空気を掬い上げるように右腕で床をなぞると、白い光の筋が凱に向かって走る。
凱はそれを半身になってかわした。わずかにかすった銅色の鎧から、かすかに白い煙が上がった。
「宝の持ち腐れだな」
「馬鹿にするなぁ!!」
今度は両腕で勢い良く地面を掬い上げる小手川。斜めに走った二つの光の筋が、凱の手前で交差する。
「当たってないぞ。お前、慣れてないだろ? 通りで自信過剰なわけだ。イリーニから力を授かっただけで思い上がって、ろくに悪魔と戦ってないな?」
「ーーーー黙れ黙れ黙れっっ!! イリーニ様は平和を望んでいる。争いなんて好まないんだよ!」
小手川は怒り狂い、髪を振り乱しながら光の筋を乱発した。凱は自分に向かってくる当たりそうなものだけを飛び退いてかわす。
「その攻撃、隙が多いな」
凱が右手に赤紫の火球を宿らせて小手川に投げつけると、小手川は炎に包まれた。
「うわぁぁーーーーーーーっっ!!!!」
床に転倒して転げ回る小手川。しかし、炎は床に多少燃え移りこそしたが、凱が睨んでも火柱というほど勢いは増さず、小手川を火だるまになって焼け焦がすこともなく鎮火した。
ローブも髪も燃えておらず、無傷のようだった。
「なんだ、燃えてないじゃないか」
パニックになってのたうちまわっていた小手川は、その言葉を受けてぴたりと動きを止める。体のあちこちを触って確認するも、凱の言う通り焦げ目すらついていなかった。
「そうか、私は、イリーニ様から力を受けた救世主だ!! 悪魔の攻撃が効かないのは当然か。ハハハ、貴様に勝ち目はない。降参しろ、鎧の悪魔」
立ち上がり、急に自信を取り戻した小手川に呆れながら、凱は再び右手に火球を宿した。
「ならこれならどうだ?」
放たれた火球は小手川の手前の床に落ちたが、凱の予想通り、今度は視線を向けるだけで高い火柱を上げて燃え広がった。
「どこを狙っている? 私には効かないぞ」
余裕の表情で笑う小手川の目の前に、炎を割って凱が現れる。
「なっ!?」
凱の右手は小手川の左胸の服も肌もすり抜け、心臓を鷲掴みにした。
「目眩しにはなったろ? さぁ、お前の望みを叶えてやる」
「うぅっ……」
体から心臓を引き摺り出し、凱はそれを躊躇なく握り潰した。
「あ、え……?」
情けない声を上げ、小手川が倒れる。小手川の耳に、降って湧いた黄色い歓声が届く。
「ーーーーははは、悪魔を、倒したぞ。やっぱり私は、天才だったんだ……」
小手川は口の端から血を流し、幻想にふけりながら絶命した。
「あっけないな」
凱は小手川のポケットから純正だという安定器を拝借し、教会に獄炎を放って立ち去った。




