ほぼ五十音短歌~幻想世界、時々現実~
あ行~ある青年~
荒波の飛沫が岩にすがりつき「甘えさせろ」と叫び消えゆく
色香るあなたが口づけるならば冷たい白磁も頬を染める
「生まれてきてごめんなさい」と言うけれどあなたは誰に謝ってるの
描かれた淫らな姿見つめあうおれの皮剥がし媚薬をすり込む
犯されし我が身を起こし口拭うお前に俺の何が犯せる
か行~極彩色と夜~
書けたなら歌手の歌声楽の音に託して私は海に沈もう
着飾れば着飾るほどに増す空しさ今宵も警戒色が歩く
苦しいとあなたの中の子が叫ぶあなたはそれでも踊り続ける
芸がないそんな僕でもここでなら愛であなたのお役に立てる
この我を漆と金で継げたなら月の光も染み込むまいに
さ行~情~
ささやかな幸せ噛みしめ手を重ね絡めあう指おそろいの指輪
人生の泥から生じる蓮の花やっと目にした光に涙し
「好き」という想いに塗りたくられるこのピンクのペンキが嗚呼忌まわしい
責め苦さえ貴方からなら欲しくなる我に見向きも触れもしないから
剃り落とし房飾りにした黒髪をあなたの形見の扇に結ぶ
た行~茶~
たおやかな天女が舞うよう身を開き翡翠の吐息で湯を染め上げる
血が通う白磁のようにあたたかなその手だけが私を香らせる
つやつやと黒光りするさま麗しくあなたの髪を切り淹れてみたい
天空にもっとも近い茶畑で霧をまとう君夢まぼろしか
時を経てなおも艶めく忘れ形見薫るは閉じ込められた思い出
な行~忍耐~
何しても変わらぬ表情うらめしく私ばかりが裸で泣いてる
「似ている」と言われ続けて応えてきた私は私として生きたかった
脱ぎ捨てた化粧も衣装ももう要らぬおれはもう二度と舞台に上がらぬ
「ねえ、兄さん」呼ばれて振り返ってみてもお前は絵の中から出てこない
飲み干した媚薬は君の絞り汁精悍な顔が苦痛に歪む
は行~ふと思い出すは子供時代~
破瓜の血の描く花びらそっと撫で「こんなものか」と張り形を放る
冷や飯をひとりかきこむ夕暮れに小さな友がひょいと顔を出し
藤棚の木漏れ日浴びて見上げればキラキラと笑うアメジストの滝
「ヘンだって? アタシに言わせりゃフツーだよ」ねえさんはきっと蓮の花だね
掘り当てた過去を蹂躙するなかれ心のかさぶたを剥がすなかれ
ま行~喪に服す~
枕元小さなカエルのぬいぐるみ「無事帰る」とはならなかったね
満ち足りた水面に映る君の顔それは飛び込む前の表情
難しいひとだと他人は離れてくどうすればいいか僕も知らない
目に染みる線香の煙仏壇のきらびやかさおじいちゃんの笑顔
もふもふと肉饅頭に抱かれるようそのぬくもりに涙を隠し
や行~夜想曲~
やわらかな乳房にそっと舌這わせまさぐれば花はしとどに濡れて
夢ならば溺れてしまえ覚めるまでどうかあなたは私だけを見て
夜が来るあなたは香る月さえも我らの世界を照らせはしない
ら行~来光~
来迎の紫雲の色ふとあのひとの黄昏色の歌声を想う
「『理解』など出来なくていいお願いだこのことだけは秘密にしてくれ」
瑠璃色の海に真白き骨が散る水底の森にダイヤの雪降る
憐憫の情よりもあの兄さんは「すぐ行くから首洗って待ってろ」
蝋燭に火を灯し手のひら合わせどうかあなたはありのままでいて
わ行~悪くないよね、生きるのも~
わめいても泣き叫んでも伝わらぬ詩を書け絵を描け物語を書け
をい、と声掛ければうずくまるチビが顔上げ真っ赤になった目を向ける
「んなこたねえ」酒やけ声でまくし立て「お前に取り柄が無いわけねえだろ」
画像撮影場所:伊豆高原 まぼろし博覧会「悪酔い横丁」エリア内「陽気にパラダイス」