7話 事件の後
「そうか、俺はリアに助けられたんだな。有難うリア」
俺が笑顔でお礼を言うとリアは「はうぅ〜」と胸を押さえて悶えている。耳がピクピクと揺れているのを見ると嬉しそうだ。
「王女様たちは別の部屋でお前が目を覚ますのを待っている。今呼んできてやるから待っているといい。リア、アベルを見てやってくれ」
「かしこまりました」
父上が部屋を出たのを確認すると、リアは俺の方を見てくる……何故か手をわきわきとさせているのだが。
「ふふっ、坊っちゃま。寝ていて汗がかいてしまったと思いますので、私が拭いて差し上げます。じゅりゅっ! 坊っちゃまの濡れた体……」
……こんな綺麗な人にお世話されるなんて、前世ではあり得ずにとても嬉しいのだけど、リアさん目がちょっと怖いです! 手をわきわきさせて近づいてくるリアさん。
それからあっという間に上の服は脱がされて、ぬるめのお湯で濡らした布で体を拭かれる。少し恥ずかしいけど、我慢していると。
「坊っちゃま。私本当は怒っているんですよ」
「えっ? なんで?」
あれ、俺って何か怒られることしたっけな? わからずに考えていると、背中に柔らかい感触が。リアのメロンが背中に押し付けられている。そして、俺の前に通されるリアの腕。今、リアに抱き締められているのか。
「私やメルセに何も言わないで森に行った事についてです。せめてどちらかにでも話してついて行ってもらえていれば、あの猪が現れたところで、坊っちゃまが怪我をする事もありませんでした。坊っちゃまが眠っている間に王女様たちはメルセに怒られていましたが、坊っちゃまには私が怒ります。旦那様もやんちゃでいいと怒りませんし」
「……ごめん、リア。そうだよな。俺の考え無しだった。心配かけてごめん」
そうだよな。あの時止められないのがわかった時点でリアたちに報告するか、せめて伝言を頼んでいればよかったんだ。それを怠った結果がこのザマだ。はぁ、記憶が無かったとはいえ、俺は俺だ。まだまだだな。
「次からは気をつけて下さいね。今回は近くの森で大きな音がしたからこそ、わたしもメルセも気が付いて駆け付ける事が出来たのですから。でも、坊っちゃまの勇姿、見たかったですぅ」
俺の勇姿……か。あの時はステファニーさんを守らなきゃ、助けなきゃって思いで必死だったせいであまり深く考えなかったけど、何か力が溢れてきたんだよな。
一瞬、イスターシャから貰った力かと思ったけど、あの神から貰ったのは、勇者に対してのみステータスが100倍になる能力と勇者を5人止めるまでセッ○スは出来ないという呪いだけだ。
一体何だったのか……頭の中に響いた声はイスターシャではなくて男の声だったし。
「どうしたのですか、坊っちゃま?」
「ん? いや、何でも無いよ。それよりももう良いだろ? 服着るよ」
声の主がわからずに悩んでいると、リアが頭を撫でながら問いかけてくる。柔らかな感触と優しく撫でられる頭にずっとこのままでいたくなるけど、父上たちが戻ってくる前に着替えないと。
リアはもう少し〜、とか言っていたけどそれを無視して上を着る。ただ、腕が痛むのでリアに手伝ってもらったけど。
服も着替え終えてしばらくすると、扉が開かれる。そして
「アベル! 目が覚めましたのね!」
と、勢い良く入ってくる赤髪の少女。リティシア様だ。その後ろにはスロウさんとステファニーさんにメルセさんも入って来た。ガドルたちやレイズ君はいないようだ。レイズ君は兎も角ガドルたちは当然か。
「もうっ、気を失って心配したのですからね! 腕は変な方は曲がっているわ、脇腹は青黒く腫れているわ、血は吐くわで、もうもうっ!」
「す、すみません、リティシア様。ご心配をおかけしました」
「うんうん。心配はしましたが、あの姿はまさしく私の騎士に相応しい姿でしたわ。さすが私の騎士です!」
そこまで言われると何だかこそばゆいな。怒りながらも微笑んでくれるリティシア様の隣では、スロウさんに押されて近づくステファニーさん。チラチラと俺を見て何かを言おうとするけど、口を閉じてしまう。それを何度か繰り返すと、一度深呼吸してから俺に頭を下げてきた。
