5話 記憶が戻る前の出来事(1)
これは、俺が目を覚ます1日前の話だった。
◇◇◇
「アベル! 森へ行きますわよ!」
授業が終わった放課後。帰る準備をして、僕が仕える主人の元へと向かおうとした時、教室の扉が勢いよく開けられる。
僕たちが今いるのは、魔国ゼルヘラートにある学校で、名前がゼルヘラート学園。この魔国ゼルヘラートの国立学校で、子供は7歳から13歳まで必要最低限の教養を学ぶために、昔の魔王様が建てられた学校だ。
そんな学校の教室を勢い良く開けて入って来たのは、今僕が迎えに行こうとしていた主人様だった。まるで血に濡れたような真っ赤な髪をツインテールにして、黒の動きやすいドレスを着た少女。
ニコッと笑った時に見せる犬歯が愛らしいと評判のこの主人様は、この魔国ゼルヘラートの第1王女で名前をリティシア・ヴァン・ゼルヘラート様。吸血鬼族の王女で、僕の幼馴染でもある。
「リティシア様、僕が迎えに行くのを待っていてくださいよ! 入れ違いになったらどうするのですか!」
「ふっふーん! 私があなたのいる場所をわからないとでもお思い? あなたの匂いを辿ればどこにいたってわかりますわ!」
胸を張って自慢してくるリティシア様。僕はリティシア様の言葉を聞いて思わず自分の体を匂ってしまった。僕ってそんなに臭いかな? 毎日お風呂に入って洗っているんだけど?
「あ、別にアベルが匂うってわけじゃないですわ。わ、私がちょっとわかるだけですわよ」
僕が匂いを気にしているのを見て恥ずかしそうに言ってくるリティシア様。それならいいけど……良いのかな?
「……それで森というのはどういう事ですか?」
「あっ、そうですわ! すっかりと忘れていましたわ。皆様と一緒に森に行きましょう!」
リティシア様はそう言いながら僕の手を引っ張る。だけど森って……
「だ、ダメですよ、子供だけで森なんて! 魔物がいるんですから!」
そう、森には僕たちを襲う魔物が存在している。動物がそのまま凶暴化したものや、変わった姿をしたものなど様々な生き物がいて、総じて体の中に魔石を持っている生き物を魔物と言う。
僕たちでは鬼人族とオーガという魔物が間違われる事があるけど、違いは鬼人族は話し合う事ができて、オーガとは会話が成り立たないのと、魔石を持っているか持っていないかの違いだ。僕たち鬼人族は当然持っていない。
そんな魔物が現れる森に入るなんて危な過ぎる! そう思っていたらリティシア様の後ろから笑い声が聞こえて来た。げっ、この声は
「ははっ、また臆病風に吹かれたのか、アベル。この鬼人族の恥晒し! 族長の息子の癖にひょろっとした体をしやがって!」
リティシア様の後ろから現れたのは、同じ鬼人族でガドル。僕たちの1個上の10歳で、体格は既に170ぐらい。体は鬼人族らしくガッチリとしている。
それに比べて僕はまだ140ぐらいの身長だ。体も細くて余計に小さく見える。さらに後ろにはガドルの取り巻きの鬼人族もいた。
「リティシア様、そんな奴放って置いて俺たちで行きましょう! 他にも待たせていますし」
「嫌ですわよ。アベルが行かないのであれば、私も行きません。どうします、アベル?」
僕が自分の体に対して悔しく思っていると、リティシア様が尋ねてくる。ここで断ったら、リティシア様は僕の言う通りにしてくれるけど、それは逃げたのと同じだ。僕は
「行きます。リティシア様について行きます!」
「ふふっ、それでこそ、私の騎士ですわ! ほら、行きましょう!」
僕が答えると、にこにことしながら手を引くリティシア様。ガドルたちは僕にしか聞こえないように舌打ちをしてくるけど、そんなのは無視だ。何が出て来てもリティシア様は守れるようにしないと。
それから校舎の門まで行くと、そこには3人の知り合いが立っていた。1人がエルフ族の族長の息子でスロウ・ヴァーミリオンさん。もう1人がその妹で、ステファニー・ヴァーミリオンさん。最後に銀狼族のレイズ君だった。
スロウさんはエルフの中でもハイエルフという上位種でまあ、女性から物凄くモテる。しかも、誰に対しても優しいから……男性からもモテる。顔が中性なのがコンプレックスってこの前話してくれたなぁ。
スロウさんの妹でステファニーさんは、大人しめなエルフだ。スロウさんと同じでハイエルフで、図書室でよく本を読んでいるのを見かける。今回のについてくるなんて予想外だな。
最後のレイズ君は獣人で狼の獣人だ。よく父上の訓練に混ざっているのを見た事がある。
メンバーは僕、リティシア様、ガドルたちが3人、スロウさんにステファニーさん、それからレイズ君の8人だ。
「来ましたね、ガドル。自分から誘って置いて遅れるとは」
「悪いってスロウ。そこのグズのせいで遅れたんだよ」
ガドルはそう言って僕を指差してくる。僕やリティシア様が何か言う前にスロウさんが
「ガドル、好きな相手の前で格好をつけるのは良いのですが、相手を辱める言動は注意した方が良いですよ。特に、好きな相手が大切にしている方のは」
ガドルに言ってくれた。ガドルは顔を赤くしてスロウさんとリティシア様に僕を見ると、黙って歩いて行ってしまった。僕がスロウさんを見ると、スロウさんをパチっとウィンクしてくれた。助かった。
「むっ、スロウ、アベルは渡しませんわよ!」
「むぅ、それは残念ですね」
「ちょっ、な、何行っているんですかリティシア様! スロウさんも変な返しをしないで下さい! 誤解を生みます!」
2人ともなんて事を言うんですか! 僕が慌てていると、ガドルの呼ぶ声が聞こえてくる。森は街から30分ほど歩いたところにある。森の入り口付近ならあまり魔物も出ないし、街の門からも見えるため、許可を貰った。
ワクワクとした様子で歩くリティシア様。先頭はガドルたちに次に僕、その後ろにリティシア様とステファニーさん。それに続いてスロウさんに殿がレイズ君だ。
入り口付近だと魔物は出ないと思うけど、念のために隊列を組む。僕は護身用の短剣しか持ってないや。家に帰ったら剣があるんだけど。
ガドルたちの武器は斧で、他のみんなは素手だ。リティシア様もスロウさんもステファニーさんも魔法が使えるためだ。僕も使えるけど、3人ほどじゃない。レイズ君は元々素手での戦いがやり易いんだとか。
少しの不安とリティシア様と一緒にいると言う事への嬉しさが混ざり合いながらも森へと辿り着いた。この森で何をするんだろうか?
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