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エンドレスバイト  作者: カンヌキ
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五話

 やることは決まっても、やはり心の落ち着く自宅というものが恋しい。

 私はこれから必要なものをまとめるため、帰路についた。


「あの!」


 繁華街から離れた閑散とした住宅街をあるいていると、後ろから女性の声が聞こえ、反射的に振り返る。

 返り血を浴びたであろう赤い制服を着た、黒いロングヘアーの女性は、私を見ていた。


「あの、……」


 この女性は、「あの」しか言えないのか? 何故「あの」しか言わない? 私が返事をしないからか?


「は、何か?」


 私が声を発した途端、その女性は怪訝な表情になり、怯えた。

 一体なんだというのだ。返事をしたらこれか。全く、生きた人間というのは。


「いえ、その……」


 見るからにその女性は高校生のようだ。まぁ制服を着ているのだし当然か。昨日のヘル・ニュースは深夜にやっていた。見ていなかったという理由は頷ける。

 この子は、夜更かししない良い子のようだ。警戒する必要もないか。


「なんで、こんなことになっているんですか?」


 俺が知るか。それとも何か、彼女には私が世界を陥れた黒幕にでも見えるのだろうか。だとしたら光栄だ。

 しかし当然、そんなことあるはずがない。私は少し呆れながらこう言った。


「知りませんがな」

「そう、……ですよね」


 嫌な沈黙が流れる。この女性が私に何を求めているのかわからない。何を言って欲しいのかがわからない。ここで何か気の利いたことが言えないから私はこれまで孤独だったのだろうか?

 いや、孤独は好んで進んだ道か。であるのならば、私は慣れ親しんだ道に進もう。


「用がないのなら、それでは」

「あ! 待ってください!」


 此の期に及んで、まだ何か言うのか。

 先の空気をもう忘れたのか? あの呼吸すら苦しくなる鬱陶しい雰囲気をまだ感じていたいのか。


「はぁ、まだ何か」

「そのバット、……奴らを、倒したのですか?」


 私は手に持っているバットを一瞥した。バットの芯(?)の部分には、多量の血がべっとりついていた。

 気にはしていなかったのだが、先人がこれでゾンビを屠ったのだろう。


「いえ、これは」

「あの、少しだけ一緒にいても良いですか、……」


 私の発言に被せて、彼女は言った。少し気分が悪かった。


「友達ともはぐれちゃうし、電波もないから連絡もとれなくて……心細くて」


 俯きながら、彼女は聞いてもいないことを言った。

 なるほど、こんな世界になっても、阿呆は阿呆のようだ。

 こんな状況だ。法律もクソほど役に立たない世界で、何故人を簡単に信用しているのか。

 暇つぶしに人だって殺せる世の中だというのに、何故血のついた金属バットを持った男と一緒にいたいと思うのだ? 

 守ってもらえると思っているのか? 人が皆、聖母マリアの教えを学んでいると思っているのか?

 阿呆に構っている余裕はない。それに、こういった阿呆は大体最終場面で足を引っ張る。映画でよく見た。


「他を当たってください、私は忙しいので」

 

 すると、彼女は顔を上げた。

 目に涙を浮かべ、まるでこの世の終わりのような表情をしていた。

 今、その「この世の終わり」だから当然か。


「そう、……ですか。すいません。ありがとうございました、……」


 何故かお礼を言われた。私は気づけば、この子の行く末を想像していた。

 簡単に人を信じる程純粋なこの子は、きっと先は短い。

 そこらをふらつけば、死人にも、そして生きている人にも食われてしまいそうだ。

 しかしだからといって、他人がどこで食われようが死のうが、関係ない。関係はないのだが。

 どうだろう、何故か私の胸には、靄がかかっていた。


 彼女が何に食われようが、他人である私は、一切関係ない。

 だというのに、私は振り返らず、この場に立ち止まっている。彼女の俯く姿を見ている。


 邪な思いがそうさせているのか? 彼女と行動を共にし親睦を深めれば、懇ろの仲になれる?

 そんな思いが、無いと言えば嘘になる。

 しかし、それだけではない気もする。もっとこう、何か別の、得も言えぬ感情が、私の足を止めている。


 その感情の正体はわかったものでは無い。

 しかしその感情のせいか、私は今、この子を放っておけないと、思ってしまっている。

 正義感なのだろうか。いやそれはないだろう。そんなクソみたいなもの、私の中にあるはずがない。

 しかし、この状況、まるでヒーローとヒロイン。私は世界に酔って、こんな浅はかな思考になっているのかもしれない。


 しかし、それでもいいか。目の前で女の子は泣いているし、幸い法律は今機能していない。

 女子高生の隣を歩いたって、咎める人はいないはずだ。


 ようやく葛藤が終わり、意識を外界に戻すと、目の前には少女の後ろ姿があった。


「あ、待ってくれ」


 私がそういうと、少女は振り返った。

 彼女の表情は悲しみを含みつつも、少し何かを期待しているように見えた。


「少し、といってもどれ程なんだ」

「あ、……」


 彼女の目に浮かんでいた涙が、溢れ、すうと頬を伝い、ぼろぼろと落ちた。


「お、おい」


 見慣れぬ女性の表情に、私は戸惑いを隠せなかった。

 当然だ。小学生以来、まともに女性と話したことがない。バイトも深夜勤ばかりなので、滅多に女性とは話さなかった。

 

