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異世界に垂直落下してった俺が、世界一でっかいチャーハンをつくることになったお話

作者: 嵯鞠 増男

夜食にチャーハン食べてたら思いついたお話です。

その場のノリだけで進行します。

◆プロローグ


 魔王と名乗る少女は言った。


「最後に何か、言い残すことはあるかの?」


 俺は答えた。


「世界一でっかいチャーハンを作りてえ」


 魔王は、白い目で俺を見た。


「誰が望みを述べろと言ったのじゃ。というか、チャーハンとは一体なんなのじゃ?」


 こうして、俺は異世界で、超巨大チャーハンをつくることになったのだった。




 マンホールを抜けると、そこは異世界だった。


「例えばさ、暗い夜道で足元なんて見えっこないじゃん? ましてやさ、マンホールの蓋が開いてるなんて思わないじゃん?」


 言い訳をする俺、茶木(さき)伴助(はんすけ)は、ついさっき、マンホールの中に落っこちた。

 そしてそのまま、どういうわけだか、異世界のお空の上に転移していた。


「転移先が空っていうのも(たち)が悪いじゃん? もうその時点で垂直落下不可避じゃん?」


 その空とは、まさかの魔王城上空。


「俺はもう、身動きひとつとれないわけじゃん? 無心で墜落するしかないわけじゃん?」


 そして今、目の前には、頭に大きなコブをつくった少女、魔王シャゼリキィレがいる。

 シャゼリキィレは、王座の椅子に背を(もた)せかけ、真っ赤に光る怪しげな瞳で、俺のことを藪睨みしていた。


「つまり、あれかの。お主が(わらわ)に『必殺! 垂直落下式ブレーンバスター!!』とか叫んで真上から頭突きを喰らわせよったのは、あくまで事故じゃと言いたいのじゃな?」

「ご明察! さすがは魔王、石頭!」


 拍手喝采する俺に、魔王な少女は大きな剣を突きつけた。


「最後に何か、言い残すことはあるかの?」


 これが、冒頭の一幕へと繋がった流れである。




「つまり、チャーハンとはお主の世界の料理なのじゃな?」


 魔王シャゼリキィレは、ロープでぐるぐる巻きに縛られた俺の説明を、割とあっさりめに噛み砕いた。


「おう、そうだ。冷蔵庫に昨日炊いた米しかなかったりするときに、サッと作れるあれのことだ」

「いや、それは知らんが。というか、なんでお主は魔王相手にそんなにフランクなんじゃ?」

「こういうのは、気にしたら負けだと思うぞ、敗北者め」

「……もういいのじゃ。こういう生き物なんじゃと諦めたからの」


 頭が可哀想な子扱いされる俺。

 プンスカと遺憾の意を表明するも、それすら流される。


「それで、そのチャーハンとやらを、お主はどうやって作るつもりじゃ?」

「作っていいのか?」

今際(いまわ)(きわ)に言うくらいじゃ。何か、よっぽどの思い入れがあるんじゃろう?」


 俺は目を伏せて、涙を零した。


「死んだ俺の親父が、世界で二番目のチャーハン職人だったんだ」

「何、本当か?」


 もちろん大嘘だ。

 何者だよ、チャーハン職人って。


「俺は、生前の親父と約束したんだ。親父のなれなかった世界一に、必ず辿り着いてみせるって!」


 魔王は神妙な顔になって、俺を縛っているロープを切り裂いた。


「その気概や良し! 亡き父の意志を継ぎ、みごと世界一のチャーハン職人となってみせよ!」

「ありがとう魔王! 俺は今、感動で笑い出しそうだ!」


 後半に、思わず本音が出てしまった。


「ところで魔王、この世界にチャーハンの材料なんてあんの?」

「妾が知るわけあるまいに」


 俺のチャーハン職人の道は、はやくも蹴躓(けつまず)いた。




「チャーハンといったら、まずは米だよな。そっから、適当な肉類、野菜類。だし汁なんかも欲しいとこかな」


 俺はド素人知識で、必要そうなものをリストアップしていく。


「のう、米とはなんなのじゃ? 米とは」


 不思議そうな顔で聞く魔王女子、シャゼリキィレ。

 どうやら、この異世界には米が存在してないらしい。


「たいていの異世界系作品だとさ、東方の国とかにあったりするよね?」

「この城からみて東方向には、広大な砂漠が広がっておる」


 ああうん、絶対そこには無いわ。


「この世界の人間たちって、普段どういうもん食べてんの?」

「主食は麦じゃな。パンとかおかゆにして食しておるようじゃ」


 麦って、チャーハンにできるっけ?

