十四、夢でも
あれから僕は、二年間生きた。瑞穂の死は僕の中に大きな洞として残ったが、後を追って死のうとは思わなかった。きっと、瑞穂は僕がそんなことをしたら、向こうの世界でひどく哀しむだろうから。
病気はゆっくりと進行し、僕と母さんにたくさんの時間をくれた。その限られた時間の中、僕は自分が生きたいように、生きてきた。
でも、いくら病気がゆっくりと進行したとはいえ体力は確実に落ちていき、高校卒業と共に病院に入院した。
瑞穂のことは、大きな事件として取り上げられ、僕の高校は大変だった。でも、そのことをあまり僕は知らない。瑞穂なら、そんなのどうでもいい。そう言いそうだったからさ。
僕はバスケ部をあの後すぐに退部し、その後は家で本を読んだり、写真を撮ったりなどして自分の趣味に精を出した。龍人には、瑞穂のことを話した。病気のことも学校の中で彼にだけ、話していた。
「どうして、黙ってたんだよ」
龍人は信じられないという顔で僕をにらんだ。ぼそぼそと謝ると、涙にぬれた瞳で、
「何かできることがあれば、何でも言えよ」
そういってくれた。高校時代、僕は一度だけ無理を言って、バスケ部に一日だけ戻り、龍人と一緒にバスケをした。力の差はもちろんあったが、龍人は本気で僕とバスケをしてくれた。
彼は、最期まで僕の親友だった。
そういえば、瑞穂は僕の病気のことを知っていたのだろうか。絶対知らないと思うけど、何となく感づいていたかもしれない。もう、確かめようもないけれど。
多分、僕がここまで生きることに前向きになれたのは、瑞穂や母さん、龍人のおかげだと思う。三人には感謝しているし、もしもう一度会えたなら、ちゃんとお礼を言いたい。
母さんは、あの後も変わらず僕のことを手伝って支えてくれた。恥ずかしくて言えないけど、僕は母さんが大好きだった。
死ぬのか、もう。
病院のベッドの上、僕はぼんやりとそう思った。冷たい、冬の夜だった。
窓の外には星が瞬き、月も出ていた。季節は違うけれど、いつかの空を思い出させた。
「母さん、月、綺麗だね」
僕はそう言って月を指差すと、手首のブレスレットが月の光に反射し、鈍く輝いた。
「そうね、綺麗ね」
僕の手を優しく握り、たたいてくれる。その溢れる愛情に、僕は涙をこらえて言った。
「母さん、ありがとね」
いいのよ、母さん、あなたがいるだけで、幸せ。そう囁く声は、ずっと遠くから聞こえてくるような気がした。
「母さん、僕、生きていてよかった」
母さんの腕が、僕を包む。懐かしい香りが胸いっぱいに広がったとき、ガラスの中の僕と、目があった。
僕は、月明かりに照らされ、緩やかな微笑みを湛えて、揺れていた。
空、綺麗だ。君にも見せてやりたいよ。
ああ。でも、もう、そろそろだ。
「爽太、爽太!」
母さんが叫ぶ声が、微かに聞こえてくる。
ごめん、もうねむいや。
辺りが急に騒がしくなった。でも、それを起き上がって確認することは、もうできない。
その騒がしさが大きな音の流れとなった。
よく生きたな、僕。つらいことも、哀しいことも、よく乗り越えたよな。
そう思ううちに、気持ち良さが体中に広がった。
ああ、もうそろそろ。
目を閉じて、体の力を抜こうとした、そのとき。僕は誰かに頭を思いっきり叩かれたような奇妙な衝撃を受けた。
今までの人生が、めまぐるしく僕の中を流れていく。父さんの顔、母さんの顔、龍人の顔。そして、瑞穂の顔が浮かんでは消えていく。
走馬灯のように今までの人生が蘇るとは、本当らしい。繋ぎ留めておきたい一瞬が、ものすごい速さで通り抜けていく。身体が時の流れに飲み込まれ、流されていく。たくさんの色が、僕の中に流れていく。
もし、叶うのなら。
僕は、七月九日のあの昼休みに行きたい。
たとえそれが、こことは違う世界の君だとしても。夢の中の君だとしても。過去に戻れないとしても。どうか、生きてほしい。
彼女が、瑞穂が生きる未来を、たとえ僕じゃなくて、別の世界の僕でも、僕じゃない、別の誰かだとしても、見届けたい。
時も、生きる世さえも超える思いが、ここにあるのだから。




