タイムスリップをするためには
君たちにもあるのかもしれない。もしあのときこうしていれば、というものが。いわゆるたらればというやつだ。僕には一つだけ叶えたいたらればがあった。
さくっさくっと雪の上を踏んで目的地まで歩いていた。神社の鳥居が遙か先の方に見える。そこまでが長そうだ。急斜面と雪で、歩きにくいことこの上ない。たまに木から雪も降ってくるし、何よりとても寒い。
「これがガセだったら噂の元は本当に許さないからな……」
大型掲示板のオカルトスレで見つけたとある噂のせいでここにいる。”たしば神社”という神聖な場所を元旦に参拝すると、一つだけその人のたらればが叶うというものだ。
だから大晦日の深夜に遭難しそうになりながらそのたしば神社を目指していた。
思い返せば僕がこんなに頑張ったのは中学校以来かもしれない。二十六にもなって何しているのだろう、と素に戻ると死にたくなる。何も考えないということは難しかった。もしかしたらもうすぐ悲願を達成できるかもしれないと思うと身震いする。
ようやく鳥居の目の前まで来た。半信半疑だったけど、もうここまで来たら引き下がれない。
ゼロ時きっかりに鳥居をくぐる。空気が張り詰めていた。これが神聖な場所なのか。寒いのに冷や汗が額に出てきて拭う。後はここで手を合わせて参拝するだけだ。
僕はこの日まで貯めた十五万円ほどの茶封筒を出して賽銭箱にやさしく入れた。茶封筒はゆっくりと確実に賽銭箱に吸い込まれて行った。パンパンと手を大きく合わせる。
「どうか、あの日あの場所に戻らせてさせてください」
目を閉じて叫ぶようにして言う。何分か沈黙してから目を開けたが何も起こらない。
「……やっぱりだめか。生活費も消えたし、そこらで野垂れ死ぬか」
羽織っていたジャンパーを脱いで、大木の下に寄りかかった。
「あー、僕の人生は……」
走馬灯すら思い起こされない。雪が強くなるのを感じる。
そこで世界が白に包まれた。ぼんやりとした意識の中、きっと死ぬんだ、とそれだけを考えていた。