冒険者の地味な日常
数々のダンジョンを制覇し、数々のボスを討伐し、数々の依頼をこなしてきた冒険者一団、SK。
主な構成員は五人。シーフなリーダー、舟長。魔法と回復は任せろ、魔法使い。みんなを庇うよ、剣士。即死攻撃が輝く、アサシン。物理アタッカーはおれだ、斧戦士。
主でない構成員の説明はまたでいいだろう。
そんな彼らの日常は、非常に地味である。
素材集めとレベル上げ。これに尽きる。
舟「素材ついでにレベル上げしにいくぞ」
魔「飽きた」
ア「また、ドラゴニア島?」
剣「慣れ親しんだ場所でいいじゃねーか」
斧「これは、ドラゴンキラーの斧です」
舟「気持ちは分かるけどな。おまえらだらけ過ぎ。第一、ここで怠けてるからあのボス倒せないんだろ」
スカイアドベンチャーは大きな壁にぶち当たっていた。
冒険の第一フィナーレを飾るラの付くボスに負けてしまったのだ。
とはいえ、不敗を名乗っている訳でもないので、また挑めばいいのだが……。
勝てる見込みが立ってから挑みたい。
そんな意志が透けて見えているので、二回戦目の道のりははまだ遠い。
魔「だるい」
舟「おま、向こうで切り上げるときもそう言ってんじゃねーか。疲れただの帰りたくないだの」
斧「魔法使いさんはインドア派というより不動派なんだよ」
剣「動かねーのが一番エネルギー食わねーからか?」
ア「ダンジョンに行くのが嫌なわけじゃないのね」
魔法使いさんは思う。
昨日の強敵が今日の弱者というパターンは非常に燃える。だが、ドラゴニア島の雑魚敵と来たら、未だ強敵枠を保っているのだ。
いつまで経っても盗みに成功しない舟長を待っていたら、うっかり死んでいたこともある。
魔「舟長がちゃんと盗んでくれるなら行く」
舟「それはおれの技量の問題ではなくてな」
限りなく行かないに近い返事をしておいて、魔法使いは立ち上がる。
諦めてくれたのだろうか?
魔「ふて寝したら行きます」
斧「ホントですか?」
ア「とりあえず、条件は緩和したよ」
剣「良かったな、舟長」
舟長は涙をのみながら、運転室に急いだ。
ドラゴニア島に向かって面舵いっぱーい。
ドラゴニア島は名前の通り、ドラゴンが多く生育している土地であり、魔法使いが言った通り、一筋縄ではいかない敵が多いダンジョンだ。
今回狙う素材はダマスカス。金属系の素材としてはかなり上位に位置するレアな素材だ。ついでに盗めるかどうか、ドロップするかどうかについても、かなりレア度が高いと言及しておこう。
装備品の錬成に使う頻度も高く、重要度もかなりある。
スカイアドベンチャーとしてはたくさん手に入れて、残れば売却して金を稼ぎたいところだ。
舟「金がない〜金がないんだよ〜」
ア「舟長の守銭奴が発動してる」
剣「また発作か」
魔「素材がないです素材が」
斧「知ってる」
剣「こっちもか」
より冒険しやすくするために、装備品やアクセを作るために。金と素材は十分に貯めておく必要がある。
そのことが分かっているだけに、こんな怨霊かお化けじみたパーティーメンバーを見ても、彼らは放っておくことしかできないのだ。
魔「いたぞ、第一ドラゴン、発見だ!」
舟「金寄越せ!」
ア「アイテム落ちろ!」
剣「結果は?」
斧「落ちたには落ちたけど、いらない。持ってるアイテムばっかでした」
こうも追い剥ぎとシナジーがありそうな冒険者というのも、そうはあるまい。
要らないって君ねぇ、それが欲しくて欲しくて、お金を出しちゃう冒険者もいるんですよ!?
