【第34話】『 君と僕 』
36.花束の約束【第0章】- episode of zero -〈第34話〉『 君と僕 』
「ねぇ、例えばキミがもうすぐ消えてしまうとしたら、キミは残りの人生をどのように生きると思う?」
真白は唐突に僕に問いかけた。
「どうして?」
「いや、ただ気になっただけさ。よく人は今日が地球最後の日だったらどうする?みたいな疑問を抱くはずさ。キミだったら一体どんな答えを出すのか気になってね。」
真白は時々、不思議なことを問いかける。
僕が今まで考えた事もないような疑問を寂しそうな顔をしながら聞いてくるんだ。
「僕‥‥‥は、分からない。」
考えてもいなかった。今日が最後の日だなんて。
でもそっか、僕は“あの日”を経験したんだ。世界が滅ぶのなんて本当に一瞬の事だ。
でも誰もそんな事を考えて疑っていた人はいない。
「僕には、まだちょっと分からないな。いきなり世界が滅ぶのなんて想像すらしていなかったし、僕が消えてしまうだなんて信じられない。」
「そうだね。ほとんどの人がそう言うだろう。でもこれから行く世界はもう時期滅ぶ。キミの世界と同様に消えて無くなってしまうのさ。人も家畜も財産も全て。」
「それが分かっていたらきっと皆んな生きる為に必死になって解決策を探し出す気がする。僕の世界は何の前ぶれもな
く“時の崩壊”によって滅んだ。」
いや、ちょっと待てよ。
前ぶれならあったじゃないか。
世界が滅ぶ予兆は、不確かだがあった。
あれはきっと僕に教えてくれたんだ。
「ねぇ真白、君に少し質問がある。」
「あぁ、何でも聞いておいで。」
真白は「待ってました」と言わんばかりに答えた。
僕の頭の中には、一つの仮説がある。もしその仮説が真実ならきっと“時の崩壊”は防げる。かも知れない‥‥‥。
「あれは僕の世界が滅ぶ前だ。耳元で誰かが僕に囁いていた。それも聞き覚えのある誰かの声だった。僕はその声を聞いてから体が軽いんだ。」
あの日以来、僕の体は人よりも頑丈だし、心なしか足が速くなったような気がする。もちろん僕は陸上部だったから日頃の練習の成果が出ているのかも知れないけど、それでもやっぱり“僕の体が変”なんだ。
「確か“あの本”を読んだ時もそうだった。それにあの声はどこか“姉ちゃん”に‥‥‥。」
◇
「さぁ、見えるかい?知束!!」
「あぁもしかしてアレが?」
「そうさ、僕らはこれからあの光の中へと入っていく。あの光の周りには薄い幕のような物があるのが分かるかい?あれが異世界への入り口さ。あの幕を通れば僕らは晴れて異孵世界に入る事が出来るのさ。」
「わぁ‥‥‥。」
思っていたよりもずっと大きい。
まるで天体のようだ。いや、それ以上かも知れない。丸くて大きな白い幕の中心に薄らと見える小さな光。
小さくても、それは必死に輝いていた。
まるで命のように消えそうなくらい小さくて、とても美しい光が見えた。
「じゃあボクらはここでお別れだ。」
「え?どうして?」
「異孵世界に着くと、ボクらは散り散りになるんだ。同じ場所から入っても目を覚ます場所はきっとバラバラさ。」
「そんな‥‥。」
真白は不安そうな僕の頬に手を当てて、また赤子をあやすかのように優しい口調で話し始めた。
「そんな顔しないで、知束。ボクらはまた出会えるさ。ほんの少しだけ遠くに行くだけさ。」
「ほんの少しだけ‥‥?」
「そうさ。キミと一緒に“異孵の狭間”を回れた事はボクにとってとても幸せな時間になった。キミの事を沢山知れたし、この広大な時間の中でちょっとした息抜きになったからさ。」
「それは僕もだよ。真白、君には本当に世話になった。僕は君が居てくれたからここまで来れたんだ。本当にありがとう。」
僕がそう言うと、真白はほんの少しだけ寂しそうに僕を抱きしめた。そんな真白の体温が肌で感じる。
僕はそんな真白を抱き返した。
「ここでお別れだ、知束。くれぐれも危険な事はしないでおくれ。キミがもし異世界で死んでしまったらボクにはどうする事も出来ない。」
「うん、分かった。真白も体には気をつけて。」
「フフッありがとう。ボクはへっちゃらさ!なんたってボクは神様だからね。」
「そうだね。笑」
僕らはお互いに抱きしめ合いながらクスクスッと笑った。
この時間もいよいよ最後か。
ちょっとだけ寂しくなるなぁ。
でも、僕の目的は1つだけ。“時の崩壊”から世界を救う事。その為ならなんでもするって決めたから。
「最後に1つだけ‥‥‥。」
