第三節 「So I created two alter egos.《だから二人の分身を作った》」
前々から連絡を取っていた情報屋に呼び出された凱は、指定されたとある喫茶店に来ていた。薄いピンクや青色の水玉模様に彩られた店内で、凱の黒いジャケットに白いノースリーブシャツ、下は銀のチェーンを垂らした黒革のズボンに黒革のブーツという刺々(とげとげ)しいファションは異彩を放っていた。
客は見渡す限り女子中高生ばかりで、時たまいる男子も、マッシュルームヘアに色白のメイクといった、凱に言わせれば女のようなファッションをした男ばかりだった。
居心地の悪さを感じながらメニューを見ると、パフェやケーキと言った極端にカラフルなスイーツばかりで、ドリンクに至ってはすべてタピオカジュースだった。
「なんだこの店は……」
凱は渋々抹茶味のタピオカジュースを頼み、スマホで情報屋を急かすメッセージを送った。
「ーーーーごっめーん。お・ま・た・せ♡」
数分後、どこからともなく情報屋が現れ、凱の向かいの席に座った。ツインテールを黒と薄紫のツートングラーデーションに染め、フリルの目立つモノトーンカラーのロリータファッションに、涙袋を強調する赤いアイシャドウをしたその情報屋は、凱とはまた別の浮き方をしていた。
「花のJK、アユちゃんですっ! アユッピって、呼んでね?」
ラメが塗られたつけまつげでウィンクをする情報屋に、凱はため息混じりに口を開く。
「で、用件はなんだ? お前にはイリーニ関連の調査しか依頼していないはずだぞ」
「もっちろーん。今回もその件っ。……実は最近ね、イリーニ様を信仰する教会の警備が、強化されてるらしいの」
テーブルに肘をついて両手の上にあごを乗せ、情報屋はパチパチと大袈裟にまばたきをする。
「なんだ、そんな話か。それでここ最近、教会の情報を寄越さなかったのか?」
呆れた様子でクッションにふんぞりかえる凱に、情報屋は白にハートのデコレーションを施したネイルで指をさす。
「あ・た・り。警備の詳細がわかるまで、下手にあなたに情報教えられないじゃない? 羽振りのいいあなたが死んだら、困るのはアユッピだし」
「馬鹿馬鹿しい。俺は悪魔だぞ? 人間が何十人、何百人束になろうと、俺には敵わない」
「じゃあ、救世主なら?」
「ーーーー何? なんだそれは」
聴き慣れない単語に、凱は眉をひそめて聞き返す。
「ホラやっぱり。情報止めてて正解だった。教典もろくに読んでないんだ」
「いいから、早く教えろ」
凱が急かすと、情報屋は唇をアヒル口にして不機嫌そうにしながら答える。
「もぉ。敬虔な信徒の中にはね、神様から力を授かる人もいるの。それが、救世主」
「なるほどな。神サイドの能力者か」
「そ。でね、その中には、神様と直接会って、神器を授かる人もいるんだって」
身を乗り出してわざとらしく小声で喋る情報屋。凱は思わずその場で立ち上がった。
「なんだと!? どういうことだ? イリーニと、繋がりのある信徒がいるということか?」
「ホラこうなった。だから呼んだんだよ? アユッピったらあったまいい〜」
「早く教えろ!」
あごを乗せた腕につかみかかる凱に、情報屋は努めて冷静に応じる。
「本気で神様殺したいなら、ちゃんと最後まで聞いてね?」
「……わかった」
凱は席に座り直し、身を乗り出す。
「と言っても、うちのガイッピせっかちだからなぁ。手っ取り早く説明するね。感謝して♡」
「その名で呼ぶな……」
両手でハートを作る情報屋に、凱は声量を抑えてつぶやく。機嫌を損ねるとだんまりを決め込んで大切な情報を教えてくれなくなるからだ。
「ガイッピの予想通り、神様と繋がりのある救世主もいるみたい。ただ、相当ガードが堅くて、名前まではわからなかった。ざ〜んねん」
