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ベスミア

当面の目的はこの大陸の中心、通称「天都(セレスチャル)」に向かう事であった。

そこは、花の天都と呼ばれる大陸一華々しい場所とされ、天王と呼ばれる者が治める小さな国であるが、昔は大陸全土を統治する大国として君臨していた。

だが、それは随分と昔のことである。歴史書に登場する神話に出てくるほど、昔の話なのだ。

この天王と呼ばれる者も、伝説では4000年以上続く家系とのことで、天の神々が下天を治めるために遣わされた天使の末裔だとかなんとか。今でのその威光は残っており、アルマースは天王に、デオドランドとの和平の仲介を何度も頼んだことがあった。

ソニアは、この伝説に興味はあったが信じてはいなかった。

ゼハールの方は、伝説などを自分なりに解釈して本に綴るほどには興味があった。


なぜこの天都に向かおうとするのか、確然たる用も理由もなかったが、ソニアが一度は行ってみたいと申したからである。

ソニアは、言わば箱入り娘に似たようなものだ。自国領から一切出たことが無く、外の世界の知識はゼハールから語られる旅の思い出や、文献などでしか知らない。

戦場では、天を裂くと謡われるソニアだが、戦ったことがあるのはデオドランド軍とだけで、もし他の国の兵士と戦えばどうなるのか自分でも分からなかった。

出来るのなら、全国を回って見聞を広げたい。さらに出来るのならば、その土地の人々と喧嘩もしたかった。


まずは大陸の中心の天都に向かい、そこから地方に行けばいい。まだ春に入ったばかりで、ゆっくりと歩いても都の花を見ることができる。

最短距離は、この村から南下してデオドランド国内を抜ければ一週間ほどで到着するだろう。だがこれは、ソニアの好奇心を省いての過程だ。

しかし、この行き方には問題があった。現在、デオドランドとアルマースは緊張状態である。国境付近で両軍共に堅牢な陣地を築きつつあり、いつ戦いが起こってもおかしくなかった。

そんな中、アルマースの姫であるソニアがデオドランドに入れば忽ち捕縛されるだろう。


「食い破ればいい」


と、ソニアは斜に構えて言うのだ。

最良とは呼べない。その提案を聞き流し、新たに進路を考えるが他には一つしか思いつかなかった。

それはアルマースの東にある、ベスミオという国を通ることである。

このベスミオは、ソニアの姉であるクリスティーナが嫁いだ国で、この両国は同盟関係であった。だから何の危険もない。

もしかしたら、こちらがもてなされるレベルに両国は仲は良好だ。

そちらの道を通り、山を越えて少し南に行けば天都に到着する。春先だから山越えは何の心配も無い。


「姉上に知られると少し面倒くさいな~」


ソニアは酒場のイスに凭れながらそう言った。

姉のクリスティーナは、ベスミオでは良妻として知られ、王子であるエクトラと仲睦まじく不自由なく暮らしているとのことだ。

その姉の下を訪れて迷惑をかけるような事はしたくない、姉のクリスティーナは面倒見が良い、迷惑とは思ないと性格であるが、ヴァリマキ家を抜け出した自分が身内に世話になると心苦しくなるに違いなかった。


それに、家出したアルマース王家の娘をベスミオの王がどう思うか。

ソニアをアルマースに帰そうとするだろう、そうなれば姉に迷惑がかかるのは必定であった。

だが、ゼハールが朝の葉巻を味わいながら、


「それがどうした。もう俺たちには関係のないことじゃないか」


と言ったので、ソニアは納得してしまった。

確かに、そういった柵から逃れたくてこの世界に入ったのだ。

どうせ知られるのだ、姉に軽く挨拶してさっさと行けばいい、とソニアは決めるとすぐに出立することとなった。


ルイはまだ昨日の疲労から抜け出していなかった。

歩くことも辛そうだったので、今回はゼハールの前鞍に乗せることで解決した。いずれ、ルイの馬を買ってやらねばならない。その前に、馬の乗り方を覚えないとなる暫くはこのままで旅することになるだろう。


「世話になった。それじゃ」


ソニアは一日分の宿代として、金貨一枚を店主に渡した。

ここの宿代は、一泊で銀貨一枚と銅貨五枚である。店主の女性はお釣りを用意するが、ソニアは、釣りはいらない、とそれを断った。


店主に渡した金貨は母であるエミリア妃に貰った物だ。

いわばこれは、ソニアとヴァリマキ家を繋ぐ唯一の糸である。だから早く使い切ってしまいたかった。これがある限り、自分はまだヴァリマキ家の保護を受けていると考えてしまう。