 ちくしょう、スマホがほしいぜ。どこに落とした? やっぱマンホールの中か?


「この際、麦でいいや。『麦ごはん』ってのも学校給食にあったくらいだし、きっといけるな、うん」

「よいのか、妥協して」

「俺の国には、『弘法は筆を選ばず』って(ことわざ)がある。その昔、弘法大師っていう戦闘書道のプロがいた。彼は対戦相手が最高級の闘技筆をひっさげてきたのを後目に、こう言い放った。『俺は筆などなくっていい。この両の拳に墨を宿して、お前を地獄に送ってやる』……」

「よくわからんが、別に米という正道を歩まずともチャーハンは作れると言いたいわけじゃな?」

「うん、そう。それでいいや」


 ばっさり端折られてしまったので、俺も適当な肯定で済ませた。


「どのくらいの量が必要なんじゃ?」

「そりゃあ、中華鍋で炒めきれるくらいの量じゃないとな」

「その『中華鍋』とは、調理器具かの?」

「そうそう。別に炒められれば何でも可」

「さっき、『世界一でっかいチャーハン』と言っておったが、通常サイズの器具で良いのかえ?」


 良くねえわ。さらっと忘れてたぜ。


「この世界で一番大きい鍋って、どんなもんよ?」


 どうせだったら、俺の世界の某県某市でやってる日本一の芋煮のアレみたいな鍋でやってみたいぜ。

 そんなことを説明してみる。


「お主の求めているサイズの鍋など、人間の鍛冶屋は作っとらんと思うぞ?」


 ジーザス!


「だがまあ、妾に心当たりがないでもない。ちょっとついて参れ」




「ここが、我が魔王領が誇る最大の活火山、ヴォルヴォル火山じゃ」


 ふんすと胸を張る魔王少女シャゼリキィレ。

 俺たちの目の前には、頂から延々とマグマを吐き出し続ける山があった。

 魔王シャゼちゃんの反応からして、きっと、領地随一の観光資源なんだろうに、観光客なんてどこにもいない。

 俺の頭の中に、なんにも享楽のない田舎の町が、特産の野菜を無理矢理前面に押し出して観光地アピールしているような、そんな寂しくも涙ぐましい地方ニュースが思い浮かぶ。

 観光大使のシャゼちゃんは、どうにかして、僻地魔王領に人を呼び込もうと、日夜努力を重ねているのに違いない。


「お主、なにやら失礼なことを考えておるじゃろう?」

「そんな馬鹿な。俺の頭はチャーハンのこと一筋だ」


 魔王シャゼちゃんは(もう呼び方これでいいよね?)、俺を連れて山の中腹辺りに飛んでいく。

 魔王と名乗っているだけあって、魔法の力で空も飛べるし、マグマの熱も防げるそうだ。超便利。


「おーい、炎獄竜、炎獄竜。どこにおるー?」


 魔王シャゼちゃんの呼びかけに、ドスの利いた野太い声が返ってきた。


「お呼びでしょうか、魔王様?」


 大地が震え、マグマが波打つ。

 ズシンズシンと、大音を立てて現れたのは、全長がスカイツリーくらいある巨大な赤いドラゴンだった。


「久しいな炎獄竜よ、息災か?」


 久闊(きゅうかつ)(じょ)する挨拶をするシャゼちゃんと赤ドラゴン。

 ふたりはすごい大昔からの友人らしい。


「して、炎獄竜よ、今日は頼みがあってきたのじゃ」

「なんでしょう。魔王様のご用命とあらば、たとえ地の底、水の底」


 アンタ、水はやばいんじゃないか?


