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槍持ち従者

重い槍を引きずって歩くというのは、とても疲れることが分かったが、首の鎖を解かれてから多少は体力が付いたものと思っていたのに情けない、と思うが、身近にいたあの二人がただ単に桁外れなだけなのだ。

ビーウッコから南に続く街道はすっかり暗くなっていた。

エミリア妃の言っていた村というのは、馬に乗って昼に出て夕方に到着する距離にある。

もうどれだけ経ったか分からないが、体力の限界だった。

坂道を上るルイは、ふらふらになりながらも先を目指す。


月明かりだけが頼りだ。

足下がおぼつかない中、いつ森の中から獣が飛び出してくるか分からないのが怖かった。

やっとの思いで坂道を上り終えると、眩しい光が眼を刺激してきた。

とっさに眼を覆い、指の隙間から覗き見ると、それは村に灯る松明や焚火の光であった。

ほっとして、気が抜けるとルイは脚の力が抜け、自分でも気付かない内に倒れ込んでしまった。

疲労が限界を超えたのだ。ルイは、目を閉じる瞬間、誰かが自分を見下ろしている気がした。


喧騒に眼を覚ますと、またしても眩しい光に眼を覆った。

男たちの下品の笑い声がこだましている中に、女性の歌声や弦を弾く音色も聞こえる。

人相の悪い男たちがそれぞれのグラスを持って、誰かを囲って、吠え歌い踊っていた。

彼らが囲っていた人物を見るとルイは、嬉々たる笑みをこぼして喜んだ。


ソニアが、まるで娼婦のようにひらひらとした露出の多いドレスを着て、そのスカートの裾を掴み回るように踊りながら、ゼハールの弾くギターの音色に合わせて歌っていた。

以前に歌や踊りは好きだと聞いていたから不思議には思わなかったが、その歌声に聞き惚れてしまう。

プロ並みの歌唱力であったが、真剣な表情で歌うのではなくて、嬉しそうに歌い、楽しそうに踊っている。

それが愛嬌あって、周りの男たちの口元が緩んで、自然と笑顔を浮かぶのだ。

彼女の歌声と踊りを酒肴に、男たちは馬鹿騒ぎして笑っている中、人相の悪いおっさんが起きてきたルイに気が付いた。


「おお! がきんちょが眼覚ましたぞ」


そう言いながら赤らんで顔で、ルイの顔を覗き込んでくる。

ルイが寝ていたのは酒場に置かれていた長椅子、それに布を重ねて敷布団のような物を作って敷き、その上に寝かされていた。


寝心地は悪かったが、心の中で感謝しつつ、起き上ってこの長椅子に座わると、ソニアの一人舞踏会の続きを見始めた。


くるくるくるりん、回る。

ルイの記憶では、先ほどからずっと回っている。

もしかしたら、ルイが起きるずっと前からかもしれない。


くるくるくるくるくるりん。

いや、間違いない。ずっと回っている、そして歌っている。

元奴隷のルイでも、人は回り続けると眼が回ることぐらい知っている。


「はえぇ……」


と、言葉にならない感想が出た。


この踊りはそう簡単に出来るものではない。

余程強靭な三半規管と我慢強さ、それに慣れが必要だ。

それにソニアは、歌を付けながら踊っている。ルイは歌も踊りも分からないが、心から感嘆していた。


それにソニアが歌う歌、ルイには分からない曲名であったが、これはお伽噺を題材にした曲である。


悪いオークに攫われ、塔に閉じ込められた姫が、王子に救出された喜びを歌ったものである。

境遇が良く似ており、ソニアはその姫に自分を重ね合わせたのであろう。

歌詞に心を込めているのが、感じ取れた。


ルイの顔を覗き込んできた人相の悪いおっさんが、ルイの隣に腰掛け、話しかけてくる。


「ほれ、がきんちょも音鳴らせ」


「音ですか?」


「みんなで一緒に歌って踊る、歌えないなら音を出せ」


おっさんは豪快に笑いながら、手をパン、口笛ピュー、足をダン、と鳴らした。

長年の経験で培ったリズム感で、上手に曲と合わせていた。

ルイも真似して、手をポン、口笛フー、足をタン、と鳴らしたが、ちゃんと音が出ていなければ、リズムも合っていない。


おっさんがそれを見聞きして、ケラケラ、と可笑しそうに笑った。


「全然ダメだ。もっと強く、口はすぼめて」


そうは言っても、ルイは喉がカラカラで口笛なんて吹ける余裕なんて無い。

