【第6話】『 還れ 』
44.花束の約束【第1章】- The Twilight World -〈第6話〉『 還れ 』
ドラゴンは僕を睨みつけている。
奴も僕を警戒しているのか威嚇しながら飛び続けている。
「君の言う安全圏まで、なるべく低空飛行で向かうんだ!」
「わかったわ!」
ここの渓谷は深さはあるが広くは無い。
下を流れる川に近ければ近いほど幅は狭く、浮上すればするほど割れ幅が遠く、比較的に開けている。
僕らはあのドラゴンに比べたら小さい的だ。
逆にドラゴンは羽を広げてしまえばこの狭い谷底を飛行できないだろう。
奴は俺達に近づいたら周囲の岩山に邪魔されて翼を広げる事が困難になる。つまり奴はこの狭い渓谷内では飛べなくなるんだ。そうしたら翼を広げられる上空へ向かわざる終えなくなる。
「そうなったら、きっと吐いてくるぞ。」
ドラゴンは大きく口を開け、火の玉を僕ら目掛けて上から吐き飛ばしてきた。
「焼かれたく無かったら僕の指示通りに回避しろ!いいな?!」
「えぇ!なんだかとっても嫌な予感がするんだけど‥‥‥。」
「君の操縦技術にかかってる。言う通りにして!まず左翼側に60度傾けてくれ!」
「60度傾けて‥‥‥。」
「そのまままっすぐ進め!急いで!!」
少女は僕の言う通りに絨毯を動かす。
炎の塊は絨毯には当たらず、水飛沫と一緒に川へ落ちた。
「やっぱり嫌な予感的中!!もうさいっあく!!!」
「次、右に30度に向きを変えた後、岩肌に当たらないように超加速!!被弾まで5秒も無い。早く!!」
「わかったわよ!!」
次々とドラゴンの攻撃を回避していく。
奴が火の玉を発射するには何秒かのインターバルがある。
そんなに長くは無いが、口の中にエネルギーを溜めて正確に狙いを定める時間が必要らしい。
「さすが知性のあるドラゴン様だ。僕達の回避も想定内か、このままだと落とされる。そうなる前に手を打たないと‥‥!!」
そう、考えは頭の中では出来てる。
もし成功すればあのドラゴンを巻いて安全に生還できるのだが、正直自信はない。
「ねぇ、次はどうすればいいの?!」
「左に13度回転、そのまままっすぐだ!!」
「わ、分かったわ。」
迷っている時間もない。
こうなったらやるしか無い‥‥!!!
「アデン、この先は他の川と合流していてとても開けた場所になるわ。正直回避するだけだと保たないと思う。」
「あぁ、君はまっすぐ結界まで進め。僕の事は気にせず!」
「ほ、ほんとに2人で生き延びれるのよね?」
お互いの緊張感を背中で感じ取っていた。
少女の声には不安とほんの少しの希望があった。この子のメンタルが落ち着いているうちに早くなんとかしなければならない。
「当たり前だ。さっきも言っただろう?僕を信じろ!」
「えぇ、わかったわ!」
絨毯はさらに加速を増した。
もう僕が回避の指示を出す事は無い。この子の集中力ならきっと指示無しで回避できる。元陸上部の勘がそう言っている。
「とにかく目的地まで速度を変えずに向かうんだ。運動加速値と最短ルートを予測しながら進め!!」
「何言ってるのか分かんないけど、とにかく任せてちょうだい!」
ドラゴンは火の玉を発射させながら降下して僕らが居る川の方まで降りてくる。
いくら場所が開けていたとしても、コイツからしたら狭い渓谷な事には変わりない。少しでも気を抜けば岩肌に衝突するのはコイツも分かっている事だろう。
「確か、こうだっけな‥‥‥。」
僕は大きく息を吸って、お腹の中に力を込めた。
「ふぬぬぬぬぁんんんんん‥‥んんぐぬぬぬぬぁ‥‥‥!!」
「ちょっとアンタ後ろで何してんの?!」
「んんん‥‥いいから前に集中してくれ!!」
時の権能、あの日みたいに、時間を止められたら。
どうやってやるんだ。あの時はとにかく無我夢中で、怒りと悲しみが混合して‥‥‥。
あぁ、思い出したくないなぁ。
嫌だなぁ。嫌だなぁ。痛いなぁ。くそっ、なんでこんな時にあの日の事なんて‥‥‥。
いや違う。余計な事は考えるな。僕はこの子を守る。そしてこの世界を守る為にここにいるんだ。
勇気を出せ。あの日の恐怖に打ち勝て!!
こんな所で終わらせたくないんだ!!
こんな所で!!!!!
パリンッ‥‥!!