「うむ。実はな、お主の産んだ卵の殻が欲しいのじゃ。ちょうどこう、大きなお鍋になりそうなやつを」


 この巨大ドラゴンさん、実はメスなんだそうだ。


「卵の殻とはお安いご用、少々お待ちくださいませ」


 ドラゴンさんはドスンドスンと山の中に戻っていき、ドスンドスンと帰ってきた。


「この割れ方の殻ならば、丁度良いかと」


 ドラゴンさんが持ってきたのは、卵の底の部分が残ったもので、まさに中華鍋そのものと言っていいような形状だった。

 ただし、大きさは例の芋煮の鍋を遥かに凌駕していて、直径が野球場のダイヤモンドに匹敵する。


「この炎獄竜の卵はな、マグマにも耐えるし、高度は鋼鉄以上なのじゃ」

「逆に、熱が伝わるのか不安なんだが」

「問題ないのじゃ。炎獄竜の卵は高温でないと孵らんゆえ、マグマの熱はよく通すのじゃ」

「つまり、この火山をガスコンロ代わりにするわけか」


 この他に、縦長にひび割れた殻も貰って、鍋をかき回すオタマも準備することができた。

 調理器具の問題は、いい具合に解決した。




「さて、あとは食材の用意じゃな」

「おう、まずは麦が必要だ」


 それも、麦畑のひとつやふたつじゃ効かないような、大量の麦がなければならない。


「というわけで、調達のために部下を呼ぶのじゃ」


 魔王シャゼちゃんは、今日は上司モードの気分らしい。

 魔法を使って地面に魔法陣を浮かび上がらせ、何やら呪文を唱え始める。


【我が声に応え、今すぐこの場に馳せ参じよ。悠久の(むくろ)の軍団長、スカル・ガーゴイル!】


 魔法陣が閃光を放ち、次の瞬間、骨格標本の怪物がそこに現れた。


「ただいま推参いたしました。なんなりとご命令を、魔王様」


 出てきたのは、全身が骨でできた悪魔、その名もスカル・ガーゴイルさん。


「このスカル・ガーゴイルはな、死霊兵団という骸骨兵やゴーストを集めた部隊の司令官なのじゃ」


 優秀な社員をたくさん指揮監督する、優秀な中間管理職の方らしい。


「では、スカル・ガーゴイルよ。これより人間たちの国へ出陣し、農業都市リーグアを攻めるのじゃ」

「ほう、リーグアを」

「うむ。相手を防戦一方に追い込み、籠城戦に持ち込ませ、その隙に、郊外の麦畑より麦穂をすべて頂戴するのじゃ」

「御意。リーグアといえば人間どもの食料の要衝。必ずや総ての麦穂を収穫し、奴らを飢えさせてみせましょう」


 スカル・ガーゴイルさんは、何の疑問も持たないどころか、超好意的解釈のもとに、魔王なシャゼちゃんの命令を承服した。


「これで麦に関しては安心じゃ。あやつはどんな命令だろうと完遂する気骨の持ち主じゃからな」


 まあ、そうだろうね。骨だもん。



 数日後、俺は魔王シャゼちゃんに連れられて、戦場の様子を眺めに来た。


 スカル・ガーゴイルさんたち死霊兵団は、見事な連携戦術で人間たちに防戦を強いて、町の中から出られなくしては、その間に、剣やナイフで器用に麦穂を収穫していた。

 収穫後は、魚型の骨モンスターの体を千歯こき代わりに脱穀作業をおこなってから、麦粒を髑髏(しゃれこうべ)に入れてバケツリレーの要領で運び、一箇所に集めている。


「大漁じゃ。お主の夢、世界一のチャーハン職人が、これで一歩近づいたな」

「ああ。そういやそんなの目指してたっけ」


 目の前には、明らかに強奪し過ぎな量の麦。

 俺は一体、何人前のチャーハンを作ればいいんだ?




