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潜入

 話が始まって3時間余りが過ぎ、下河原と加川は悠久の時を過ごしたような気分になっていた。ほんの興味本位で調べ始めたこのちっぽけな都市伝説に、思っていたよりも大きな裏話が存在した事でそれを受け止め切れなくなったようだ。


「お嬢さん、外で煙草を吸っても宜しいですかね」


「ええ、どうぞ。裏手の方でお願いします」


 退室する加川を尻目に、下河原は文献や資料を見入っていた。あの戦争に隠された闇が多いと知ってはいたが、これ程の秘密が隠されていたとは正に驚愕の真実だっただろう。


「失礼ですが、この地下室に出入りした事は」


「子供の頃から何かあるとは思っていましたが、私は一度も地下へ足を踏み入れた事はございません。19歳の時にこれらの資料編纂を任されてから、私はこの離れで暮らすようになりました。1年ほどですが当家と繋がりのある家からお婆さんが私の世話のため頻繁に来ていましたが、一昨年に亡くなられてからは殆ど1人で生活しています」


 その配慮に、自分たちの思惑から孫娘を遠ざけたい気持ちがあったのかは分からない。だが少なくとも、百穂家はまだ日本の政治的中枢へ返り咲く野望を捨て切れていないのは感じ取れた。


「出所は不明ですが、生活に困らない程度のお金は月に1度ポストへ投函されています。私はそれを生活費と光熱費に充てています」


「その出所を不思議に思った事はないんですか」


「1度だけ、家の者に問い質した事があります。ですが、何も気にするなとだけ言われました。恐らく、余り綺麗なお金ではない事は確かです」


 下河原は大量に埋もれた資料の中から、1つのファイルを見つけた。【百穂家浸透録】と書かれたそれを捲ると、更なる事実が下河原の目に飛び込む事となる。


1945年時 百穂家関係者

陸軍省法務局 百穂昭三(分家)

陸軍省医務局 百穂京介(本家)

陸軍技術本部 百穂源一(本家)

軍令部 百穂玄太(分家養子)

厚生省 百穂昌男(本家養子)

戦艦長門主計科 百穂吉昭(本家)

空母葛城航海科 百穂利親(分家)


 終戦間際において、これだけの人間が政治中枢や軍事に関係していた証拠だ。思わず見の毛が弥立つ。


「こ、これは」


「昭三さんは一番最初に分家となった家の長男だそうです。京介さんは源一さんのお兄さんですが、あまり仲は良くなかったと聴いています。玄太さんは私が物心着いた頃に、病気で亡くなられました。昌男さんは本家の養子で、戦後に交通事故で死んでいるそうです。吉昭さんは戦後復員船の乗員に志願され、南方から日本へ戻られる途中に感染した赤痢で亡くなっています。利親さんは終戦後の足取りが掴めず、よく分かっていません」


 数多くの関係者を各方面に送り出し、その中でも本家に舞い戻った源一に対する期待は大きかったのだろう。しかし訪れてしまった最後の結果に対し、彦江門は燻った野心を消しきれなかったに違いない。


「……あなたと彦江門さんのご関係は」


「高祖父に当たります。最も、私の家系はどうやら養子らしく、家に居ながら独特の居心地悪い物は感じていました。」


 驚くばかりの下河原は、言葉を失っていた。そんな所に舞い戻った加川が話しかける。


「下河原さん。化けの皮を剥がしに行きましょう」


「しかし、茜さんにも危害が及ぶ危険性が無いとは言い切れません」


「私なら大丈夫です。悪戯心で、世話をしてくれていたお婆さんの家に泊まった事がありますが、何も言われませんでしたから」


 こうして、奇妙な関係の上に成り立つ作戦が始まった。夜明け頃に下河原と加川が屋敷に侵入し、この現代において尚も隠している謎を暴きに向かう。茜は2人の潜入後、1時間経っても戻らないようなら警察へ通報。どさくさに紛れて本家の人間たちを内乱罪か何かでしょっぴき、後は然るべき処置を待つ。今の自分たちに出来るのはこれぐらいだろうと言う結論に達した。


「言っておいて何ですけど、お嬢さんは何か思う所があるんじゃないですか」


「幾ら山奥の農村とは言えこの先ずっと秘密を隠し通せるとは限りません。であれば、やはり何所かで真実を白日の下に晒すべきだと私は思います」


 2人共、茜に対し全体的に薄い印象を持っていたが、意外にも芯はしっかりした女性のようだ。こんな山奥の離れで暮らしている割に、浮世離れしていない地に足が着いた人間である。


「一応、中学と高校はそこそこの進学校に通わせて貰っていました。送り向かいもして貰ってましたけど、何かと理由を着けて友達と遊び回っていたものです」


「こいつは驚いた。意外にもヤンチャでらっしゃいますね」


 下河原と加川は少し仮眠を取った後、屋敷の何所から侵入するかを調べるため偵察に向かった。百穂邸は段々畑の最上段に位置し、屋敷の後ろは山に食い込むように作られている。3人が居る離れとは地形的に見て水平なので、中の様子を探るには後ろの山に登るしかなかった。