だから無茶苦茶に使って、鼻血が出ないほど身一つで気楽な旅をしたかった。


「ご贔屓に」


店主の言葉を背中に三人は酒場から出て行った。

外に繋いでいた馬にソニアは跨る。隣でルイを先に乗せて、後に乗るゼハールの姿を見ながら東の方角を見た。

やっとアルマースから出れると思うと、感慨深いものがあった。




村から二日かけて国境まで向かった。

たった三人だから一日で着く距離であったが、急ぐ必要もないから倍の時間をかけて馬を歩かせた。


「そろそろかな?」


ソニアが馬上で仰向けになりながら、馬首を並べていたゼハールに訊いた。


「どうだろうか、俺も長い間出たことがなかったからよく覚えておらん。もうそろそろだと思うが……」


白柄大身槍を肩に担ぎながら、ゼハールは辺りの風景を見た。

まだ見慣れた景色である。ベスミオに続く道は良く整備されており、辺りには草原や小高い丘が広がっていた。

肥沃な土地が多いことがアルマースの特徴であった。ゼハールの記憶であれば、ベスミオに入れば景色が変わるはずだ。


暫し、三人は暢気な旅を楽しんでいた。


「お?」


ソニアが何かに気付いて声を上げた。

それを聞いて、ゼハールとルイが辺りを見渡すと風景がガラリと変わっていた。

アルマースの豊かな土地は無くなっており、辺りには手付かずの森が広がって、森の中から獣の雄叫びや鳥の鳴き声が聞こえている、これがソニアの異国との初接触であった。


「ここがベスミオか」


ソニアの眼はキラキラと光っていた。

彼女にとっては異国の情調よりも、異国に来たということが重要なことだった。

ゼハールは、久々の異国に口元が緩んでいた。ルイは、未だに実感がないのだろう、呆けっと鳥の鳴き声がする方向を見ていた。


このままベスミオの首都に向かい、クリスティーナに見つかるまではこの国を楽しもうかと思っていた矢先、


「おーとっ! 止まれぇ!!」


と、森の中から十人ほどの一団が飛び出してきた。

どれも捻くれた顔をしている、賊の徒党か何かだろう。彼らがそれぞれの得物も持って三人に剣先を向けて威嚇してきた。

ルイは悲鳴を上げて慌てるが、ゼハールは面倒くさそうに息をついていた。

ソニアに至っては、ホタホタ、と膝を打って笑っている。何か変なことを考えているに違いない。


「おらぁ、泣く子も黙るクロハナ山賊団だぜぇ! 金目の物出してもらおうか」


「どうする……」


ゼハールは、頭を掻きながらソニアに訊ねたが、その手は柄に伸びていた。


「どうせ姉上にバレるんだ。なら派手な方がいい」


「槍は使わんのか?」


「先生が使ったら?」


ゼハールが肩に背負った槍を軽く振ると、大きな音を立てて空気を斬った。

さすがに戦場で使うために作られた物である、重量もあって頼りになる得物だと思った。自分が振るうには充分だと分かると、矛先を彼らに向けた。


「殺すか?」


「いや、生かして案内させよう。私はこの辺り詳しくないし」


「よし。ルイ、手綱を頼む」


ゼハールは、左手に持っていた手綱をルイに手渡した。

急に渡されたルイはまた慌ててしまうが、ゼハールの馬はよく調教されている。ゼハールが足で腹を軽く蹴れば、彼の意志を読み取って駆け出した。




ベルミナの街に、風変わりな者たちが訪れたという噂は、その日の内に広まった。


ベスミオ一帯を荒らしていることで悪名高いクロハナ山賊団の首に縄を繋ぎ、その彼らに案内をさせて街に入って来たのだ。彼らの縄をまとめた束を白髪の女性が持っていた。十人以上の大人の男を一束にして、誰かが反抗する意思を見せれば手を、くい、と動かせば彼らは足を浮かせて転がるのだ。

その人物がソニアらなのは誰も知らない。


「誰じゃ、あいつら?」


眼を引いたのは当然だった。

この時のソニアの格好は、黄金のサークレットをかぶり、恐ろしく袖の長い真白なブリオー(ワンピースのようなもの)、その上に真赤な革のシュールコー(羽織りのようなもの)をはおって、その肩からは身の厚い剣を下げていた。


ゼハールの方は、城から出てきた時の服装とあまり変わってはいなかったが、刃の長い白柄の槍を持っている姿はとても威圧感がある。刃には鞘をかぶせていたが、それでも街の人たちは困難を恐れて誰も近づこうとしなかった。


「お前ら、宿へ案内しろ。宿代は高くてもいい」


ソニアが街の人々に聞こえるよう、甲高く喚いた。

山賊たちは苦い顔をするが、命が惜しい。ゴマをするように手を合わせると我先に三人達を案内し始めた。


ソニアたちが人々の前を通り過ぎる、その背にはバラが描かれていた。誰かがその背を指差しながら言った。


「ありゃ、アルマースのヴァリマキ家の紋章じゃないか?」


赤いバラはアルマースの国章にも使われている。

仲の良いベスミオの国民たちは良く知っていたからか、次々と噂し出した。


「よく見りゃあの娘、クリスティーナさまに似ているぞ」


「あの大男。きっとどこぞの名のある騎士じゃないか?」


と、二人に関しての憶測などが飛び交っていた。

ルイは恥ずかしくなり身体を縮めて馬にしがみ付いていたからだろうか、それとも二人の存在感が大きすぎて人々の眼に留まらなかったのか、誰もルイのことは口にはしなかった。


「おっと、まずは荷物を整理しないとな」


ソニアがはたと思いつくと、彼らの縄を引いて歩みを止めさせた。

次は何だ、と山賊たちは振り返ってソニアの方を見ると、彼女は楽しそうに笑っている。嫌な予感がした。


「お前らを連れて行けば宿屋が困るな。やっぱり、この街の詰所に案内しろ」


山賊たちの血の気が引いていくが、ソニアはそんなこと気付いていない。彼女は街に踏み入れた時から半ば夢の中にいた。

アルマースとは違った町並み、首都ではないからそれほど大きくもなく、繁栄している訳でもなかったが風土の違いがよく分かる。匂いが違うのだ。ソニアの鼻がぴくぴく動いている。

人々のまとう雰囲気や喋り方、建物のレンガ造りや漂ってくる食べ物の香り。

ここの空気を吸うだけで、ソニアの気持ちは踊ったのだった。

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