「すいません、ありがとうございます」


 彼女は俯きながら声を震わせ言った。目の下を何度も拭うが、次々に涙が溢れ、止まらなかった。


「落ち着いてくれ、ゾンビが来たら、動かない良い飯だぞ」

「そう、……ですね」


 彼女は嗚咽を落ち着かせ、何度も顔を拭うと、ようやく顔を上げた。

 

「私は、尾張 桜といいます」


 そう言った彼女は笑顔だった。その笑顔は無理に作られたものであることは一目瞭然だった。

 しかし、見慣れぬ女性の(そして、思っていたよりも綺麗な)笑顔にどきりとし、私は咄嗟に視線をそらしてしまった。


「あ、ああ、よろしく」


 私の様子を不思議に思ったのか、彼女は首を傾げた。その仕草にまたどきりとした。

 

「あの、すいません。お名前は?」


 彼女は傾げた首を戻し、言った。


「ああ、青木 司だ」

「ツカサさん、ですか」


 いきなり名前呼びか。気が合わなさそうだ。


「ああよろしく。で、オワリさんだっけ?」

「はい」

「どうしたいの?」

「お父さんやお母さんが心配で、……実家に、戻りたいです」

「遠いの?」

「はい、S市ですので電車を二本乗り継いで1時間半程ですね」

「ああ、S市か」


 なかなかの田舎だ。わざわざそこからここまで来たのか。 


「ここまで一体どうやって来たんだい?」

「今日は外の様子が変だから、お母さんに車で送ってもらったんです」


 様子が変だったら、学校に送り出すなよ。……いや、仕方がないのかもしれない。

 ある町で、暴力事件が発生中というニュースが流れても、学校を休ませる親のほうがきっと少ないだろう。

 それほど、この世界は現実感がない。ゾンビが闊歩する世界になったからと言って、はいそうですかと切り替えられるほうがおかしい。


「それで、学校で授業を受けていたのか?」

「はい、でもお昼から突然先生から帰っていいといわれたので、友達と繁華街に遊びに行ったのです」


 まぁ、阿呆だな。それも、かなりどうしようもない程だ。

 

「それで、はぐれたと」

「はい、……まさか、こんなことになるなんて思ってなくて」


 思わないか。思わないだろうな。死人が歩くなんて。

 しかし確かに、現実で、死人が歩いているのだ。夢でも何でもないんだ。多分。


「お母さんもどうなっているか、心配で、……」

「お母さんと別れたのは朝なのだろう?」

「はい」

「それならば、たぶん大丈夫。朝はまだそこまで被害が増えてなかったから。何事もなく自宅に戻れていると思うよ」


 すると彼女は、ぱぁっと明るい笑顔になり、


「本当ですか!」


 と言った。やけにその笑顔が引きこもりの私には眩しく見えて、また私は目を逸らしてしまった。


「まぁ、多分ね。今気にするのはそっちじゃないな」

「と、言いますと?」

「君が自宅までたどり着けるか、どうかさ」

「あ、……」


 彼女は先ほどの笑顔とは打って変わって、悲壮を交えた表情になり、肩を落とした。

 その姿が、妙に放っておけなくて、私は深く考えず、


「まぁ、なんとかなるよ」


 と、無責任な言葉を放った。

 しかし、こんな言葉でも励みになるのか彼女は、ふと真面目な表情になり、


「そうですよね! 頑張ればきっとなんとかなりますよね!」


 と鼻息を荒くしていった。なるほど、単純な人間というのは簡単に切り替えられてうらやましい。

 今の私の言葉に、いったい何を感じたのか。重みもなければ中身もない言葉だというのに。

 しかし、これからその言葉が、重く、中身のあるものになればいいかと、軽く考える。


「それで! どうしましょう!」

 

 桜は声を大きくしていった。

 なんでも人任せか、阿呆だから仕様がないか。考えられないのだな。私も、深く考えているわけではないのだが。


「とりあえず、自宅に戻って、計画を練ろう」

「え、……それって、ツカサさんの自宅ってことですか」

「まぁ、そうなるな」

「なるほど、……」


 桜は、顎に手を当てて、考える素振りをした。

 まぁそりゃあそうだよな。見ず知らずの男の自宅に誘われたのだ。阿呆でも警戒はするか。

 しかし全部人任せで、やっと出した提案に難色を示すのは、非常に面倒で、あまり気分がいいものではないな。

 

「無理にとは言わない。君も年頃だ」

「あ、いえいえ! そういうことではなくてですね!」


 桜は焦ったように、手をぶんぶん降る。


「お風呂とか、歯ブラシとか、着替えとか、どうしようかなぁって」


 うぅん。私が思っていたより阿呆というのは素晴らしいのかもしれない。

 死人が歩く世界でも、警戒せず、気にするのは身なりか。きっと幸せに過ごしてきたのだろうなぁ。


「近くのコンビニで拝借しよう。この世界ならば、それくらい許される」

「そんな! だめですよ!」

「何で」

「人として!」

「じゃあ、そこにお金を置いていこう。これでどうかな」

「いいですね!」


 やっぱり阿呆だなぁ。扱いやすい。


「それじゃあ、行こうか」

「はい!」


 私は世界が終わることによって、ようやく女性と肩を並べて歩くことができた。

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