安楽死
日本でもついに安楽死が認められた。
当初は治る見込みのない重病患者に対して、本人の強い希望があった場合のみ実施された。
それから何年か経って、徐々にがんの末期患者とかにも適用されるようになった。
それからまたしばらくして、脊髄損傷の怪我人にも適用可能となった。
そしてそれから、自殺希望者や身寄りのない独居老人にも安楽死が適用可能となった。
お陰で自殺者や孤独死は減って、電車が止まることも、事故物件も少なくなった。
ついに、自殺者の数より安楽死の件数が逆転。
死が身近になった時代が到来したのである。
嫌なことがあれば、安楽死すればいい。
辛いことや逃げたいことがあれば安楽死すればいい。
ニートになって、両親が死んだら、安楽死して人生を逃げ切ればいい。
安楽死をテーマとした小説まで流行する。
大まかなタイトルは「安楽死したら異世界でチート勇者に転生した件」。
内容はご察しの通りである。
お陰で、安楽死は終わりではなく、一部では異世界転送装置として認識されるようになった。
自殺すると地獄に落ちるという説法も、そもそも安楽死は自殺ではないという意見が圧倒的で、宗教の叡智でも安楽死ブームを止めることは出来なかった。
そして頻繁に行われるいじめ。
ある学校---入学時には3クラスあったのに、3年に進級したころには2クラスとなるほど、多くの生徒たちが安楽死を選択したり、もしくは登校せず遊び惚けていた---そんな学校のとある教室で、寝たふりをしている少年に、いじめっ子が声をかけた。
「お前ってさ、なんで安楽死しないの?」
「なんでって・・・」
「顔も悪い、成績も悪い、スポーツも苦手、おまけに陰キャのオタクじゃん?生きてても仕方なくない?」
「そう、だね・・・」
次の日、彼は登校しなかった。
安楽死施設に向かっていたのである。
昨晩は布団の中で、いじめっ子に言われたことを何度も反芻し、そして納得したつもりだった。
確かに自分は何もない。自分より優れた人たちですら、安楽死をしているのに、カスな自分が生きているなんて許されない。
それに、異世界に転生できるかもしれないんだ。転生できなくても無になるだけだし・・・
だけども安楽死施設が近づくにつれ、足ががくがくと震える。
奥歯もガチガチと音が鳴り、涙で前が見えなくなってきた。
(安楽死しよう。だけど、こんな施設には頼らない)
彼はある決意を胸に踵を返すと、学校に向かった。
---それから数十年
学生時代にいじめられっ子だった彼に、いよいよ安楽死の時が近づいてきた。
彼は畳の上に敷かれた布団に横たわり、大勢の孫やひ孫が見守る中、ゆっくりと息を引き取った。
「〇〇時〇〇分、老衰です」
医者が死亡時刻を宣告したと同時に、彼の親族たちは泣き叫んだ。
周囲が嘆く中、彼一人だけが笑っていた。




