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週刊馬券予想小説

エリザベス女王杯の夕刻、WhiskyBar-Viciousは、WINSが近いのと、午後五時からという極めて早い開店から顔馴染みの馬券好きが集まっている。

単勝は外したものの三着スイープトウショウの複勝と勝馬とのワイド馬券をたんまり買ってホクつく水道屋の晴彦。

前日に京都HJの馬単、馬連の大張り一点買いで大儲け、その日はアサヒライジングからの馬券をささやかに買って外しちまった障害戦プロの老紳士「ジャンパパ」。

北二十四条の若き雇われバーマスターで航介の馬券道の弟子ヒロ坊と、その店に雇われていて十二月から航介のバーに移ってくる「チビ烈」こと凛果。

秋華賞の逃走劇に魅入られ、凛果はダイワスカーレットの単勝で勝負、ヒロ坊も馬単二点で馬券を仕上げている。


競馬の当日になって、航介の本命馬ウォッカが出走取り消し。

「だったら順調な調教とルメール乗り替わりで勝負気配ゴリゴリのフサイチパンドラ!」

出勤前にWINSで単複馬券を購入し観戦した航介。

「ルメールっ、差せっ!差せっ!差せっ!」

二着に敗れはしたものの4コーナー前で位置どりを上げ常勝ペースで逃げるダイワを負かしにいったルメールの騎乗ぶりに感嘆した航介。

「さすがルメール。いつだって納得させてくれる」

二着で複勝2.1倍が的中、6万円儲かったのだから勝ち馬の単複馬券を買っていたよりも儲かったことになる。


馬券好きの面々が取った馬券の自慢話とダイワスカーレットの強さを語り、酒を酌み交わす。

チビ烈なんざ腕組みをして知ったような顔をしてフムついてやがる。

馬券が堅く収まれば、毎週が祝勝会で店の売り上げも安定するのだが。



オープン以来1日も休むことなく、午後四時に出勤して朝まで営業。

始発の地下鉄で家路につく毎日。

これまでの放蕩暮らしと加齢による体力の低下から疲労困憊。

同棲を初めて半年になる恋人、藤子が

「ちょっと頑張りすぎなんじゃない?眼が窪んでいるし、眼の下のクマがちょっと怖いよ」

航介のブランチ。

コーヒーにしか手を着けないのを藤子に叱られネズミのようにチーズをカリつく。

歯ブラシに洗顔フォームをつけるわ、便座を下げずに用を足そうと座り驚いて奇声を発するはテンパっちゃった?

さすがの藤子も見るに見かねて、火曜日を休日とすることを同意させた。


マイルCSの前日、美術商を営む60絡みの老紳士「ジャンパパ」がチャーリー・パーカーを鳴らした時にやってきた。

「この店に来ると気分が若返るよ。仕事絡みで低調な気分なのに、BE-BOPを聴かされるんだもの。フリージャズって気分だったんだが」

「フリーはバーで聴かせられないよ。明け方ならアリだけど。独りポツネンと聴けば疲れを忘れる。まだ行けるゼッて気になるんです」

「うははっ。わかる、わかる」



中年のカップルが2組に、若い女性の二人組。

ちょっとして晴彦が若妻瞳ちゃんを連れて登場、ガオッた航介を心配して藤子もやってきたところで満席。


客にモルトやチーズを説明したり、ジャズやロックを語り合ったり、尊敬する人物を論じたりしている。

航介は「シャア・アズナブル」と答えていた。


ずっと動きっぱなし。

雇われバーテンダーの頃とは大違いで、お客様におもてなしの精神を均等に注ぎ、見たことのない温かい表情で応える。

「こりゃ疲れるはずだわ」

藤子が航介の許可なくカウンターに入り、洗い物を手伝い始めた。



「お客さんがいなくなったら連絡ちょーだい」

来るたびにロックアルバムを1枚聴いて帰る麻奈美。

階上のクラブのホステスで年の頃は30前後ってとこか。

午前二時ちょっと前。


今夜のアルバムは

NIRVANA「IN UTERO」

バンドのメインマンだったカート・コバーンは自らの頭を吹っ飛ばした。



麻奈美のカクテルの注文にシェイカーを振り、自分の「グレンモーレンジ」を注ぎ、アテのチーズを手早く用意する。

「前から思っていたんだけど、顔に似合わずシェイクがソフトだよね。それにモルトを注ぐ時の口元がチャーミング」

航介が舌打ちをかまし、そそくさとCDをかけ、競馬新聞に目を落とす。


日曜日のレース、晴彦は秋の天皇賞で不利を被りながらも伸びてきて三着にくい込んだ、福永の?カンパニーの単複馬券を。

ジャンパパは実績断然、安藤勝巳の?ダイワメジャーからの馬連と言っていた。

馬券道の弟子ヒロ坊にメールすると、やはり天皇賞の二着馬、藤田の?アグネスアークの単複を。

ちなみにチビ烈は?ピンクカメオの単勝なんだと。



「いいけど、歪ませ過ぎな感じ。メロディアスなのに風変わりを意識したみたいな。迷っているのかな。この前みたいな驚きはないなぁ」

「ほぅ、案外と的を射ているな。若いコは、こういう方が聞きやすくて好きなのかなと思ってな」

「やめてよ。勝手に決めつけないで。マスターのお気に入りだけ聴かせてよ」

アルバムを聞き終えて、もう一枚を用意し、ボリュームを少し上げた。

John・Coltrane「Live_In_Japan」

4枚組の3枚目。

流麗な旋律が次第に崩れていく。

コルトレーンの混沌とした魂の鎮静と秩序化を具現する試みとしてだけの演奏。

バンドがその昇華を手助けする。

誰も到達しえない場所へ、どんどん昇っていく。

到達点には何があるのだろう。

新たなカオス?


麻奈美が顔を紅潮させている。



やはり天皇賞組だ。

それ以外の馬が勝つということは、メイショウサムソンやアドマイヤムーン並みの素質や実力を持ち合わせていることになる。

或いは、よほど天皇賞組が不調でなければならない。

愛馬?ダイワメジャーは、完全に見切った。

?カンパニーはG?を勝つ格にない。

?アグネスアークが最も有力だろう。未だ成長途上で伸びしろがある。

腕っこきの藤田伸二に乗り替わるのも魅力的だ。


改めてコルトレーンの音に集中したとき、スローペースを中団で運び、直線手前、馬なりで抜け出してきて圧勝の絵がクッキリと脳裏に描かれた。



バンドの演奏が完全にフリーに陥った時、麻奈美は言葉を選んで音の感想を述べることの無意味さを知り、顔を赤らめた。

そのことさえも無意味だと感じたとき、自己嫌悪に陥り、思考を停止させると、体が勝手に揺らいでいた。


麻奈美がポツリと何かを言った気がした。


「濡れている」


航介には、そう聞こえた。




●マイルチャンピオンシップ(G?)

京都競馬場 芝1600m



◎?アグネスアーク(藤田伸二)


単勝2万円

複勝5万円

馬単?→?????

各1千円




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