【第2話】『 白い少年 』
僕はその日、聞き慣れない声によって起こされた。
施設の中で、ずっとスヤスヤ寝ていた所に、その声は少しずつ近づいてきたのだ。
「‥‥くん‥‥とくん‥‥ちさ‥くん。ほら起きて。」
その声が聞こえた瞬間、僕はハッと起き上がった。
しかし、周りを見渡しても何も無く、ただいつも通りの部屋があるだけだった。
「やぁ、キミが赤嶺知束君かい?」
何処からか声が聞こえる。
後を振り向くと、そこには真っ白な少年が僕を見ながら座っていた。
「だれ?きみは‥‥?」
見たところ僕と同い年だろうか?
僕が少年に問いかけると、彼はクスッとした表情で答えた。
「ボクに名前は無いのさ。ボクは生まれた時からずっと無名なのさ。」
一体どうやってこの施設に入り込んだのだろう?
そんな疑問が頭をよぎったが、不思議と不快な気持ちにはならなかった。
むしろ、こうしてガラスのない空間で人と対面するのは久しぶりなくらいだ。
「ねぇ、せっかくだからさ、少しナイショ噺をしようよ!」
「ないしょばなし?」
「そう。例えば、キミの“目の能力”の話とかね。」
目の能力?なんの話だろう?この子は僕の目の病気について詳しいのだろうか?
「えっと‥僕の右目が、何の病気なのか知ってるの?」
「うん、もちろんさ。でもソレは病気なんかじゃ無いよ。ソレは証さ。」
「しるし‥‥?」
「そう。特別にボクが講義してあげるよ。この世界がどうして生まれたのか。“異孵世界”の真実を。」
そして少年は、僕には考えもしないような“セカイノコトワリ”を語り始めた。
◇
いいかい?
まず、キミの事を語る上で欠かせないのが、異孵世界についてさ。
この宇宙には、幾億もの世界が無数に広がっているのはキミも知っているかい?
そして、その幾億もの世界の事を、ボクらは異孵世界。つまりパラレルワールドと呼んでいるのさ。
パラレルワールドって言葉を、キミも一度は聞いた事があるよね?
そう、異なる次元に並行する世界の事さ。
そこには、この世のすべてのifが並び、その数は誰にも数えられない。なにより、パラレルワールドは今も尚増え続けている。
そして、その全てのパラレルワールドを統治しているのが、キミ達人類が古来より崇めている神々だよ。
そもそも宇宙なんて神様がヒマツブシに作った物だからね。
じゃあ少し、宇宙の誕生について一緒に見てみようか?
アレはまだ人類が生まれる前の話。そこには光も闇もない、空虚な場所だった。
そこに突如として現れたのは、たった一粒の命さ。
それはやがてエネルギーとなり、物体となり、個体となり、やがて世界へと進化した。世界はやがて星となり、宇宙となり、銀河となった。
そして神様は、ある事を思いついたのさ。
世界に愛と繁栄をもたらす新しい命を作ってみようってね。
それは限り無く不可能に近い実験だった。でも神様はやり遂げた。
何度も何度も失敗して、ようやく完成したのが、キミ達人間の祖先さ。
そして神様はあるプログラムを生物に組み込んだ。それが“選択の自由”と呼ばれる物さ。
人類の歴史を見れば分かる通り、これまでの偉人や学者、革命家や野心家、平民に農民、英雄に迫害主義者でさえ、数多くの選択をしながら生きている。
小さな選択から大きな選択まで、それは人によって様々だ。
その一つの選択によって、世界には沢山のifが生まれ、パラレルワールドが構築されていくのさ。
そう、全ては、人が作り出したifの領域。コレが異孵世界の起源なのさ。
しかし、そんな膨大な数のパラレルワールドが今も増え続けているのなら、その全てを統括する支配者が必要だろう?
それを決めるのが神々の存在。
この世の全ての異孵世界を支配、管理する唯一の存在さ。
彼らは知恵ある者の中から王を選別し、その異孵世界のリーダーを決める役目を担っている。
いつの時代も、どんな世界でも、争いは絶え間なく続いている。
それは神々とて同じ。人も神も感情がある以上、お互いの事を全て分かり合うことは不可能なのかも知れない。
ボクもたまに分からなくて、ココロが欠けてしまうような気持ちになる。
しかし、神々は選ばなければならないのさ。その世界の王を。ジブンの権能の獲得者を。
だから選ぶ。だから決める。
そうやって、全ての異孵世界は均衡を保ってきた。
はずだったのさ——。
そう言って白い少年は、少し口を閉じて遠くの方を見つめていた。
僕は彼が何を考えているのか全く分からなかった。
一体彼は何のことを言っているのだろうか?
