6話 記憶が戻る前の出来事(2)
「リティシア様、そういえば森に入る理由って何なんですか?」
ガドルたちを先頭に森の中へと入って行く僕たち。あまり奥へは入れないため森の入り口付近にはなるけど。それでも、この森に入る理由がわからなかった僕は、何かを探しているリティシア様に尋ねる。
「そういえば、アベルには話していませんでしたわね。この森に来た理由は黒白うさぎを探しに来たのですわ!」
「黒白うさぎって、時期によって色が黒やら白に変わるあのうさぎですか?」
「ええ、この時期は珍しい事に黒と白半分になったうさぎが見られるそうなの!」
なるほど。普通の黒白うさぎは街の中でも見る事が出来るけど、基本は食用に捌かれたものだけだから、どちらかの色しかいないんだよね。
「でも、見たいからといって奥には行くのは駄目ですよ。奥には魔物もいるんですから」
「わかっていますわ。それに出たとしても私を守って下さいますよね、私の騎士」
……そりゃあ、守りますけど。それでも、あまり危険な事はしないで欲しい。
「おっ、なんかいたぜ!」
ここに来た理由を聞いてあまり無理しないで欲しい事をリティシア様に話していると、ガドルたちが何かを見つけたみたい。ガドルと取り巻きたちが何かを逃さないように囲んでいた。3人の中心にいたのは
「ウリ坊?」
猪の子供であるウリ坊だった。体長は20センチほどで、小さな体で精一杯ガドルたちに威嚇していた。
「はっ、猪如きが俺たちに威嚇なんかしてんじゃねえ、よっ!」
「ルゥッ!?」
しかし、それが気に食わなかったのか、ガドルはウリ坊を蹴り飛ばした。流石にそれはやり過ぎだよ!
「やめなさい、ガドル! その子が何をしたっていうのです!」
「……酷い」
リティシア様が止めに入り、ステファニーさんが悲しそうに呟く。スロウさんは3人を睨んで、レイズ君は何も言わないまま見ていた。その間にあり坊は囲みから逃げて森の中へと走っていった。
「ちっ、逃げられたか。リティシア様、ああいうのは放って置いたらデカくなって人を襲い出すんですよ。だから早めに殺しておく方が国のためなんです」
「馬鹿な事を言わないで下さい! いくら大きくなった時に暴れる可能性があるからって、まだ子供を蹴るなんて!」
リティシア様がいくら言おうともガドルは納得せずに話は平行線のままだった。
ガドルの言う事も正しい部分はあるけど、それを僕たちで当て嵌めたらどうなるんだよ。将来大きくなったら犯罪を犯すかもしれないから今のうちに殺すと言っているようなものじゃないか。
人間と動物を一緒に考えるなんて間違っているなんて言われるかもしれないけど、それで、ガドルのやった事は僕は許せない。
少し暗い雰囲気になりながらも、目的の黒白うさぎを探したけど、なかなか見つからず、気が付けば空は茜色に変わっていた。そろそろ帰らないとリアに心配されるなぁ。リティシア様も帰さないとあの人に怒られてしまう。
僕がリティシア様にそろそろ帰る提案をしようとしたその時、森の中でバキバキッと何かが折れる音がして、そして、少ししてからズドォンと倒れる音が響いた。
「な、何の音だ!?」
「リティシア様!」
僕はリティシア様の側に寄って短剣を抜く。スロウさんはステファニーさんを守るように立ち、レイズ君は耳をピクピクして周りを警戒していた。
次第に近づいてくる木の倒れる音。森から鳥たちが飛び立つ姿が空を覆い尽くす。そして現れたのが
「ブモォォォオオオ!!!!」
とんでも無く巨大な猪だった。体長が3メートルほど、口元に大きな牙が生えており僕たちを睨んでいた。そして、背には先ほどのウリ坊が乗っていた。
「ちっ、や、やっぱりあのウリ坊をさっき殺しておけば良かったんだ! くそっ、逃げるぞお前ら!」
ガドルはそう言うと街の方へと走って行く。しかし、猪はガドルを見ると、後を追うように走り出した。ガドルは慌てて斧を投げるけど、猪は動きを止める事なく斧を弾き突き進む。