情報屋はあごを乗せていた手のひらを広げ、目を細めて戯ける。
「そうか……。だがそいつを脅せばイリーニを呼び出せるかもしれないな。教会を潰して回るより、よっぽど話が早そうだ」
「ーーーー言うと思った。電話だったら絶対今切ってたでしょ。私のおかげで命拾いしたね、ガイッピ」
「何が言いたい?」
情報屋はラメ入りのピンクの手鏡を取り出し、メイクをなおしながら答える。
「イリーニ様を直接呼び出せるような救世主に、普通に戦って勝てると思う?」
「……確かに。俺のような自然発生の悪魔でさえこの強さだ。神から神器を授かった救世主が、弱いはずがない、か。どうすれば勝てる?」
「ガイッピったら、私に頼ってばっかじゃなくて、もっと頭を働かせてよね。イリーニ様は平和の神様なんだよ? その能力は、あらゆる攻撃を止めて、戦争を終わらせる力。そんな神様から授かる力なんだから、少なくとも攻撃的な能力じゃないことくらい、わかるでしょ?」
「そうか、確かにそうだ。平和の神が争いの火種になるような力を信徒に授けるはずがない。イリーニを直接呼び出せるほどの実力者でも、それは同じということか」
情報屋はメニューを広げてタピオカジュースを吟味しながら、凱に向けて人差し指を立てる。
「ピンポ〜ン。イリーニ様を直接呼び出せるような信徒なら、多分、イリーニ様とおんなじような能力だと思う。攻撃はまず通らないだろうね。ガイッピみたいに炎を操る力でも、炎ごと止められるんじゃないかな」
「なるほど、なら、悪魔の力には頼れないな」
「逆」
「何?」
情報屋はじらして凱の反応を楽しむようにボタンを押して店員を呼び寄せ、なにやら長ったらしい名前のタピオカジュースを頼んだ。
「おい」
凱が急かすと、情報屋はやれやれとつぶやきながら手のひらをほほの高さにあげて首を振る。
「悪魔の力でも止められるのに、鉄砲とかナイフで倒せると思う? もう、ガイッピってばせっかちすぎて思考停止しちゃってるんじゃない?」
「……しかし、ならどうすれば良い。他の悪魔を雇うなんてごめんだぞ?」
「ーーーーハートブレイク」
情報屋は、したり顔で笑う。
「確かにあれは特殊な攻撃手段だが、それでも攻撃は攻撃だ。効かないはずだろ」
「天才JKアユッピはそのあたりもちゃーんと調査済みです。イリーニ様の力は、攻撃を止める力。でもハートブレイクは攻撃じゃない。相手の願いを強制的に叶えて、それに見合った代償を与えるだけ。願いを叶えてくれるんだよ? 平和の神様イリーニ様が、どうして止める必要があるの?」
「代償はどうなる?」
「悪魔に願い、望みを叶えてもらった人間は、それに見合った代償を支払わなければならない。それは等価交換であって、攻撃じゃない。たとえその代償で死ぬことがあったとしても、願った自分が悪いんだから」
「つまり、近接戦闘に持ち込んで、心臓を引きずり出せばーーーー」
「そ。願いは叶い、救世主は代償を受ける。簡単でしょ?」
言い終わるや否や、情報屋はおそーいと不満を漏らしながらようやく来た長ったらしい名前のタピオカジュースをすすった。
「わかった。お前の情報には信憑性がある。信用しよう。……それで、イリーニと繋がりがある救世主のいる教会の場所はわかるか?」
「もぉ、ガイッピってば、ホントにせっかちさんなんだから。ぶっつけ本番じゃなくて、まずは、イリーニ様から力を授かった救世主の力がどの程度か、検証するのが先でしょ?」
「それもそうだな。しかし、あてはあるのか?」
「アユッピを誰だと思ってるの?」
情報屋はバッグから片手でスマホを取り出し、凱に画面を見せつけながら親指で電源を入れた。