【第31話】『 決断 』
33.花束の約束【第0章】- episode of zero -〈第31話〉『 決断 』
『さぁ、早く聞かせろ。お前の決断を———。』
この声を僕は聞いた事がある。
それもあの時だ、光と共に世界が死んだ日。この人の声が僕の耳に語りかけた。まるで今後の出来事を予感していたかのように一つの命令を残したんだ。
『 約束を果たせ。 』
今でもその声を覚えている。まさかこの人だったとは思いもしなかった。
あの時、僕が丘の上で鎖に縛りつけれていた時、この人の声が聞こえたんだ。まるで戦国大名のような声が僕はずっと忘れられなかった。
「僕の決断?」
「お前の決断を俺達は1ヶ月間ずっと待ち続けてきた。お前がその“力”に目覚めた瞬間から、俺達はお前が予言に上がっている人物なのかずっと疑ってきた。さぁ聞かせろ。お前はその“力”どう使う?お前は一体何がしたいのだ。」
僕の力‥‥それは確か“権能”と呼ばれていた。きっとコレが僕の命を繋ぎ止めてくれたんだ。
「僕が何をしたいのか‥‥‥?」
「そうだ。お前の腹の中ではもう決まっているのだろう?さぁさっさと聞かせろ。」
僕は知っている。あの日と同じ“時の崩壊”と呼ばれる災害は、今でも文字通り全世界を脅かしている。
そして、僕の体には“時の崩壊”を覆す何かしらの力が宿っている。と言うより“時間”に関係する力‥‥。
「僕には友達が居ます。アイツらと約束したんだ。今度こそ救ってみせるって。」
僕がそう言った瞬間、さっきまであれだけ重たかった空気が解き放たれたかのように軽くなった。強張っていた肩がゆっくりと落ちていくのを感じた。
僕はスーッと息を飲み込む。
そして、
「分からないさ。これからの事なんて。僕に出来る事なんて限られているし、僕に何が出来るのかも分からない。本当は何がしたいのかも明確には決まっていない。」
‥‥‥それでも、それでも、それでも。
ソロモンは黙ったまま僕の言葉に耳を傾ける。
「それでも一つだけ決めた事があるんです。」
「それはなんだ?」
「 僕は皆んなを笑顔にしたい。 」
「皆んな‥‥?」
ソロモンは顔色一つ変えずに僕の話を聞いていた。
「思い出したんです。ここに来る前は不安や絶望の中で生きていた。何度も死のうと思ったし何度も消えようとした。真っ暗な部屋の中で1人で泣いていたんです。そんな時にある男の子が僕を連れ出してくれた。僕の手を取って外の世界はこんなにも美しいんだって事を再び教えてくれた。そしてもう一度友達に出会えたんです。」
「‥‥‥‥。」
「最初は皆んな怒ってるのかなって思ってたけど全くそんな事は無くて、相も変わらず昔のまま僕に語りかけるんです。あんなに凄惨な事があったのにまるで大会後みたいに背中を押してくれて。」
「‥‥‥‥。」
「そうだ、この世の全ての物は、ほんの些細な誰かの愛から生まれて来る。慈愛、敬愛、狂愛、恩愛。誰もが幸せになる為に生まれてきたはずだ。」
「‥‥‥‥。」
「僕は英雄になんてなれない。ましてや羊飼いでも無い。僕に出来る事はただ頑張る事だけだ。胸を張る為に努力する事しか出来ない。でも理不尽が世の中を襲うなら、僕は全力で理不尽に抗います。」
ソロモンの目つきが変わった。
僕を見る瞳が一瞬輝きを見せた気がする。
「出来るか分からないけど“時の崩壊”を止める。全ての異孵世界に存在する恐怖を幸せな感情に変えてみせる。今度こそ僕らのような人を暗い運命から救い出すんだ。全ては世界中の人を笑顔にする為に。」
王宮内は唖然としていた。
まるで皆んな僕の言葉に驚いている様子だった。
それもそうさ。
出来るか分からない。僕はまだ世界の事を何も知らないし、少し走ればすぐに怪我をしてしまいそうな頼りない自分。
そんなちっぽけな僕だ。
「‥‥‥‥それがお前の選択か?」
ソロモン王は僕に問いかける。
「僕の、いや、僕らの選択です。」
一斉に天使がラッパを吹き始める。外には鳩が飛び交い大きな光が辺りを照らした。王宮の中からでもそれらは感じ取る事ができた。
「そうか。」
ソロモン王は一言だけ言って、玉座から立ち上がった。
「良いだろう。お前を現世へ送ってやる。」
ソロモン王がそう言うと周りの兵士達が退き、あたりには魔術師達と王宮大臣達が集まってきた。
「悪魔の黙示録によれば異界のお前を“忘却の間”に通す訳にはいかない。幸いな事にここはパラダイスに最も近い“月の栄”だ。お前はここから現世まで直接向かう事が出来る。そしてお前がこれから向かう世界は“剣と魔法の世界”だ。そこにはお前が見たことも無い様々な人種や文化に遭遇するだろう。無論剣術も魔法も扱えないお前が生きて戻る保証は無い。しかし‥‥‥。」
「しかし、僕には“権能”の力がある。そう言う事でしょ?」
「そうだ。物分かりが早くて結構。だが一つ忠告しておこう。権能は決して万能では無い。お前の中にある“時の権能”はまだ蕾に過ぎない。くれぐれも貴様1人で全てを解決しようとは思わぬ事だ。いいな?」
「分かりました。」
僕がそう言うと王宮の天井がゆっくりと開き始めた。
「それと俺はお前に感謝しなければならない事がある。それはまだ先の話かも知れんが、お前は異孵世界に大きな革命を起こした。」
そう言ってソロモン王はゆっくりと階段を降りてくる。
そして開いた天井から太陽の光りがチラチラと差し込み始める。それと同時に周りの王宮大臣や魔術師達、そして甲冑を着た兵士までもが僕に膝をついて頭を下げた。
「‥‥‥え?」
なぜか周りに何千人と居る人々が頭を下げている。
その様子はまるで僕を中心に皆んなが平伏しているかのように見えた。
なぜ僕なんかに頭を下げているのだろう?