ちょっと昔のSKとか、今のSKとか。
いやー、ちょっと安くて量があるとすぐ買っちゃうんですよねー。転売? なんのことやら。
魔「第二ドラゴン発見!」
舟「倒せー」
魔「まずおまえが盗め」
剣「ギスギスしてんな……オレのやること変わんねーけど」
斧「そろそろフィニッシュ行く?」
ア「盗めないなら盗めないで、ドロップに賭けるって手もあるよ!」
そのドロップも高レベル帯のここでは期待できなかったりするが、それでも一応アサシンは叫んだ。
魔「わしにクリティカル攻撃はやめんか、アホ!」
舟「あっ、倒した」
魔「死にかけなーう」
ア「ドロップも盗みもなしかぁ」
斧「道は遠いぜ」
敵からの物理攻撃をモロに受け、魔法使いが激昂する。その勢いでモンスターを倒してしまったが、魔法使いのHPはかなりギリギリ。危うかった。
死人は経験値が入らないので、レベル上げも平行して行うこのパーティーでは具合が悪いのだ。
魔「次ドラ行きまーす」
ア「レアドロップを外してドロップ率だけ上げとこう」
舟「(お祈り中)」
斧「さあこい、スライスしてやるぜ」
剣「防御準備オッケー」
魔法使いが次の犠牲者を連れてきた。
さっき魔法使いが死にそうになった反省を踏まえて、舟長には二ターンできっかり盗んでもらうことにした。
何があろうと二ターン目の最後には敵を倒す、いや、敵に倒れていてもらうのだ。
そのために魔法使いと斧戦士は本気を出す。
魔「一ターン目、トランス」
ア「マジカルバリア」
舟「全体盗み」
剣「防御」
斧「剛力」
一ターン目はステータスアップに勤しむ。
トランスは知力を、つまり魔法攻撃力をアップさせる魔法で、マジカルバリアは魔法に強くなる防御スキル。剛力は攻撃力をアップする特技だ。
舟長は必死に盗み、剣士には防御をお願いする。
魔「エナジーブラスト」
ア「アサシンエッジ」
舟「全体盗み」
剣「防御」
斧「一閃」
二ターン目。
魔法使いと斧戦士は全体攻撃をしかけ、アサシンは即死攻撃を一列にかけていく。
舟長には盗みに専念してもらい、剣士は再び防御で待つ。
舟長の盗みは、だいたい成功しない。特に、この全体盗みの時は。それでもこれを使うのは、敵が六体もいるせいである。
魔「舟長、感覚はどうだった?」
舟「なんか盗んだぞ!」
斧「結果を見てみましょう」
ア「あっ、あったよ!」
魔「燦然と輝くダマスカスの文字が!」
輝いてみえるだけです。
剣「しかし、こう、効率悪いよな、六体の敵に対して一体しか目的のモンスターがいないなんて」
斧「ダマスカス落とすのこの敵だけだっけ?」
魔「いいえ、違います!」
ア「どしたの、急に力強く否定して」
魔「実は、もうワンランク上の敵も落とすんだけど、行く?」
舟「何体出るんだ?」
魔「一体」
六体のうち一体から一体では何も変わりがないと思いがちだが、それは違う。
ワンランク上の敵ということは、ドロップや盗みもワンランク上のものになるが、まず強さがワンランク上がるからだ。
現在の階層で四苦八苦しているような我々が、ワンランク上の敵一体と互角に戦えるかと言ったら、実際に確かめてみるしかないのだが、まあ、そういうことである。
要は、戦いつつ盗んでいるような隙があるような敵かどうか。という問題なのだ。
舟「行くか」
魔「およ、舟長やる気?」
舟「全体盗みが当たらないなら」
魔「普通の単体盗みをしかければいいじゃない。という訳ね!?」
舟「おい、セリフ盗るな」
なるほど、盗みのエキスパートたる舟長だけど、盗まれるのは防ぎようがないと。
その道に優れた名人が、その道の阻み方にも長けている訳ではない。
SKでは割りと常識の……ハート、財布、うっ頭が。
舟「ハート……?知らない単語だな」
魔「財布、何のことだ?」
剣「すっとぼけて……こいつらは」
ア「この人たちの話が分からない人は、『異世界で盗むってどうやってる訳?』の第二話あたりを参照だ!」
斧「ダイマ」
説明を放棄してごめんなさい。
魔「では、ワンランク上のドラゴンをしばきにいこうか、ワンランク上の」
舟「なんで繰り返したし。まあ、いいか」
ア「即死も通るから、用なしになった敵はじゃんじゃんボクに回してね」