何か音がした気がした。その音はまるでガラスが割れた時のような衝撃を身体中を響かせた。
体が徐々に変化し始める。
自然と痛みは感じない。ただ心の中にぽっかりと穴が空いたような感覚だけ
「あ、そうか。まさか。」
もし僕の予想が的中しているなら、お腹に力を込めるだけじゃこの力は発揮できない。
ふと左手を見てみるとそこにはベッタリと付いた血が見えた。
「あぁ、くそ、でもコレで権能が使える。」
身体中にメキメキとひび割れのような現象が起こる。
そしてそこから赤色の光が溢れ始める。異様に目が痛い。
「ねぇ、どうしたの?!まさかどこかやられた?!」
「大丈夫だから。前を向いてっ!」
「わ、わかったわ。」
どこからか、時計の針の音が聞こえてくる。ゆっくりと近づいてくるかのように。
きっとこの音は僕にしか聞こえない。そう思えるのは、きっと僕が“時の権能”を持っているからかも知れない。
この能力の特性が少し分かった気がする。力を使うには、ある記憶を呼び起こさなければならない。
想いの強さがこの力に影響するようだ。とても強い感情、僕の強い気持ち。それが鍵となってこの権能は使えるらしい。
「‥‥‥スェアラ‥‥シオヌム‥‥ハフセ‥‥‥‥‥‥‥ファントム」
僕が左手を握って前に突き出し、拳をゆっくりと緩めながら横に振り上げた。
「グァァァァアァァアアアアアアア!!!」
ドラゴンには知性がある。火を吹くわけでも無く、ただ僕を脅威と判断して威嚇していた。
ドラゴンには僕がどんな存在か分かるのかも知れない。耳を塞ぎたくなるような大きな唸り声に、ただならぬ恐怖を感じた。
奴は怯えているように見える。このまま逃げて消えてくれるかも知れない。そうなったらとうとう助かるんだ!
「熱っ‥‥‥?!?!?!!!!!」
次の瞬間、竜は威嚇を辞め、僕に目掛けて火を吹き続けた。
僕は両手を炎に近づけた。
「ねぇ!!なんだかさっきからすごく熱いんだけど!!アンタ今どーゆー状況な訳?!!」
「うるさい!!僕の腕が焼き切れる前に結界へ急げ!!」
「は?!!それ大丈夫なの?!!さっきからどーなってるのよ?!!!!」
咄嗟に炎の時を止めて絨毯に燃え移らないようにしているが、ごり押しで吐かれたら僕の腕が丸焦げになってしまう!!
「いいから行け!早く!急げ!」
さすが知性のあるドラゴン様だ‥‥‥。
権能の事もよく知っているんだろうか?クソっ、権能にビビって怖気付いたと思ったのが運の尽きか‥‥!!
今の僕の力では、目先の炎を食い止めるしか出来ない。
「ぐぁぁぁぁぐぁ‥‥ぁぁぁぁぁ‥‥‥うぁぁぁああああああああああああああああああああああああああぁあ!!!」
腕が‥‥腕が焼き切れる‥‥‥!!!
「アデン、どうしたの?大丈夫なの?!」
「ぐぁ‥‥‥早く‥‥進んで!!!」
「もう少しだから。後少しで結界の中だから‥‥!」
火傷に出血‥‥だけじゃない、コレは‥‥‥!!
炎の中に毒ガスが含まれている‥‥‥!!意識が飛びそうなくらい頭痛と目眩が‥‥‥。恐らく一酸化炭素中毒のような現象で‥‥‥。
「だ‥‥‥だめだ。思考が‥‥‥‥っ!!!」
「後、少し!!後少しだから!!死なないでよバカ!!」
炎の中、僕はドラゴンと目が合った。
奴は僕らを食らうのでは無く、殺そうとしている。目を見ただけでそう直感した。
「頑張って!!もう少しだから———!!」
意識が飛びそうになる中、僕の心に誰かが語りかける。
その声はいつもと変わらず優しげで、いつもと変わらず勇気をくれる。
何度も助けられた声、何度も助けたかった声、助けられなかった君の声だ。
「‥‥‥約束したんだ‥‥‥必ず、守るって‥‥‥!!今度こそ必ず救うって‥‥‥‥!!」
「‥‥どうしたのアデン‥‥‥??なんて言った??」
思考を止めるな。あの日を忘れるな。
僕は誓ったんだ。約束したんだ。
アイツらと過ごした時間、別れてからの時間、苦しんだ時間、認められた時間、全てが僕に意味を残した。
「ぐ‥‥ぁ‥‥‥‥‥!」
「グァァエアアアアアアアアアァァァァァァァァァァ!!」
「うあぁあぁああああああああああああああああああああ!!」
ドラゴンは火を噴く姿勢を変え、より高濃度の炎が僕らを襲った。
岩山にぶつかり、周囲の木々に邪魔されても、その炎を止める事は無かった。
「‥‥‥きみに殺される訳にはいかないんだ。僕は、この世界を救う為に、ここに来たんだ!!」
「結界だ!!結界が見えたわ!!すぐそこよ!!!」
くっ、もう力が入らない。
せっかくこの世界で人間に出会ったのに。
あぁ、この子の名前、最後まで聞けなかったな。
僕、このまま死ぬのかな。なんだか、それでもいい気がしてきた。このまま死んだら、約束は‥‥‥。
「還れ、この世界の最果てへ。」
「 《 オルフェザード 》 」