「さて、麦は手に入ったのじゃ」

「おう、次は具材だな」


 部下のあげた戦果にご満悦の魔王シャゼちゃんは、好奇心に満ちた顔で、次のステップを心待ちにしている。


「チャーハンの具材は、特にこれじゃないといけないって制限はない。言い換えれば、具材選びにセンスが問われるってことでもある」

「うむ、チャーハン職人の道は険しいということじゃな」

「オーソドックスなのは肉と野菜。魚介類を使うのもアリだ」

「ふむふむ」

「味付けも、中華のだし汁のほかに、バターやチーズで西洋風にしたり、カレー粉を入れてみたり、和風だしを使ってみたりと、縦横無尽だ」

「よくわからんが、バリエーションが豊富なのじゃな」


 理解が早い魔王シャゼちゃん。

 しかし、俺の求めるチャーハンは、文字通りひと味違うものなのだ。


「だが、せっかく異世界に来ているんだ。元の世界の常識に縛られず、自由な発想で勝負したい」


 俺は懐から、一冊の本を取り出した。


「こいつは、魔王城の蔵書館の奥深く、封印された区画に置いてあった魔導の秘伝書だ」

「ちょいと待て。なんでお主が、この城の宝物のひとつを持っておるのじゃ?」


 ジロリと睨む赤い目を、俺は華麗にスルーした。


「この魔導書には、希少薬『エリクサー』の作り方が載っている。必要な材料が書かれているが、あえてこいつを具材として採用する」

「むむ……確かに面白そうじゃが、しかし、エリクサーの材料はどれもレアアイテム中のレアアイテムじゃぞ。『世界一でっかいチャーハン』の具材にするほど集めるのは、困難どころか不可能に近い」


 シャゼちゃんの指摘はもっともだ。


「しかしっ、俺はその不可能を可能にするため、彼らに協力を依頼した! いでよ、魔王の忠実な下僕たち!」


 俺の叫び声に反応して、地面に魔法陣が浮かび上がった。


「ちょっ! それは妾の役割っ、妾のアイデンティティじゃろうがっ!」


 何か言っているシャゼちゃんを無視して、魔法陣が輝き出す。


「お呼びでしょうか、伴助はんすけ殿!」


 ここまで全く呼ばれなかった俺の名を呼んで現れたのは、狼の頭部と屈強な二足歩行の体を持つ、人狼族(ワーウルフ)の戦士たち。


「よく来てくれた。さっそく首尾を報告してくれ!」

「はっ。我々は伴助殿の命により、秘境ウイノーク山を探索いたしました。その頂で、エリクサーの材料がひとつ、月影獣ルナ・ユニコーンを補足して、1頭の狩猟に成功いたしました」


 人狼族(ワーウルフ)のこの報告に、シャゼちゃんは怪訝な顔になる。


「一頭じゃと? たったそれだけでは、到底足らんじゃろう?」


 シャゼちゃんのもっともな問いに、答えを返そうとした、その時。


「お待ちくだされ伴助殿! ここからは、わたくしどもにお任せあれ!」


 再び魔法陣が輝いて、新たな魔物が降臨した。


「わたくしは、死霊兵団が魔術部隊の長、ブラック・ネクロマンシー。死霊魔術を日夜研究し、兵団の怪我人修復にあたる後方支援を務めておりまする」


 漆黒のローブに身を包んだ老骸骨が、身分を語る。


「うむ、スカル・ガーゴイルの部下じゃな。お主がこの件に、どう関わっておるのじゃ?」

「わたくしどもの魔術の奥義は、『死体の再生と保存』。砕けた骨を元に戻し、ちぎれた指を生え揃わせる。これを食材に応用されることを、伴助殿は希望されたのです」

「ま、まさかお主ら、ルナ・ユニコーンの肉を……」

「いかにも! 細切れにした肉片を、我らが魔法で培養再生! たったひとつの肉片を、元の形に増やしたのです!」


 大声で成果を強調するブラック・ネクロマンシーさん。

 研究職だけあって、気持ちいいくらい熱が入っている。


「すごいだろ。彼らの協力で、肉食材は量が揃った」

「むむう。では後は、野菜と――」

「野菜も心配はござりませぬ!」




「だ、誰じゃ! 今、妾の台詞を遮ったのは!?」


 驚く魔王シャゼちゃんの前に現れたのは、黒いウサ耳を頭に生やした、黒装束の女性だった。


「拙者は、隠密部隊『長耳』の一員、戦兎族(ウォーラビット)の黒影と申す者」

「おお、『長耳』といえば、魔王軍が誇るエリート諜報員たちではないか。お主らも食材探しに動員されたのか?」

「いかにも。我らは希少植物、ラサーマ草と聖花ムラガの生息場所を探し当て、それぞれを1本ずつを入手して参った所存」


 むむ? と眉をひそめるシャゼちゃん。


「1本ずつ? こちらもやはり足りぬであろう。これも死霊魔術で増殖するつもりなのかの?」


 ブラック・ネクロマンシーさんが、残念そうな声で答えた。


「誠に遺憾ながら、それは不可能だったのです。といいますのも、ラサーマ草も聖花ムラガも、鮮度が落ちると一瞬で枯れてしまうのです。わたくしの死霊魔術で培養再生したところで、大量の枯れ葉が生まれるだけ。これでは食材として成立いたしません」