世界?宇宙?ぱられるわーるど?僕の頭はそろそろパンクしてしまいそうだ。
しかし彼の言葉は、自然と僕の体に染み込んでいくようだった。
それは、安心感や安堵感とは少し違う。まさに“平安”と言う言葉が当てはまるだろう。
「あの、どうして、僕にそんな事を言うのですか?」
僕は彼に問いかけた。
すると彼は、一瞬こっちを見て、また遠い目をしながら答えた。
「キミがボクの選んだ王だからだよ。」
そう言った彼の表情は、まさに憂いの顔をしていた。
「え?それはどういう‥‥。」
僕が困惑していると、彼は僕の方を見てニッコリと笑ってみせた。
そして僕の額に彼のオデコをピタッと引っ付けて、まるで赤子をあやすかのように話し始める。
「ボクはキミを信じる。キミならきっとこの力を大切にしてくれる。きっと世界の為に役立ててくれるはずだ。」
「‥‥‥」
「キミの目の能力の話だよ。きっと守ってくれる。それがボクの権能なのだから。」
「君は‥‥一体、何者なの?」
僕は恐る恐る、少年に問いかける。
すると少年は僕の額から離れ、先程までとは違った様子で話し始めた。
「そうだ、ボクに名前をくれないかい? ボクは生まれた時から名無しなのさ。だから名前が欲しいんだ!」
少年は僕の肩に手を置いて言った。
そして彼の向けてくる視線は、まさに期待と喜びで溢れていた。
「わ、わかった!」
僕は思わず承諾してしまった。
と、言われても、名前なんてつけた事が無い。それに彼の事をまだ何も知らない。
喜ばれるような名前って一体なんだろうか?
「僕、人に名前をつけた事ないって言うか‥‥‥そもそも君のことをまだ何も知らないって言うか‥‥‥。そ、それでもいいの?」
「もちろんさ!」
少年はワクワクした様子で僕の方を見ている。
なら、彼に喜ばれるかどうかより、彼の印象から名前を決める事にしよう。
「‥‥‥じゃあ、君は真っ白な見た目をしているから“真白”って名前はどう?」
僕が出した名前の提案に、少年は一瞬驚いた表情を見せた。
そして今度は嬉しそうにしながら目を輝かせた。
「ましろ、いいね!ましろ!!」
「そ、そうかい。」
「響きが可愛らしくて気に入ったよ。どうもありがとう!」
「どういたしまして‥‥。」
「それじゃあ、お返しと言っては何だけど、キミにもボクから名前を授けよう。」
「名前?」
「そう、キミはボクのお気に入りだからね。困った時はこの名前を使うといい。」
そう言って、彼はまた僕の顔の前までやって来て言った。
「キミの名はアデン。アデン・グラ・ヴェオレンス。約束を果たす者の名さ。」
「‥あ‥でん?」
「そうさ、キミは世界に愛されている。だからきっといい王様になれると思うんだ。」
彼の瞳は真っ赤に輝いていた。彼の目は、今まで見た事がないくらい澄んだ瞳をしていた。
その顔に魅せられて、僕は目を逸らせなかった。
「王の資質とは、力を振るう者の事では無い。それは英雄でも羊飼いでも無い。世界に愛されているかどうかさ。」
「愛される‥?」
「そう、この世の全ての物は、ほんの些細な誰かの愛から生まれて来る。慈愛、敬愛、狂愛、恩愛。形は様々だけど、キミもまた、誰かの愛から生まれてきたのさ。」
彼の言葉が一体何を意味しているのか。
彼は僕に何を伝えたかったのか。彼の言葉が果たして真実なのか。僕には分からない。
しかし、今の僕は、何かが満たされたような気持ちでいっぱいだった。
「さて、今日はこれぐらいにしておこう。キミはもう寝るといい。そして忘れなさい。また会える事を楽しみにしているよ。」
白い少年が僕の頭を軽く撫でた。その瞬間、僕は突然睡魔に襲われた。
そのままベットに横たわり、半分ピンク色になってしまった目をゆっくりと閉じた。
僕が眠りにつく瞬間まで、彼は僕を見つめていた。
「健闘を祈るよ」
最後にそう言い残していただろう。
それから僕は、その日出会った彼の記憶を完全に失ってしまったのだ。
最後まで読んでいただき、
誠にありがとうございました。
今後とも、
この作品を完結まで描き続ける所存であります。
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