明け待ちの雪
夏は、暑い。
ひらひら、ひらひらと。
見上げた夜闇から零れ、舞い落ちてくる。見ているだけなら凄く綺麗だ。
頬を刺す冷たさも、指先に触れる儚さも、何一つ知らない硝子のこちら側。
いつの季節も夜は静かだけれど、冬の夜だけは特別なんだと思う。あらゆる生き物が眠りについて、起きているのが自分だけだという錯覚を味わうからだ。
妙に目が冴えているせいか、なんだか眠れない。変な時間にこたつで寝てしまったせいもある。今は何時だと時計を探しながら、窓に張りついてみたのが先程のこと。
暖かくはあるが寒い。室内だというのに吐く息が白い。まだ身体がポカポカしているのは、こたつにこもっていたせいだろう。
しかし、すぐ目の前の窓から流れてくる冷気が尋常ではない。それもそうか。雪なんて降っていれば、気温は一気に下がる。雨ですら少し降っただけでも温度が下がるのだから、雪なんて降った日には推して知るべし。
内と外との境目。いつものこの時間なら、夜闇に覆われて明暗がはっきりわかれている。窓の向こうは吸い込まれそうな夜の色、そのはずだった。
けれど今日は外が明るく見える。
いや、外に灯りなどついてはいないけれど、先刻からはらはらと白いものが落ちてきているのだ。
どんなに寒かろうが窓から離れたくないのは、実はそのせいだった。
初雪。
記憶が正しければ夜明けのニュースでそう騒がれることだろう。
積もるのだろうか。
ふと去年の大雪を思い出す。
雪が止んだ翌日の公園、並んでいた不格好な雪だるま。通りがかった校庭の真ん中、マフラーと手袋をつけて雪を投げ合っていた子どもたち。
数年前も同じ小学生だった自分の齢も忘れて、ついつい元気だなーと呟いてしまった。今の自分にあれだけ動く体力はない、と思う。むしろそれは気持ちの問題か。
でもきっと誰かが始めれば、その場のノリに任せてはしゃぐのだろう。随分矛盾しているけれど。
積もったら自転車はこげないだろう。降っていたら傘を差しながら駅まで徒歩だ。転ばぬように気をつけて歩かなければならないから、いつも以上に注意を払っていかなければならない。そもそも行かない選択肢がそこにないから面倒くさいのだ。
顔をしかめ、外を眺めながら思い直す。
たまにはいつも聴いてるイヤホンを外して黙々と歩いてみるのも良いか。無駄に考えてしまうだろうけど、その無駄もまた大事だ。車のエンジンを、雪を踏んで歩くのを、小学生のはしゃぎ声を。決まりきったものでない音を聞きながら歩くのも悪くない。
たまに、本当にごくたまに、そんな日も良いかと思った。めんどくさがってばかりでは何もかもできなくなってしまう。
いつもと違うことには新しい発見があったりするものだ。見つけたら拾ってみればいい。出会ったら声をかけてみればいい。
それを形作るか投げ捨てるかは、そのとき決めればいいのだ。
明日はブーツを履いていこうか。滑りやすいだろうから、スニーカーは履いていけない。あれは雨でも滑りやすい。
迎える朝はどうなっているだろう。積もったままか、溶けてしまうのか、夜が明ければすぐにわかるだろう。
こたつを消して代わりに布団を広げると、今更ながらくしゃみが飛び出した。遅い。大遅刻である。
布団に潜っても眠れる気はしない。そのまま寝転がって、来る気配のしない眠気でも待ってみようか。横になれば眠れるかもしれない。うとうとと、微睡みに身をゆだねるのもまた一興。
時間はまだある。
夜が明けるまで。
一人ひっそりと。
明け待ちの雪でも眺めていよう。
涼しくなりたかったんです。
心から。