「危ないっ!」
「ウィンドカッター!」
もう少しでガドルたちに猪の牙が当たる寸前のところで、スロウさんが魔法を放つ。風の刃が猪の口元に小さな傷を作る。まだ、動きを止めないけどガドルたちを追うのは諦めたみたい。でも、次に標的になったのが
「こ、こっちに来ましたわ!」
「逃げるぞ!」
レイズ君の声に僕たちは反対を向いて走り出す。木々の合間を縫って走るけど、猪は木をなぎ倒して真っ直ぐ来るため、徐々に距離が縮まって行く。そして
「きゃあ!?」
「ステフ!」
ステファニーさんが何かに躓いてこけてしまった。スロウさんの悲鳴に近い声が森の中を木霊する。レイズ君は諦めたように舌打ちをして走り、リティシア様はステファニーさんの名前を叫んでいた。そして僕は
「うぉぉぉおおおおっ!」
気が付けばステファニーさんの方へと走って向かっていた。他の鬼人族に比べて力も弱く体格も小さい僕が向かっていったところでステファニーさんは助からないかもしれない。2人とも死ぬかもしれない。
だけど、誰かを見捨てて逃げるなんて僕には出来なかった。父上の言葉が頭の中を過るからだ。
『騎士の前に味方が立つ事は無い。前に立ち塞がるのは守るべき者に仇なす敵のみだ』と。
僕の前にステファニーさんが倒れている事なんて考えられなかった。後ろからリティシア様の声が聞こえて来るけど、僕は反応する事無く猪へと向かって行く。リティシア様だけで無く、みんなを守るんだ!
ステファニーさんと猪との間に立った瞬間体の中に温かいものが流れると同時に頭の中に声が響いた。
『護りたい者が背後にいる時に効果が発動する。騎士であるお前に合った力だろう』
声の主は誰かわからない。だけど、この声が悪いもので無いのはわかる。全身から漲る力。僕は……俺は向かって来る猪に向かって叫ぶ。
「来いよっ! この豚野郎! 俺が相手だっ!!!」
「ブルルゥゥッ!」
向かって来る猪の牙を俺は掴む。体が浮きそうになるのを何とか踏ん張って耐える。体が押されて地面を削ったけど、何とかステファニーさんの前でギリギリに止まった。止まったけど、同時に腕がバキバキッと悲鳴をあげる。
「ステフ!」
俺が猪を止めている間にスロウがステフを抱き起す……くっ、は、早くしてくれ! もう、と、止められ……。ステフが離れると同時に俺の右腕がボキッと音がする。そのせいで力が緩んだせいで、猪が動き出し、首を振られる。
「がっ!?」
運悪く猪の牙が俺の脇腹へと入る。肋骨がボキボキと折れる感触と共に、体から抜ける空気。俺の体は軽々と浮いて吹き飛ばされてしまった。木に勢い良くぶつかりその場に倒れ込む俺。
目が霞んで今どっちを向いているのかもわからない。咳き込むと同時に口の中から血を吐く。
「アベルッ!!」
リティシア様の声に顔を上げると、目の前には猪がいた。そして俺に向かって片足を振り下ろして来た。くそ、もう終わりかよ……。
そう思ったけど、次の瞬間に悲鳴を上げていたのは……猪の方だった。途轍もなく巨大な猪が先ほどの俺のように体を浮かせる姿は、呆気にとられる程だった。
ドシンッ! と、大きな音と共に地面を揺らす猪。何が起きたのかと思っていたら
「あなたが坊っちゃまを傷付けたのですね」
「お嬢様を傷付けようとするとは……猪鍋にしてやる」
現れたのは2人の女性だった。俺の侍女をしてくれている銀髪に褐色の女性、リア。もう1人はリティシア様の侍女をしている金髪のエルフ、メルセさん。
リアは侍女姿に両手に短剣を持っていて、メルセさんも侍女姿にハルバートというその姿に似合わない武器を持っていた。
「坊っちゃまを傷付けたその罪」
「お嬢様を傷付けようとしたその罪」
「「貴様の死で償ってもらう!!!」」
痛みで気を失う俺の耳に最後に聞こえたのは、そんな声だった。
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