 声には悔しさが滲んでいる。

 だが、その声を、高らかな笑い声が引き継いだ。


「ふはははは! 悲壮に暮れるなブラック・ネクロマンシー! 貴様らの無念は、この私、ロード・ヴァンパイヤー様が引き受けたのだからなぁ!」


 やけにハイテンションな吸血鬼が、空からバサリバサリと、コウモリ型の羽を動かし降りてきた。


「死の眷属の抱きし悲憤は、同じ死の眷属が拭うが道理! 我らヴァンパイヤー一族が誇る、鮮度保存技術の(すい)を見よ!」


 彼は、配下のコウモリっぽいモンスターたちに、あるものを運ばせてきた。


「のう伴助、妾には棺桶にしか見えんのじゃが」

「安心しろ、まごうことなく棺桶だ」


 俺たちの目の前に、漆黒の棺が配置される。


「ふはははは! ただの棺とあなどるなかれ! 見よ、この蓋の隙間から溢れる白い冷気を。これこそ、我が一族の考案した、冷暗所保存法なるぞ!」


 シャゼちゃんは、テンションアゲアゲな吸血鬼をスルーして、俺に聞いた。


「どういうことじゃ?」

「要するに、横置き型の冷蔵庫だ」

「保存装置、ということかの?」

「ああ、そうだ」

「増殖の話は、どこ行ったんじゃ?」


 もっともな質問だ。


『ふおっふおっふお。その問を待ちわびておったぞ』

「な、なんじゃ!? 脳内に誰かの声が響いたぞっ!」

『お久しゅうございます、魔王シャゼリキィレ様。南の魔の森より、妖樹大帝グレート・トレント、念話にて参戦させていただきますぞ』

「いや、別に戦争はしておらんが」


 もっともなツッコミだ。

 しかし、これに反応してくれるまともな奴なんて、もはやいない。


『この妖樹大帝、その名の通り、(あまね)く植物の王たれば、成長を促し繁殖させることなど、造作も無し!』

「……つまり、実際に食材を増やしたのは、こっちのグレート・トレントということかの?」

「ああ。すごい便利な能力だった」

「棺桶で保存しているだけの吸血鬼は、なぜあそこまで偉ぶることができるのじゃ?」

「ふはははは! それは、この私がロードだからだ!」

「……あいわかった。もう好きにするのじゃ」


 あまりのカオスに、ついにシャゼちゃんもツッコミを放棄した。




「肉と野菜が手に入ったし――」

「前回の草花は野菜というジャンルでよいのかえ?」

「次はだし汁のもとを用意しようと思う」

「……お主までツッコミを無視しよったな」


 涙目になる魔王シャゼちゃん。

 召喚シーンを奪われるわ、ツッコミも封じられるわ、アイデンティティがどんどん失くなっていく。


「安心しろ。アイデンティティを喪失していくっていうアイデンティティを持つキャラも、割とメジャーだ」

「そんな悲惨系ヒロインはごめんじゃ!」



 と、いうことで、俺は魔導書のエリクサーのレシピから、だしっぽいものをチョイスする。


「お、この『虹色アゲハの鱗粉』って、貴重な妙薬って感じがしてアリだな」

「こっちの『深海王デビル・テンタクラーのイカスミ』というのはどうじゃ?」

「色味が真っ黒になりそうだけど、味次第ではアリだ」

「ふむふむ。では、『紅いケタイマ茸』はどうかの?」

「ぐつぐつ煮たらいいだしが出そうだな。具材としてもいいかもしれん」


 俺たちは結局、レシピに載っていた材料すべてをだしとして採用した。


「しかしの、これらも相当な数が必要となるんじゃろ?」

「大丈夫だ。魔王軍の面々に協力してもらって、材料はすでに確保&増殖済みだ!」

「……過程は全部すっ飛ばすんじゃな」


 レンジの中に完成品が、的なノリである。




「ついに、念願の巨大チャーハンに挑むべきときが来たぜ!」


 溶岩吹き出すヴォルヴォル火山の山頂で、俺は、マグマに向かって吠えていた。