「まさかここまで来て登山するハメになるとは…」


「センセイ、足元に気をつけて下さいよ。まぁまぁ滑りますぜ」


「その図体でよくそんな飄々と」


 次の言葉が出る前に下河原は足を滑らせた。思わず大声を出しそうになるのを寸前で堪え、手近な木に掴まる。


「センセイ大丈夫ですかい?」


「な、なんとか……」


 生い茂る木々の中を進み、屋敷の様子を探れるぐらいの高さまで登った。見下ろす限りだと、正門から石畳の道が母屋まで伸びており、他には離れのような建物が4つほど確認出来た。庭は庭園風にされているようで、池や花壇が広がっている。


「田舎の金持ち特有の屋敷ですね。羨ましいこった」


「どっから入ります。個人的にはあの左端が離れの瓦屋根と近いんで、向こうに姿を晒さずに入れそうに思えますけど」


 下河原が指差した場所は、屋敷を囲う壁と離れが最もくっ付いている所だった。他に手頃な場所も見受けられないため、2人はそこを侵入ポイントに設定する。屋敷に一旦近付いて場所を再確認し、地面の土で山を作って目印とした。


「一旦戻りますぜ。夜になるまで資料をもう1度ぐらい読み返しましょうや」


 コソコソと離れへ戻り、2人はまた膨大な資料の海へと潜り込んでいった。茜が淹れたお茶を啜りつつ、時間が瞬く間に通り過ぎていく。気付けば21時を回っていた。


「もうこんな時間か……」


「少し横になりますかね」


「2階に床を用意しました。そちらでお休みになって下さい」


「どうも忝い事で」


 予定では27時頃に起き出して、準備運動をしてから夜食を摘み、28時を過ぎたら闇夜に紛れて屋敷に潜入する手筈だった。既に潜入用の脚立や機材は加川の車から運び込んである。暫しの仮眠を済ませた2人は起き上がり、茜が作った夜食を食べて準備を始めた。


「センセイ、こいつをどうぞ」


 映画が何かで見た事はあっても実物は初めて見た。しかもこれからこいつを使うのである。


「暗視ゴーグルなんて何所から手に入れたんですか」


「夜中に山道走っててスタックした時とかエンストした時は役に立ちますよ。もう色々と設定してあるんで、そのまま着けるだけで結構ですから」


 2人は黒い作業服に着替え、リュックサックに道具類を収めて離れを出た。山奥の底冷えした夜風が体を撫でる。


「うわ、寒っ」


「センセイお静かに。それじゃあ行って来ますんで」


「気をつけて下さいね。29時を過ぎても戻らなかったら、警察へ連絡を入れますから」


「宜しくお願いしますよ茜さん。じゃあ行きましょう」


 下河原と加川は暗闇の中へと溶けていった。足元を確認しながら山道を走破し、例の土で山を作った潜入ポイントまで辿り着く。


「ゆっくり、静かに、そっとですぜ」


 加川が肩に担いで運んで来た脚立を壁の上へと伸ばす。地面との設置部分は少し掘って簡単には動かないようにした。次いでロープを取り出し、近場の木へと結び付けていく。


「それ何です」


「脱出用の備えですよ。向こうに降り立ったら、屋敷を出る時どうやって壁まで登るんですか」


 下河原は加川がこの期に及んで楽しみ始めている事に気付いた。近付いてゆっくりと話し掛ける。


「落ち着いて。息が荒いですよ」


「……いや、失敬。どうもありがとうございます」


 興奮し始めたら一声掛けて欲しいと言う約束を思い出したそうだ。冷静さを取り戻した後、脚立へと足を掛ける。


「先に行きます。後から来て下さい」


「誰も居ないか見てからお願いしますよ」


 脚立を登った下河原は、壁の上に出る前にそっと頭半分を覗き込ませた。兼ねてから予定していた通り、目の前には離れの屋根があって屋敷の中からは死角となっている。ゆっくりと壁の上に足を置き、離れの屋根が途切れる場所まで足を進めた。敷地の中に人気は感じられない。暗視ゴーグルのお陰で隅々まで見える。


「どうぞ、誰も居ません」


 加川が上がるのを待ち、ついに屋敷の中へと足を踏み入れる瞬間が訪れた。壁からそっと地面へと降り立つ。加川がニヤ付きながら変な事を口走った。


「待たせたな」


「……何です急に」


「おや知りません?世界的にも有名なゲームですよ」


「ゲームはちょっと……」


「勿体無いですね。後で面白い動画教えてあげますぜ」


「いや、いいです」


 雑談はそこまでにし、2人は母屋へ足を進めた。既に15分が経過しており、使える時間は残り少ない。

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