真白がそう言って、僕の額に彼のオデコをピタッと引っ付けて、まるで赤子をあやすかのように話し始める。僕は少し驚いたが無意識的に両目を閉じた。
真っ暗な視界の中、僕の耳には真白の言葉だけが聞こえた。
「キミはこれから多くの試練と共に生きる事になる。本当ならずっとあの暗い部屋に閉じこもっていても良かったかも知れない。それでもボクはキミを外の世界へと連れ出した。なぜだか分かるかい?」
「‥‥‥‥?」
「キミはいつか大きな国を創り、そこで王様となるだろう。そして権能を使い熟せば自ずと道は開かれる。後は“カレら”が導いてくれるはずさ。」
「え?それって‥‥どういう?」
「今は教えてあげられないのさ。でもきっと辿り着ける。ボクはキミを信じている。」
「‥‥‥‥」
「言っただろう?王の資質とは、力を振るう者の事では無い。それは英雄でも羊飼いでも無い。世界に愛されているかどうかさ。」
「世界に、愛される?」
「そう、つまりキミの事さ。」
真白は僕の額から離れた。
僕はゆっくりと薄桃色に光沢する両目を開いた。
「時には諦めそうになるかも知れない。時にはもう逃げ出したいと思ってしまうかも知れない。それでもどうか進み続けて。キミにしか届けられない想いが、きっとそこにはあるから。」
「真白‥‥。」
「ボクはキミを愛している。心から尊敬している。」
「それは僕の方こそ、君に沢山救われたから‥‥‥。」
僕の髪は真っ白に変色していた。目は両目とも薄桃色に変わり、体型は一ヶ月前に比べて痩せこけてしまっていた。
そんな僕の髪を真白は優しく撫でてくれた。
「ボクがキミを必ず幸せにしてみせる。例え遠く離れてもキミを見つけ出して今度こそ救うから。」
真白の目は相変わらず赤く光っていた。髪は僕と同じく真っ白で前髪なんかは少し長い。
そんな彼がなぜ僕にここまで尽くしてくれるのかやっと分かった気がする。
あぁ、君も僕と同じなのかな?
君も沢山泣いて、絶望して、苦しんで、誰かの助けになりたいって思ったのかな。
君が神様になるまではきっと僕と似たような境遇だったのかも知れないね。
今の僕にはなんとなく分かる気がするんだ。
君がどうして僕にここまでしてくれるのか。
きっと君も大変だったんだろうなぁ‥‥‥。
「ねぇ、ボクとも約束してくれないかい?」
「やくそく?」
「そう、それもただの約束じゃない。“花束の約束”さ。」
「花束?」
「神々の誓いとも言える。人が神を崇めるように神は花を崇めているのさ。だから花束の約束。決して破れない誓いさ。」
「誓い‥‥‥?」
「あぁ、約束しよう。ボクは必ずキミを守ってみせる。」
真白は僕の目を真っ直ぐに見てそう言った。
僕の目に彼の顔が写った。彼は心の奥底ではとても真面目で心から穏やかな表情をしていた。
「じゃあ僕も約束!!僕は絶対に“時の崩壊”を止めてみせる!!」
僕らはまた2人でフフフッと笑った。
「僕の国には約束をした時にするおまじないがあるんだ。」
「おまじない?」
「そう、真白、手を貸してくれる?」
「手を?」
僕は真白の手を取り、彼の小指を自分の指に絡めながら少しの力でギュッと抑えた。
「コレは‥‥?」
「ゆびきりだよ!僕の世界の約束の仕方。おばあちゃんが教えてくれたんだ。」
真白は少し驚いたような顔をした。
「そっか。とっても素敵なやり方だね。でもなんだか変な感じがするけど‥‥‥。小指と小指を絡ませるなんて少し照れ臭いような‥‥‥。」
「真白?」
「いや、コレもキミが“灰色の世界”を愛している証拠だね。」
「灰色の世界?僕のいた場所?」
「その話はまた今度にしよう。どうやらそろそろ時間のようさ。キミとここで話せたことはとても有意義な時間になった。ありがとう。」
「あぁ、こちらこそ。」
少しずつ僕らのいる場所が白い幕に近づいてゆく。
それと同時に視界が数々の光の粒に飲み込まれていくようだ。
いよいよ、かな。
「またね。真白」
「うん、またね。知束」
そう言いって僕らは無数の光の中へと入っていった。全く触れる感触すら感じないほど薄く真っ白な幕の中へと。
僕はそのまま眠ってしまった。最後に感じたのはとても暖かい風と、爽やかな森の匂いだった。
最後まで読んでいただき、
誠にありがとうございました。
今後とも、
この作品を完結まで描き続ける所存であります。
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