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お約束な二人の秘密

作者: 七尾里緒

フリーワンライ参加作品です

使用お題「真夜中の秘密」

久々に小説を書いたので、あたた書くお読みいただければ幸いです

よく二人で約束をした。

誰にも見られないように、隣り合わせの彼の家の屋上によじ登って暗闇に落ちる世界を眺めて。もちろん親にばれたら雷が飛んでくるだろうし、あまり過ぎると翌日の授業で寝てしまうからほどほどに。それでも星空の下で、二人でくすくすと笑い合い、言葉を交わした夜はどんな星よりも眩いものだった。真夜中の秘め事は積み重なり、それだけ二人の関係も膨らんでいく。同じ学校に通いながら昼間は視線すら交錯しないのに、まるで仕事をさぼる織姫と彦星みたいに時間を積み重ねていった。


そんな日々がずっと続くだなんて、なんて私は幼いのだろう。




 彼は持てる人だった。文武両道、才色兼備、微笑みは誰をも虜にし、口を開けばあらゆる人を惹きつける。そんなすごい人が、信じられないが私の幼馴染なのだ。昔は女の子とからかわれていた中性的な面影を今や立派に使いこなし、女子もうらやむ黒髪をなびかせて歩く姿はもはや芸能人だ。そうに違いない。かたや私はといえば、のっぺりと伸ばした黒髪が胸元まで届く姿と他人からはなかなか理解の得られない笑いのツボからから、笑う貞子という大変不名誉なあだ名を頂いている。何をやっても中の中、友達はそこそこにいるが別段彼ほどのカリスマ性もなく、つつましやかに暮らしている。所謂庶民、一般人だ。無関係な人は彼と私に接点があるとは俄かには信じがたいだろう。そして私たちはその関係を公にしていない。まあ学校でわざわざはなさなくてもなーというのが私の本音である。だって彼は生徒会長までやっちゃうような人なのだ。いや中学の頃もやっていたから想像はついていたけれども。二年生の候補者を押しのけて、ほぼ満場一致で彼が選挙に勝ったときは、誇らしさなどよりも驚きと呆れが先行したものだ。

 さて、ここまで聞けば私と彼の関係が疎遠なものに思えてしまうかもしれない。しかしその心配は無用である。私たちは別段学校で話さないだけで仲を違っているわけではない。これは二人だけの秘密なのだが――

「お待たせ」

「うん、待ってたよ」

「…そこは俺も今来たとことか言うもんじゃないの」

「お前相手に格好つけてもな」

 密会、というべきなのだろうか。私たちはほぼ毎晩、彼の家の屋上に来ている。彼は自分の家の中からそっと行くのだが、私は違う。なんと窓からそのままぴょんっと飛び移るのだ。危ないことこの上ないし、そもそも高校生の男女が夜な夜な会っているなどいかがわしい響きしかしない。ばれたら互いにまずいことになるのは二人とも承知で、それでも尚、やめられないのだ。

「今日はどうだった?」

 街灯が瞬き、どこかから犬の鳴く声がする。見える限りに動いているものはなく、自分たちしか世界にはいないような不思議な錯覚にとらわれる。もう二人とも手慣れたもので、ちょっとした防寒具と寝ころべるようなレジャーシートを手早く広げて横になる。なんのためってそりゃ、上を見るためだ。すなわち星空。一応名目としては天体観測で出ているのだから、こうしておけば取りあえず言い訳は立つ。そして二人とも、少なくともこれが嫌いではなかった。星空の下で、ぽつりぽつりと言葉を交わすことが。話す内容は思いっきりくだらないことがほとんどで、ごくごくたまに真面目な話もする。眠かったり、それどころじゃないときだってあるが、なぜかこれを欠かそうと思ったことはない。

 しかし、だ。私は今日、少しだけ屋上に向かうことに気が重かった。笑って聞けばいいことなのに、と何度も自分を説き伏せようとしてやめた。原因は明白で他愛もない。ぼんやりしていたら、いつもよりジャンプが足りなかったのか少しだけ足を引っ掛けて痛めてしまった。

「おい、大丈夫か?」

「んーなに?」

 いつも通り横になって少し黙っていると彼がこちらを覗き込んでいる。ああ、これは失敗した、と思っていると勢いよく彼にひっぱりあげられ、体を起こす。向かい合いように体を合わせられる。そのときに痛めた足を変な方向に曲げてしまい、痛みで顔が歪んだ、気がした。

「今日、いつもとなんか違うな」

「……気のせいじゃない?」

「ぼーっとして足痛めてんのに?」

 気づいてたのかよ、なんて突っ込みは胸のうちにしまったまま、なるべく平静を装って答えた。しかし彼はそんなことでごまかされたりしない。両腕を痛いくらいに握られて、私の苦手な美人オーラで凄まれると、十分も持たなかった。

「…聞いたんだ」

「なにを?」

「あんたに彼女ができたって」

 一瞬の静寂。そして彼は唐突に笑い出した。それはもう、美人が台無しになるぐらいに思いっきり。

「まさっか…ヒィ、おま、それでそんだけくよくよしてたっての?」

「…悪い?」

 まじか、と呟きながら彼が目尻の涙をぬぐう。「やべ、笑い止まんない」なんて失礼なことをのたまって、私の方を向き直った。なるべく真面目な顔を作ろうとして。一連の意味の分からない彼の挙動に、私は戸惑いを超え怒りを飲み込み、呆れていた。

「なに…?」

「いやー、お前ほんまやばい。俺久々にこんなに笑ったわ」

「それはひどいと思うんだけど。で、どうなの?」

「どうって何が?」

 ここまで来たらと思い切って尋ねてみれば、彼がきょとんした顔でこちらを見つめてきた。

「彼女。いるの?」

「へ」

 そのまま3秒フリーズ。そして大きく、それはもう雲を吐き出したかと思うぐらいに大きく溜息を吐いた。

「俺さ、ほとんど毎晩お前といるだろ?」

「そだね」

「彼女がいる男のしていいことだと思う?」

「……あ」

「今更気づいたのかよ」

 てか俺そんなに甲斐性ないやつに見えるかね、なんてぼやきながら彼は再び横になる。

「あー何事かと思えばそんなことだったのか」

「そんなことって、これでも悩んだんだけど」

「そっかそっか…これは脈ありかな」

「何? まだ文句ある?」

「なんもないよ」

 ありふれた、ふたりにとってはやり慣れた応酬を続ける。彼の隣に自分も体を横たえながら、ふと考えた。彼ほどの人が選ぶ人はどんな人なのだろう。やはり可愛い、頭のいいふわふわとした女の子だろうか。

「あ、でも」

 と私の中で彼に似合う理想の女の子像を思い描いたところに彼が思いきり横槍を入れてきた。

「俺、好きな奴いるわ」

「…………………………へ」

 落とされた爆弾はさり気なく私の胸に大きなダメージを与えて。思わず曝した間抜け顔を彼に思いっきり笑われて。そんないつも通りの真夜中に、刺さった棘の存在を私は見ないふりをした。



『二人の想いは違うベクトルへ』



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