【第3話】『 不思議な人 』
42.花束の約束【第1章】- The Twilight World -〈第3話〉『 不思議な人 』
彼女は岩の上で足をバタバタさせながら悶えている様子だ。
歌っていた時までの彼女の雰囲気とは真逆の性格だ。これがこの子の本来のキャラなのかな?
「ち‥ちが‥‥‥!!」
少女は動作まるで子供が駄々を捏ねているみたいに頭を左右に動かしている。
「き‥‥貴様は何者だ!!ま、まさかさっきのずっと聞いていたのか‥‥‥?!わ、私をバカにしていたのか?!!!」
「待って!!とりあえず落ち着いて欲しい!!僕はそんなつもりで聞いてたんじゃなくて‥‥!!それに君、そんな所で暴れたら足を滑らせて川に‥‥!!」
「うるさい、うるさい、うるさぁぁぁい!!!!!!」
僕の言葉は虚しく、彼女は岩の上で暴れ回っている。そして案の定、川に落ちた。
「あ‥‥‥。」
バシャン!!!
次の瞬間、音を立てて少女の体は川の中へと吸い込まれた。
「ほら言ったじゃないか!危ないから落ち着いてって!!」
水面には彼女が何とか泳いでこっち側まで来ようとしているのが見てとれた。しかし、どうやら苦戦している模様だ。
バチャバチャバチャバチャ!!
「まさか泳げないの?!」
少女は水の中で必死に手足をバタバタさせている。本当に混乱しているのだろう。川の水流によってむしろ流されている。
少しづつ彼女の小さな体は水の中へと消えていく。
あんまり体力が無いみたいだ。きっと突然の出来事にパニックになっているのだろう。
「クソッ!!」
考えている暇はない!!
このままだと彼女は溺れてしまう。せっかく人に会えたのに。この世界の手がかりをここで失う訳にはいかない!!
僕が助けるしか‥‥‥!!
◇
気づいたら僕の体は川に飛び込んでいた。
彼女の元まで平泳ぎで向かい、少し深い場所まで辿り着く。
「ゴボ‥‥‥ゴボォォゴボォ‥‥‥。」
彼女は水の中に囚われたまま力一杯泳ごうともがいている。
川の流れはそこまで早くはない。僕が少しずつ手を伸ばし、彼女の腕を掴んで河岸まで泳いだ。
◇
「っぷはー、はぁ‥‥はぁ‥‥。」
まったく、とんだおてんば少女だ。
僕が驚かせてしまったのかも知れないけど。それにしてもあんなに暴れるなんて‥‥。もしかしてこの子は人見知りが激しいタイプなのかな?
なんにせよ、命に別状は無くてよかった。
あのまま溺れていたら少し危なかった。孝徳に泳ぎ方を教えてもらっていたのが役に立った。
「はぁ、はぁ、ホントに‥‥‥大丈夫ですか?」
息を切らしながら、僕はこの子に問いかけた。
「‥‥って、あれ?君は‥‥‥なんで。」
僕はその時ハッと脳裏に“過去の記憶”がよぎった。
一体なぜだろう。この場所も、この子も、この景色も、どこかで見た事のある光景だ。なぜか懐かしい。
こんな出来事が子供の頃にもあったような気がする。
小学生の頃に‥‥‥。
「ゲホッゲホッ‥‥!!」
「あ、大丈夫‥‥ですか?」
そんな事を考えていると、少女は目を覚ました。
軽く咳き込みながらパニック状態だった自分の体を手で擦っている。川の水は冷たかったし、凍えているのかも知れない。
この川は流れはそんなに早く無いが、水温はとても低かった。
まるで鍾乳洞から流れてきた地下水のような温度感だ。僕らは数分も立たずに水から上がったから風邪を引かずに済んだけど、30分以上も浸かっていたら間違いなくくしゃみが止まらなくなっていただろう。
仕方がない、天世界で頂いたコートをこの子に着せよう。濡れているけど少しは体があったまるはずだ。