「助けて、くれて、ありがと。アベル君の、おかげ、で、助かりました。ありがとうございます」
「気にしなくて良いよ。俺もステファニーさんを助けなくちゃ、って必死だったからさ」
「ステフ」
「え?」
「ステフって呼んで。親しい人は皆そう呼ぶ」
上下に揺れる耳の先は赤く染まり、指先同士をつんつんと合わせながら恥ずかしそうにそう言ってくるステファニーさん。
何だか背伸びしているようで可愛らしいなぁ。思わず笑顔になってしまう。
「わかったよ。これからはステフって呼ぶね」
俺が笑顔で答えると、スロウさんの背後に隠れてしまうステフ。スロウさんは苦笑いをしている。
「むむっ、ステフ、私の騎士を狙っていますね? 私の騎士は私のものです。ステフにも渡しませんよ!?」
「べべべ、別にそういうわけじゃなくて。その、あの、もっと、親しくなりたくて、その……ううっ……」
リティシア様の言葉に顔を真っ赤に染めるステフ。色々と気になる事はあるし、やる事とあるけど、ステフたちを助ける事が出来て良かった。
それからの日々はまずは怪我を治すのに時間を費やした。魔法でも治せるのだけど、父上がまずは自分の力で治してみろなんて意味のわからない事を言い出したのだ。
なんでも、魔族の大半には治癒力の高いものが多いらしくて、魔法を使わなくても治す事ができる事があるらしい。極端な奴だったら、首以外の体の一部を切り落としても再生するらしい。
元から身につけている者もいれば、訓練次第で高くなる人もいるらしくて、俺は完璧に後者だった。元から身につけていたら、俺の怪我なんて1日も経たずに全快するらしい。
それで、あまり回復魔法や回復薬を使い過ぎると、その治癒力の成長が止まるらしくて、死に関わるもの以外は基本使わないそうなのだ。そのせいで、痛い日が何日続いたことか。
怪我が治ったと思えば、今度は訓練だ。正直に言うと、鬼人族の中でも俺は最弱の部類に入る。普通の鬼人族に比べて俺は体が小さく筋肉も少ない。筋トレしているけど筋肉が増えないんだよな。
他の鬼人族に比べて力が劣っている俺は、今までの訓練をやめた。だって、他の鬼人族より力が劣っているのに、同じ訓練をしても意味が無いと思ったからだ。
まず自身の戦い方から変える事にした。大きな剣を持って振り回す事が出来ない俺は、リアに師事を頼んだ。これは父上も認めてくれた事だ。父上もこのままでは駄目な事はわかっていたようで、直ぐに納得してくれた。
リアは短剣を1番得意とするけど、剣術全般出来るらしい。それに、速度重視の戦い方のため、俺はそれを真似する事にした。
リアに教えてもらったのは、両腕に籠手を付けて相手の攻撃を逸らしながら剣で戦う方法だ。籠手なら盾を持って手が塞がる事も無く戦えるからとの事。
リアは優しく教えてくれるのだが、ここに父上が混ざった時が悲惨だった。父上は見た目の巨体のように武器も巨大な斧を使う。バトルアックスと呼ばれるものだ。それを軽々と片手で振るものだから、何度ヒヤヒヤした事か。腕を持っていかれると思ったのも2桁じゃあすまない。
そんな危険な訓練をしてきたが、その間に俺以上に強くなっていた人が何人もいた。それはリティシア様とスロウさんにステフだった。
3人はあの猪の事件に思う事があったのか、あの後からそれぞれ師事をして訓練をしていた。スロウさんは5属性、火、水、風、土、光の魔法を満遍なく使える魔法師になり、ステフは精霊と契約していた。精霊と契約出来る者は滅多にいないらしくて、それはもう街中で有名になったな。俺もお祝いに行ったし。
そして、1番強くなったのはリティシア様だった。リティシア様は吸血鬼族に代々伝わる血魔法が凄かった。
自身の血を使って様々な形に変える事が出来るらしいのだが、それによって作られたものはかなりの固さで、血で武器を作ったりするのだとか。
自分の血を撒きながら戦う姿を見た者はみんな『鮮血姫』と言う。俺も訓練で何度か戦ったけど、一度も勝てなかった。
そんな、みんなの考えを変える猪の事件から、俺がこの世界に転生したと自覚してから3年が経った。
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