身代わりの覚悟
そこは、とても長閑で小さな集落だった
「リヴィエル!!」
「あ、リーザ、おはよう」
「おはよー!」
小さな集落で、子供同士が仲良くなることなんて他愛のないこと
とても自然なことだった
けど、私は人と馴染めなかった
人見知り、ということが大きかったのかもしれない
だから、病気の療養でやってきたリヴィエルを気にしているうちに、仲良くなったのだ
いつも一人ぼっちでいる、リヴィエル
他の誰とも違う白い髪に、赤い瞳
現実離れしたその姿に、私は目を離せなかった
要するに見惚れていた
「…そんな所にいるなら、一緒にお話ししない?」
「!うんっ」
それが、初めてリヴィエルと交わした会話だった
私は初めての友達に、ずっとくっついて回った
リヴィエルは、いつも私を優しく撫でてくれた
大好きな友達
「リーザ、また怪我してる」
「え、あ、転んだからかなぁ…」
「リーザはドジだなぁ」
そう言って笑ってくれるリヴィエル
優しくしてくれる
私は、彼に惹かれた
何よりも大切で何よりも大好きな友達
…でも、そんな友達にも、私の名前は教えてあげられなかった
「リーザ、これは母様との約束よ?
貴方の名は誰にも教えてはいけない
この人だけ、この人だけの為に、その身を投げ打っても構わないと、そう思った人にしか教えてはいけないわ
いいわね?リーザ
母様との約束」
「はい、母様」
「私の可愛いリーザ
ごめんなさい、こんな力を受け継がせてしまって、ごめんなさい
リーザ、ごめんなさい
置いて逝くことを許して
ごめんなさい
愛しているわ
誰よりも、ずっとずっと愛しているわ」
母様は、その次の日に息を引き取った
私がまだ、8つの時だった
依頼によるもの、としか私は知らない
母様、私の母様
『リーゼロッテ』と呼ぶ人は、もういない
魔女が魔女の名を知ることは、その魔女の力を知ること
そのことを知ったのは、リヴィエルと一緒に本を読んでいた時だった
母様は、私の力を隠したかった
母様から受け継いだ、この力を
何故か、なんて明白だ
利用させないため、だ
他の誰にも、私の意志関係なく利用されてしまわないように
そして、気がついてしまった
「…リーザ?」
「なんでも、ない」
母様を死なせたのは、この力を利用した人間なのだという事実を、理解してしまった
その日から私は、リヴィエル以外の人を信用出来なくなった
「リーザ、こっち」
「?どうしたのリヴィエル」
手招きされて近づくと、リヴィエルは魔法を見せてくれた
水でできた蝶々は、ふわりふわりと飛び回り、とても綺麗だった
リヴィエルは魔法使いだった
男である故に魔女にはなれない魔法使い
迫害の、対象
「ねぇ、リーザ
俺は幸せだよ
こうして生きていて、リーザがいる
それだけで、幸せなんだ」
そう言って優しく笑ったリヴィエル
その時から私の中でリヴィエルは、守るべき者になった
私がリヴィエルを守るんだ
誰にだって傷つけさせない
私のリヴィエル
大切で優しいあったかいひと
貴方は私が守る
「……ッ…!!」
「リヴィエル!?どうしたの、リヴィエル!だいじょうぶ!?リヴィエル!!」
時々起こる発作
魔力の暴走
私にはなす術なんてなかった
苦しそうにするリヴィエルに何にもしてあげられない
その事が悔しくて、悲しかった
ある日、リヴィエルは私の髪を撫でながら呟くように言った
「…リーザ、お願い
俺を」
たすけて、そう言われるものだと思っていた
それ以外の言葉なんて、ないと思っていた
のに
「––––––殺して」
「…え……?」
「殺して、リーザ
俺が俺でなくなる前に」
「リヴィ、エル?なに、言って」
「お願いだよ、俺のリーザ
俺を殺して」
訳がわからなかった
何故私に殺してほしいと頼むのか、それだけしか方法がないのだというように縋るリヴィエルが、わからなかった
苦しみから救ってほしいと、そういう事かと、思ったのに、違った
「俺の破壊の力は、俺をも壊す
意志もなく、何も思わず只々壊すだけのモノになりたくない
お願いだよ、リーザ
俺が俺であるままで、死なせて」
リヴィエルは、力が強すぎた
魔法使いであるには、強すぎたのだ
リヴィエルの力は、周囲から集め、際限なく溜まっていく
まるで、底のない樽のように、ずっと
けれど、底はあった
ない訳がない
溜まりすぎた力は溢れて、更なる器を目指した
空っぽな器を求めた
無意識に、その力をためるために『自分』を空っぽにしてまで
自分が空っぽになってしまったら、残るのは力だけ
リヴィエルの力は、破壊
力は使う為にある
だから、破壊を繰り返すだろう
そんなの、想像したくなかった
けど、魔女である私には、容易に想像できた
だって、そうして暴走して処分される魔女は沢山いたのだから
姉様だって、そうだ
姉様は、暴走して、姉様の親友に殺されたのだから
「や、だ…やだよ、リヴィエル
死んじゃやだ
独りにしないで
置いていかないで」
母様や姉様のように、私を残して逝かないで
震えは止まらない
リヴィエルの力が暴走するのがわかる
私がリヴィエルを殺さなければ、リヴィエルは自身の力に殺されるだろう
飲まれて喰われて、自我なんてなくなって
だから、私は選ばなかった
「リヴィエル、名前を呼んで
私の名前はリーゼロッテ
身代わりの魔女よ」
私の名前
魔女の銘
教えてあげる
貴方は私の唯一だから
「『身代わりの魔女』…?」
契約は成された
私は貴方の身代わりになろう
これはただの時間稼ぎなのかもしれない
けど、それでも生きて欲しかった
微笑んで、リヴィエルと額を合わせる
ごめんね
終わらせてあげられなくて、ごめんね
「リヴィエル…大好き」
その日から、私は“破壊の魔女”になった