【第4話】『 護神竜 』
42.花束の約束【第1章】- The Twilight World -〈第4話〉『 護神竜 』
地響きと同時に何者かの声が聞こえてくる。
まるで人の声では無い。まさに獣のような鳴き声だ。それも今まで聴いた事のない特殊な周波数を放っている。
そう、奴は遂に僕の目の前に現れたのだ。
木々を薙ぎ倒し、植物の踏まれる音が聞こえる。そしてその中から恐竜にも似た獣が顔を見せた。
「こ、こいつは、ドラゴン?!」
黒く岩より硬そうな皮膚が特徴的でトゲトゲしい見た目。青い瞳に大きな白い牙で森の生物達を丸呑みにしている。漆黒に帯びた翼はまるで聖書に出てくる大悪魔を彷彿とさせた。
「で、でかい‥‥。」
「何してるのあんた?!死にたくないならついて来なさい!!」
大きな振動の中、彼女が僕に大きくそう言った。
とにかく、今は逃げないと。ドラゴンに遭遇した時の対処法なんて僕が知るわけ無いんだから彼女について行くしかない。
この世の物とは思えないような大きな音を立てながら、ドラゴンは何かを探しているようだった。時には火を吹き、辺り一体を炎で満たした。
僕は少女の後を全力で追いかける。
「急いで!!あの竜は私達を狙ってる!!」
「どうして?!なんで僕らを狙うの?!」
「ちょっと説明してる余裕ない!!とにかく“川”まで急いで!!」
バキバキバキバキバキバキ
さっきから巨大な大木が倒される音がずっと聞こえてくる。
ふと後ろを振り返ると、あのドラゴンは大きく羽を伸ばしながら空へ飛び始めた。
「ねぇ!!あのドラゴン、飛んでいったけど?!」
「はぁ?!それはつまり私達の場所を特定しようとしてるからでしょ?!竜は知性のある魔物よ。素直に人間を逃がしてくれるはずないわ。あんたそんな事も知らないの?!」
「知らないよ!!さっきも言ったでしょ?!異世界から来たんだ僕は!!!」
「あーもう!!なんなのよ!!」
少女は悪態をついている。
しかし、そんな事を言っている暇も無く周囲の大木が火の海に消えた。竜は口から火を吐いている。
「ねぇ、所で君、名前は?」
「はぁ?!今それ聞いてどうすんのよ?!」
「さっき僕は答えたのに、君は教えてくれなかったじゃないか!」
「だからって状況を考えなさいよ!!死にたいの?!」
森を駆け抜けながら僕らはそんな会話をしていた。
僕だってこの子の全てを信用している訳じゃない。名も知らない相手が僕を助けてくれるとは限らない。
実際、この状況さえ、この子に仕組まれた罠かも知れない。
「だったらなぜ“川”に行くんだ?君はさっき“川まで急いで”と言った。そこに行けば打開出来るのか?君はなぜ僕も連れて来た?」
「なぜなぜってそれしか言う事ないの?あんた。川まで行けば私が乗って来た“絨毯”があるわ。それに乗れば王都に帰れるかも知れない。」
「‥‥‥意外と、素直に教えてくれるんだね。」
「何よ!!あんたが聞いてきたんでしょ?!答えてやったんだから打開策をあんたも考えなさい!!」
少し驚いた。僕は少し考えすぎてたのかも知れない。
初めての異世界人の言葉を鵜呑みにするのは少しリスキーだと考えていたが、この子は信用できるかも知れない。
こっぴどく裏切られた経験から、僕は少し臆病になっているようだ。
「分かったよ。僕も協力する。まだ君の名前を聞いていないからね。」
「あんた、まだそんな事‥‥‥!!それに、さっきからずっと話してるけど、あんた息が上がらないの?!」
「上がらないよ、そーゆー走り方があるんだ。とにかく急ごう!前だけ見て集中するんだ!!このままだと2人とも死んでしまうぞ!!」
「あーもう、分かってるわよ!!」
もう200メートルは走っただろうか‥‥‥?
ドラゴンは思っていたより僕らを見つける事に苦戦しているらしい。先ほどからずっと僕らの頭上を行ったり来たりしている。
そもそもなぜ人を襲うのだろうか?
捕食対象?ナワバリ意識?それとも竜には人間を襲うようにプログラムされた本能があるとか‥‥‥?
いいや、考えてても分からない物は分からない。
とにかく今を生き延びる事に専念しよう。
せっかくこの世界の手がかりを見つけたんだ。ここで倒れたらまたあの惨劇を引き起こす事になる。
頭を回せ。この現状を打開する為に出来る事は?!
この少女が信頼に足る人物であると仮定して、2人で生き延びる方法が必ずあるはずだ。
「‥‥‥君を信じるよ。」
「‥‥はぁ、はぁ、へ?何よ急に。はぁはぁ‥‥。」
ドラゴンの皮膚を見た時の印象は、まるでトカゲやカエルのような柔らかい皮膚の上に鋼鉄の鎧を纏ったようなゴツゴツした見た目。おまけに奴には頑丈そうなツノや爪が何百本も生えている。
そして何より厄介なのはドラゴン特有の火を吹く事が出来る点だ。
実物を見るのは初めてだったが、異世界ならそう珍しい事でもないのだろう。それにココには魔法の概念まであるようだ。
頭は思考し、僕らは一直線に大きな谷川の麓まで降りてきた。
そこで少女は足を止めて、息を整えるように背中で呼吸した。
「‥‥はぁ、はぁ‥‥‥いい?作戦を考えたわ、まず私の絨毯に乗って王都結界の中まで行く。ここからは少し遠いけど、ブースト魔法で加速する。あんたは落とされないように捕まっとく事、いいわね?!」
そう言って少女は川の中から青く光る石ころを取り出し、おもむろに呪文のような言葉を並べ始める。
「‥‥‥オルイマン‥‥アルフォンリアナーデン‥‥‥」
少女がそう呟くと、その石はみるみると姿を変えた。そのスピードは約2秒ほどで立派な絨毯へと変貌した。
「‥‥凄い。これは魔法‥‥‥。」
僕はそのあまりに現実味のない光景に驚きを隠せずにいた。
少女は軽々と宙に浮く分厚い絨毯へ飛び乗った。
「時間がないの!早く乗って!!」
少女は大きくそう言った。
しかし、僕の中には未だ恐怖が残る。人を信じる事への恐怖、裏切られるかも知れないと過去の自分が話しかける。
僕は数秒ほど絨毯に乗るのを躊躇った。
「ねぇ乗って!!急いでるの!!置いていくわよ?!」
少女の目には迷いが無い。本気で2人で助かるつもりなんだ。
僕の脳裏にはあの言葉がよぎった。
僕 に 騙 さ れ て い た の さ 。
まだ声がはっきり聞こえる。
ずっとあの言葉だけは忘れる事ができなかった。
それでも、
「ねぇ、早く乗ってよ‥‥‥!?」
少女は痺れを切らしたように大声で言いかけた。
僕は彼女が言い終わる前に絨毯へと乗り込んだ。その判断に至るまで3秒もかからなかった。
「さぁ、飛ばして!!作戦なら僕も考えがある!!君は前だけに集中するんだ!!」
僕は彼女の背中に手を当てて進む事を指示した。