そんな事を問いかける暇もなく、ソロモン王が僕の前まで来てゆっくりと話し始めた。
「絶望的な状況の中でよく世界を救ってくれた。当然だが悔しかっただろう。俺達にはどうする事も出来なかった崩壊に、お前はたった1人で挑み、そして止めた。お前が苦しむ姿を俺達はずっと見ている事しか出来なかった。だが、お前は俺達に1つの“希望”を示したんだ。」
「希望‥‥?」
僕が疑問を投げかけると、ソロモン王は今度、僕の周りをグルグルと大きな円を描くように歩きながら話し始める。
「そうだ。絶望に立ち向かう為の勇気を、お前は俺達に見せてくれた。お前は何も救えなかったのでは無い。あの世界に居る人々の“心”を救ったのだ。それは命を守る事より大切な事だ。」
すると王宮の外から大勢の人々の声が聞こえてくる。
それはまるで合唱団のように、世界と調和しながら僕の耳に聞こえてくる。
「聞こえるか?お前が救った人々の声だ。彼らの肉体は確かに消えてしまったが、彼らの心は永遠にここに止まり続ける。時の崩壊は人の心までも消して無くしてしまう恐ろしい災害だ。だが、お前があの時、世界から時間を止めたおかげで彼らは心まで消えずに済んだ。」
「僕が‥‥?僕はただあの時‥‥必死で。」
「そうだ、必死に崩壊を拒んだ。お前があのまま悪魔に体を明け渡していれば彼らの心は消滅し、2度と生まれてくる事は無かっただろう。しかし、お前はその現実すら覆す偉大な力を持っていた。その力の名前は“希望”だ。」
「希望‥‥?」
「どんな時も諦めない。全ての人間が生まれながらに持っている神から与えられた唯一の権能だ。これは簡単に捨ててしまえる非常に便利な代物だが、取り戻す事は難しい。だからどうか無くさないように気をつけろ。いいな?」
「はい。」
「よし、いい顔つきになったな。」
「え?」
ソロモンは僕の肩に手を置いた。
すると王宮に居る人々は顔を上げ、少しずつ天を仰ぎ始めた。空からは世界を覆い尽くす程の光が差し込んだ。
その時、後ろから透き通ったハイトーンの声が聞こえてきた。
「もちろんボクも一緒に行かせてもらうよ!!」
僕はその声を聞いて後ろを振り向いた。その声からは妙な安心感と安堵感が伝わってきた。まさに平安と言い換えてもいいだろう。
そう、君はまた、僕の前に現れたのだ。
「‥‥‥真白?君、ここには来れないんじゃ?」
「事情が変わったのさ。いいだろう?ソロモン。」
ソロモンは黙って頷いた。
そして天から降りてくる光の中に僕と真白の2人で入った。
そしてソロモンは言った。
「これから知束、お前には異孵世界に行ってもらう。恐らくこれから“時の崩壊”によって滅ぶであろう世界だ。お前達をそこへ送る。」
ソロモンが手を伸ばし、光の量がさらに増加し始めた。王宮大臣達や魔術師達も手を伸ばし、光は更に輝きを増す。まるでこの世界のエネルギーが一箇所に集まっているかのようだ。
ゆっくりと僕と真白の体が宙に浮き始める。
「ソロモン王、どうもありがとう。僕はあなたの期待に応えられるか分からないけど、絶対に多くの人を救ってみせます。だからどうか見守ってて。まだ僕は赤ん坊かも知れないけど‥‥!!」
ソロモンは少し驚いた表情で僕を見つめた。
しかし、すぐに「フッ」と笑ってこう言うのだ。
「早く行け、さっさと約束を果たして来い。俺達はずっと見ている。お前の事を———。」
その言葉を最後に僕らは“天世界”を離れた。
真白が僕の手を握ってくれて、僕はまっすぐ上を見上げて世界を後にした。
ソロモンは最後に一言何かを言ってた気がする。
鐘の音が邪魔で聞こえなかったけど、確かこう言っていた。
「世界の命運は、お前次第だ———。」
最後まで読んでいただき、
誠にありがとうございました。
今後とも、
この作品を完結まで描き続ける所存であります。
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また、アドバイスやご指示等ございましたら、そちらも全て拝見させて頂きたく思います。