「お主、試しに普通サイズの調理場で練習とかせんでええのかの?」


 冷静な魔王シャゼちゃんのツッコミが、氷柱のように突き刺さる。

 だが、火のついた俺のハートを前に、氷柱は一瞬で蒸発した。


「男の人生は、いつだって一発勝負だ!」

「まあ、好きにするがよいぞ」


 シャゼちゃんは、もはや呆れてツッコミ役を放棄した。


「よおし、やるぞみんなぁ!!」


 俺の掛け声に、集まった魔王軍の面々が呼応した。


「うおおおおおおおお!!!!!」



「まずは麦ごはんを炊く! 水道部隊、用意を頼む!」

「お任せあれ!」


 まず前に出たのは、水系魔法を使える魔物たち。

 鍋である炎獄竜の卵の殻に向け、水撃を放ち、雨をふらせて、鍋にお水を溜めていく。


「あわせて麦も投下だぁ!」

「はっ!」


 水の溜まった鍋の中に、飛竜や怪鳥といった飛行部隊が、麦を運んで落とし入れる。


「このまま火にかけフタをするぞ!」

「押忍!」

「出番ですな!」


 熱に強いゴーレム耐火部隊が、鍋を運んで火山の口にセットする。

 そこに、今度は土系魔法の使い手たちが、辺りの溶岩を集めて板状のフタをつくり、鍋の上部にはめ込んだ。

 サイズはぴったり、空気穴だって抜かりない、匠の技が光っている。


「今のうちに、食材をきざむ!」

「御意。ゆくぞ死霊兵団よ!」


 来てくれたのは、スカル・ガーゴイルさん率いる骸骨戦士の皆々様。

 自慢の剣技を存分に振るって、野菜を細切れに、肉をミンチに変えていく。


「お肉はひき肉にするのかの?」

「おう、今回はそぼろで勝負だ」


 そうこうしてるうち、お鍋の麦が炊きあがった。

 フタを開けると、白い湯気。

 そして、ふっくらと炊けた大量の麦ごはん。


「これだけでも美味そうだな」

「次は、ついに炒めの工程かの?」

「慌てなさんな。その前にだし汁を作っておくのさ」


 ほかほかの麦ごはんを回収し、鍋に再び水道部隊が水を溜め、今度はだし用の食材を投下する。


「鍋の高さを少しアップだ! 火力を弱めて、じっくり旨味を抽出する!」


 しばらくぐつぐつ煮込んでいるうち、いい香りが漂ってきた。

 魔物たちのどよめきと、腹の虫の声が聞こえてくる。


「味見とかはせんのか?」

「だめだ! 男の人生は、いつだって一発勝負だ!」


 ただの無謀かもなのしれない。

 だが、今はこの空気感を大事にしたいのだ。


「よし、だし汁はこれで完成だ! 次は具材を炒めるぞ!」


 最初に火を通すのは、ルナ・ユニコーンのひき肉だ。


「投下ぁ! 焦げつかないようかき混ぜろぉ!」


 熱に強いゴーレムたちが、卵の殻のオタマで肉を炒める。

 ジュウジュウという肉の焼ける音が、小気味良く耳朶を打っていく。


「焼き色がついたら、だし汁を投入だぁ!」


 ジュワーと水蒸気が舞って、香ばしい香りが一帯に漂った。

 口内に唾液が溢れてくるが、まだ我慢だ。


「よし、取り出すぞ! 続いて野菜を炒める!」


 刻んであったラサーマ草と聖花ムラガを鍋に入れ、これも焦げつかないようかき回していく。


「しんなりしたら取り出すぞ!」

「野菜にはだし汁を入れぬのかえ?」

「うむ! この段階では入れん!」


 炒め終わった野菜を鍋から引き揚げる。

 ここからが、待ちに待った瞬間だ。


「ついに最後の関門、麦ごはんを炒めにかかるぞ!」

「うおおおおおおおお!!!!!」


 皆の士気は最高潮。

 誰にも負ける気がしない俺たちは、大量の麦ごはんを鍋にぶち込んだ。

 ゴーレムたちのオタマさばきも、心なしか研ぎ澄まされている。


「適度に炒めたら、肉と野菜を再投下だ!」


 落とされていく、膨大なひき肉と刻み野菜。

 それをオタマで器用に混ぜ込み、麦ごはんと絡めていく。