僕は少女の上から自分の着ていた1番暖かい衣服を着せた。
少し咳払いをして、彼女はゆっくりと僕の方へ目を向ける。
「あ、あなたは‥‥だれ?」
少女は不思議そうな顔を浮かべながら僕を見る。
「僕は‥‥」
名乗ろうとした時、言葉が詰まった。
僕はマシロと約束したんだ。本当の名前は伏せるって。
「僕はアデン。アデン・グラ・ヴェオレンスです。」
「あでん?」
「そう、アデン。」
少女はやはり不思議そうな顔をしながら僕を見ていた。
やっぱり、真白からもらったこの名前は少し特殊なのかな?あまり聞き馴染みのない名前だし、まるで外国人みたい。
「‥‥アデン‥‥か。」
少女は俯いたまま呟いた。
「アデン、どうして、ここにいるの?」
また不思議そうな顔をして問いかけた。
「きっと、信じてもらえないだろうけど。僕は異世界から来たんだ。ココとは違う場所。確か天界では“灰色の世界”って呼ばれてた。その世界が崩壊して、今度は君の住むココも同じように危機が迫っている。僕はその危険から守る為に来たんだ。きっとこの世界はそう遠くない未来、滅亡するだろう。」
僕は正直にこの子に話した。自分の目的やココで起こる最悪の結末について。
多分、信用されないだろうし、変な人だと思われるかも知れない。それでも何か手がかりがあるかも知れない。何もなくとも、この子を経由して崩壊の根源に繋がるかも知れない。
そんな小さな期待を少女に向けていた。
少女はずっと不思議そうな顔をしていた。
「世界が滅ぶ、と言ったの?」
「うん。」
「ぶっ‥‥‥!はははは!あなた、何を言い出すかと思ったら。ははは!」
少女は笑った。お腹を抱えながら頬を赤らめ涙が出るほど笑い転げていた。
「あははははっ‥しんどい!急に、何を言い出すかと思えば、はは!」
そりゃ僕だって初対面の相手にそんな事を言われたら笑うし、バカだとも思う。
「なによ真顔で‥‥ぷっ‥‥‥あははははは!」
きっと僕が彼女と同じ立場ならアホらしいとも思うだろう。
「あーはっはっはっは!!」
「いや笑いすぎだろ!!!!」
少女は僕の顔を見るなりさらに笑った。
「ぷっ‥‥あはははは!!ちょっとあなた最高ね。仕方ないから信じてあげる。その、妄そ‥‥‥じゃなくて、世界が滅ぶとか‥‥ぶっ‥‥ぷはぁはははは!」
いや、どんだけ笑うんだ。
そんなに面白かったのかな?僕は真面目に言っているのに。
まったく。
まぁこうなる事も覚悟はしていた。次からはなるべく“崩壊”については触れない方向で話をしてみよう。
「なぁ、君にお願いがあるんだ。どうか人が住んでる場所まで案内してくれないか?なるべく早く‥‥!!」
「‥‥待って。」
僕の言葉を遮るように彼女は言った。そして辺りを警戒するように見渡している。
「どうかしたの?」
さっきとはまるで顔色が違う様子に、僕は少し緊張感を覚えた。
この子の表情を見ているの何か良くない事がこれから起こりそうな気がする。嫌な予感って事かな‥‥‥。
「ねぇ、どうしたの?」
「シッ!!黙って。」
彼女は静かに僕の口を塞いだ。やはり何かあるに違いない。
この森で生活してて危ない目に遭った事はほとんど無いが、この子の様子から察するに獣か何かに怯えているような気がする。
さっきから音を立てないよう気をつけながら木々を見渡して空へ目をやっている。僕は彼女の行動を理解して少し耳を澄ましてみる事にした。
「何か‥‥近づいて来る?」
次の瞬間、僕は今まで感じたことのない衝撃と雷のような爆音と共に彼女が何に怯えていたのか明らかになった。




