14話 鬼VS勇者
「……痛いなぁ。勇者の子どもであり、勇者と同じ聖槍を扱える僕にこんな事をするって事は死ぬ覚悟があるんだよね?」
辺りがざわめく中、城の中が一気に冷えたような感覚に陥る。吹き飛ばされ床に転がっていた勇者の子ども、ケインがいつの間にか神々しく輝く槍を握っていた。
「皆の者、この場から離れるのだ!」
魔王様の言葉に訪れていた人たちは慌てて城から出る。その中で兵士たちや父上は残っており、ケインが連れて来た兵士たちを牽制していた。
「おいお前、僕に手を出したって事はわかっているんだよな? そんなに死にたいのか?」
怒鳴り散らしながら槍を振るうケイン。ただ振っただけで床が割れる。俺の腕の中で不安そうに震えるリティシア様。
俺はリティシア様を落ち着かせるために背中をポンポンと叩く。ビクッと震えたリティシア様は俺を見上げてくるが、安心出来るように微笑む。それだけで震えが止まってくれた。
「俺がお前なんかにやられるわけないだろ? 20代で髪の薄いデブが。ごちゃごちゃ言っていないでかかって来いよ」
俺が啖呵を切った瞬間、俺の周りが光に包まれる。光の球が俺の周りにいくつも浮いていたのだ。そしてケインが「死ね」と言うのと同時に俺に降ってきた。
俺はリティシア様を押してケインの魔法の範囲から遠ざける。きゃっ、と可愛らしい声が聞こえた直ぐ後に、轟音が鳴り響く。
悲鳴のように俺の名前を呼ぶリティシア様。それに被せるように大声で笑い声をあげるケイン。そんな周りとは裏腹に、俺はかなり落ち着いていた。
理由は体の奥底から溢れる暖かい感覚のせいだ。扉を突き破りケインを敵と認識した瞬間、体に巡ったこの感覚。3年前のあの時と同じ感覚だけど、あの時以上に体を巡る。
それに合わせてリティシア様を守ると誓うと同時に、体の中を巡る暖かいものが増したのだ。そのおかげで、聖槍を出したケインを見ても落ち着いていられるのだ。
これがイスターシャの言っていた事だろう。『勇者に対してのみステータスが100倍になる』って。誰にも負けない全能感があるけど、これは勇者に対してのみ。慢心はいけない。普通だとガドルにも負けるかもしれないのに。
俺は腕を横に振り魔法によって起きた煙を振り払う。先ほどまで高笑いしていたケインはその顔のまま固まっていた。
さっきの魔法は強化したせいで体から漏れる魔力だけで防いでしまったのだ。特に自分から何かしたってわけじゃない。その事には気付いたわけでは無いだろうけど、ケインは真剣な表情で聖槍を構える。
俺も屋敷から持ってきた自分の剣を抜く。聖槍とただの剣では雲泥の差だけど、この剣を俺は無理矢理魔力で強化する。切る事は諦めて魔力で固めて、鈍器のように。
「疾っ!」
バンッと地面を蹴る音と共に目の前に現れるケイン。喉元目掛けて疲れる聖槍を横から叩く。普通なら俺の剣が耐えられないが、無理矢理魔力で強化した剣だ。今は聖槍にも負けない。
聖槍を叩き落とし、下から顎を打ち上げるように剣を振り上げる。ケインは体を逸らして剣を避けるが、でっぷりとした腹がガラ空きだ!
ケインの腹を蹴り飛ばすと、ケインは城の壁を突き破って外に出た。吹き飛んだケインを追いかけようとした時、その壁の向こうから放たれる光の槍。これを避ける事は出来るが、そうすれば城が崩れる。そうならないように、迫る光の槍を剣ではたき落とす。
一撃一撃人を容易に殺す威力を持つ槍を叩き落としていると、背筋がゾクっと冷える感覚。その感覚がその後に頭上に感じる気配。
「死ねぇ!」
そして頭上から槍を突き刺そうとケインが槍を突き放つ。俺は無理矢理体を捻り、剣を持たない方の左腕で頭上目掛けて迫る槍を逸らす。
槍の穂先が俺の左腕を切り裂くが槍を掴む事が出来た。槍が認めないと手が焼けて爛れるらしいのだが、何故か握る事が出来た。ーーこの時はラッキーぐらいにしか思っていなかったーー
握った槍を地面へと叩きつける。その槍を握っているケインも当然地面に叩きつけられ、潰れたような声が聞こえた。
そして、再度地面に倒れているケインを蹴り飛ばす。地面を何度も跳ねて城壁を突き破ったケイン。城の中はボロボロでかなりの威力で殴ったりしているのだけど、壁の向こうから現れたケインは、少し砂埃で汚れているくらいだった。
怪我も聖槍の効果で直ぐに治るようだ。ただ、痛みはあるようで俺を忌々しげに睨んでくる。
「くそ、お前は許さないぞ! お前だけは僕の手で殺してやる! 起きろ聖槍! 僕に力を寄越せ!」
ケインが叫ぶと、聖槍から神々しい光が溢れ出てケインを包んで行く。ケインの背から光の翼が生えて宙を飛ぶ。
「僕の本気でお前を殺してやる! 有り難く思えよ!」
ケインが纏う光から溢れるとてつもない威圧感。ケインの力っていうより、あの槍の力がとてつもないのだけど……まあ、俺も似たようなものか。俺もイスターシャたちの力のおかげで勇者と渡り合えるのだから。
ただ、このままだと厳しいな。俺も本気の本気で行かなければ。ただ、前のような不安はない。今の状態なら耐えられる確信があるからだ。
「鬼化」
俺は体の奥底に眠る力へと呼びかける。その瞬間一気に溢れる鬼の力が俺を包むが、前のように気を失う事は無かった。
前は気を失って気が付かなかったけど、頭の2本の角は伸びて、髪の毛が白くなっていた。父上は見た目が変わらないって言っていたのにな。まあいいか。
「行くぞ」
これが俺の本気の本気だ。
次で終わります。
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