「ここかの、ここでだし汁を入れるのかの?」


 瞳を期待に輝かせ、わくわくと俺を見る魔王シャゼちゃん。


「まだだ。まだ焦るな。チャンスは一瞬、逃せば死だぞ!」


 ゴクンと生唾を飲み込むシャゼちゃん。

 俺も背中に、冷たい汗を感じていた。

 周りの皆も、言葉を失くして息を呑む。

 固まっていく場の空気。

 まるで、全員の緊張感がシンクロして、見えない重力場を形成しているようだった。


 そんな張り詰めた空気を、俺の号令が突き破る。


「今だ! だし汁を投下しろぉ!」

「うおおおおおおおお!!!!!」


 怒号とともに、だし汁を注ぐ。

 ジュワーという快音。

 そして、香ばしく広がる匂い。


 ゴーレムたちの動かすオタマが、水蒸気のヴェールを掻き分け、鍋の中に生まれた奇蹟を皆の目に届けた。


「完成だ! チャーハンが完成したぞ!」

「うおおおおおおおお!!!!!」


 こんがりとした焦げ色、食欲を誘うだしの香り。

 俺たちは熱狂し、感動の渦に包まれた。



◆エピローグ


「あのチャーハンは、まさに至高の出来栄えだった」


 俺は、椅子に背中を(もた)せかけ、在りし日を思い浮かべて天を仰いだ。


「そうじゃな。あのように美味な料理、妾も初めて食したぞ」


 傍にいるのは、シャゼリキィレこと少女シャゼちゃん。

 俺に優しい微笑みを見せている。


「あの時の熱狂と感動を、俺はいつまでも忘れない」


 あのチャーハンは奇蹟だった。

 魔物皆が一体となって、全員で団結したから生まれた究極の奇蹟だった。


「そうじゃな、妾も忘れられん」


 シャゼちゃんは、遠い目をして俺を睨んだ。


「どうしてお主が、あの日を境に魔王になっとるんじゃあ!!」


 王座の椅子にどっかりと座る、新魔王、茶木伴助を。


「おかしいじゃろう! なんでチャーハンを食した瞬間に、魔物たちが皆してお前を魔王とあがめたのじゃ!」

「あの熱狂と一体感のおかげじゃね? 仕えるべきリーダーとして認めたんじゃね?」

「おまけに、チャーハンを食べたら皆の魔力が跳ね上がったし!」

「食材にエリクサーの材料使ったからじゃね? なんらかの化学変化とかが起きたんじゃね?」

「その場のノリで、人間界をわずか10分で征服してしまうし!」

「食後の運動って大事じゃね? 食っちゃ寝してたら健康に悪くね?」

「だいたいお主、指示してただけでチャーハン作るの丸投げしとったではないかー!!」


 そう。

 実は俺は、チャーハンを作ってなどいない。

 全体を統括し、陣頭指揮こそとってはいたが、具材にも調理器具にも、一度として触っていなかった。


「お主いったいどういう了見じゃ! 世界一のチャーハン職人になるのではなかったのか! 草葉の陰で父君が泣いとるぞ親不孝者!」

「ああ、そういえばそんな設定にしたんだったか」


 ぶっちゃけちまうと、親父は生きてピンピンしている。

 今日もあっちの世界の競馬場で、ハズレ馬券を破り捨てていることだろう。


「だがな、シャゼちゃん。よぉく考えてみろ」

「誰がシャゼちゃんじゃ!」


 あ、そっか、そういや俺の脳内でしか、シャゼちゃんって呼んだことないんだっけか?

 まあ、そんなのは極めて些細なことだ。


「俺は見事に魔物を指揮して、奇蹟のチャーハンを作らせた。これってやっぱり、異世界一のチャーハン職人、言い換えれば、俺ってチャーハンの魔王じゃね?」

「どういう魔王じゃー!」



 こうして、俺はチャーハンひとつで世界を平定した魔王として、末永く語り継がれていくのであった。


 めでたし、めでたし。



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