剣「そろそろオレの出番か?」
斧「いいえ、ずっとおれの出番です。ベルセルクアタックが唸るぜ」
この階のお宝は全部開封済みなので、ただ通り抜けて。一つ階層を上がるだけで敵の層もがらりと変わる。
強くなった緊張感、しかしスカイアドベンチャーの雰囲気はいつも通りである。
何故ならここは、お宝を集めるために何度も通った道であり、たぶん今後もお世話になり続ける場所であるからだ。
魔「まだまだ強いドラゴンいるしね」
斧「この上のドラゴンは、盗むなんて舐めたこと許してくれないから困る」
ア「ドロップは美味しいんだけどなー」
剣「またアメジスト集めのお世話になるんだろうけど」
舟「服にアメジスト六個使うとか……。絶対色を着けるためだけだろ、粉砕してもっと少なく使えよ!」
魔「アメジスト、今んとこ、ここでしか手に入らないからなー」
しかし、装備品にアメジストを使うのもこのシリーズだけなので、我慢して集めよう。
たとえ、アメジストを落とすドラゴンが一種類しか居なくても。たとえ、そのドラゴンがなかなか出現しなくても。たとえ、ドロップも盗みもうまくいかなくて何も手に入らないとしても、我慢して集めよう。
魔「第一ドラゴン遭遇、各員衝撃に備えよ!」
舟「今回、あいつどういうノリなの?」
斧「さあ?ちょっと軍隊っぽいきっちりした感じ?」
魔「戦艦っぽい感じと言いたまえ!」
舟「あーね、そーゆー感じなのね」
ア「すっごく適当感溢れてる!」
剣「はいはい、全員戦闘準備オッケーか、行くぞ」
先程とは違うシルエットのドラゴンが現れる。が、それはダマスカスを落とさない別の属性のドラゴン。
アサシンが手早く即死で片付ける。
次のドラゴンは白かった。ダマスカスは落とさないが、ハイメタという、これまた希少な金属素材を落とす敵である。
スカイアドベンチャーは盛り上がった。
ア「落とせー」
舟「盗めー!」
魔「殺せー!」
斧「あいよ」
剣「うーん、残念」
現実はそう甘くない。
盗んだものもドロップしたものも、よく見る宝石系素材。太陽の石、だ。
しかし、舟長たちは諦めない。すぐに次のドラゴンに立ち向かっていく。
ア「死ぬギリギリまで弱めたよ!」
魔「舟長、頑張れ!」
舟「すまん、盗めん!」
剣「熱い戦いだな」
斧「そうか?おれは暇だよ」
魔「我々のHPがやばい!回復するよ」
剣「回復する魔法使いを庇うよ」
ア「どうしよう、舟長。諦める?」
舟「ちっ、仕方ない。倒していいぞ!」
斧「ラジャー。ベルセルクアタックでゴー」
斧戦士の武器が妖しく光り、ドラゴンに飛んでいく。クリティカル発生。一撃で敵を倒した。
魔法使いは早くもリザルト画面を覗いている。
頭をかく魔法使い。その表情が一変して、みんなを呼び集める。
魔「すごいよ、見て!」
舟「どうしたって、どうしたこれ!?」
ア「……見えない」
剣「二人ともどけよなー」
魔「あっ」
舟「おま、いや、待てよ。みんなこれを見るんだ」
斧「命のしずく?」
うっかりリザルト画面を飛ばしてしまった魔法使いに代わって、舟長がアイテム袋から何かを取り出す。
独特の形をした瓶に入った液体。見慣れたものだが、懸念があった。
剣「今回、バッグに入れてたっけ?」
命のしずくとは、これ一つあれば、パーティーメンバーの一人が転生、というシステムを利用できるようになるアイテムだ。
転生は、50レベル以上を消費して、ある程度強いレベル1に戻るという仕様だ。際限なく強くなったり、レベル27なのに強敵をボコボコにできたり、かなり楽しいぞ。
魔「ううん、入れてない」
ア「じゃあもしかして、ドロップで落ちたの!?」
斧「そのまさかだ」
剣「おまえは見てなくないか?」
舟「すげぇな、こいつをもっと狩ろう!」
と、いう訳で。
やる気になった舟長と魔法使いはその階層を駆け回る。
ある時はがっかりし、ある時は喜び勇む。
いつも見られる状況だったが、少し違うところもあった。
そうこうしている間にレベルが一つ上がったのだ。50レベル転生まであと8つ。
久しぶりにスカイアドベンチャーは良い雰囲気に包まれた。ギスギスしてないっていいね。