手は槍をずっと握っていたのでマメが出来ている、足も同様だったが、彼の言われたとおりに頑張ると、多少はマシになったが、それでもリズムはずれていた。


「はっははは!! 面白いヤツだなぁ~」


おっさんは笑って、ルイの背中をバンバン叩く。

こういった深夜の酒場独特のノリを味わったことがないルイは、ちょっと変な所に来てしまった、と思い始めていた。


「あのお嬢ちゃんの友人だってな。べっぴんな嬢ちゃんだ。でも、どっかで見た気がするなぁ?」


あなたの国のお姫さまですよ、と心の中でツッコミながら、まだ回り続けているソニアを見ると、まだ回っていた。

永遠に続きそうな勢いで回っていたが、歌が終わると、ゼハールの奏でるギターも佳境を迎え、激しいラストと同時に、天に腕を突き上げるポーズを決めた。

すると、周りを囲っていた男たちから拍手や口笛、小銭や食べかけのパンが雨のように降った。

ソニアは、ギターを弾いてくれたゼハールの肩に手を置いた。

少し額に汗を湿らせているが、息の乱れはない。


「はあぁ~~! すごく気持ちいい。こんな楽しく踊れたのなんて初めてだ!」


「そりゃ良かった」


ソニアは、憑き物が取れたかのように気分良さそうに笑い、手の甲で額の汗を拭った。

ギターを弾いていたゼハールも、気分が良かった。何年か振りに人前で楽器を引けたのだ。それもソニアの歌と踊り付きで、これほど嬉しいことはない。

ゼハールにとっては、ソニアが楽しそうなのが何よりの褒美であった。

彼女が自由に歌って踊って、見知らぬ人たちと酒を飲み交わす、その何気ない光景を待ち望んでいた。


「嬢ちゃん、一緒に飲もおぜ」


「いいよ、でも私強いから」


たまたま立ち寄った酒場だ。

そこに呑みに来ている彼らが、日々どういった暮らしをしているのかは知らない。

ソニアはただ、歌って、踊って、酒を飲みたかっただけだ。彼女の歌を聴いて、踊りを見て、楽しくなったのなら、もう他人などという境界は無くなっており、心を許して一緒に酔ってやるのが、村人たちからの友情の示し方であった。


ゼハールは、男たちに交じって酒を飲むソニアの姿が、頼もしく思えた。

酒場のギターを壁に立てかけ、ゼハールはエールを並々注いだジョッキと水が入ったコップを手に取ると、ルイの方に近寄った。


「感謝する。これはお礼だ」


と言って、ゼハールはルイの隣に座っていたおっさんにジョッキを差し出した。

おっさんは、ニッコリ、と笑うとジョッキを受け取り、ルイの肩を軽く叩くと酒場の男たちの中に混ざっていった。

ルイの意識が遠のく最中に見た最後の人影が、そのおっさんに似ていたことに気が付いたが、もう彼の姿は人の中に混ざって消えてしまった、


「ああ、ちゃんとお礼言えなかった……」


「気にするな。俺が言っておいたから」


ゼハールが、おっさんの退いた場所に腰掛け、水をルイに渡した。

喉がカラカラだったルイは、その恵みを受け取るとすぐに飲み干して、深く息を付いた。ソニアの家来としての初めての任務を無事完遂できてルイの達成感は、他の人には計り知れないものだろう。手に出来たマメも勲章として見れば、恥ずかしくない。

ルイの心には、感慨深いものがあった。

だが、ある事に気付いた。槍はどこにいったのか。


「そ、そういえば槍は!?」


「それならばそこに置いておるだろう」


ゼハールがルイの左側を指差した。

そこにはソニアの白柄大身槍が、壁にかけて置かれていた。

槍を見て安心したようにほっとしていたルイに、ゼハールが優しく語りかけた。


「よく持ってこれたな。ソニアも喜んでおったぞ」


「ほ、本当ですか?」


「はっはっ、実は俺もソニアも本当に持ってこれるとは思っていなかったんだ」


「へ? それって……」


ルイは、自分は頼りにならない男、と見られていたのか、そう思うと悲しくなって、しゅんと肩を落としたが、ゼハールが(かぶり)を振りながら、


「お主を馬鹿にしておった訳はない」


と、近くのテーブルに置かれていた、誰の者と分からないグラスの酒を飲みながら、話し始めた。


「俺たちはお主を置いて行くつもりだった。当てのない、いつ終わるかも分からない旅だ。お主のような弱い男を連れていけば、いつ命を落とすか分からんからな」


確かに、とルイは思ってしまった。

自分は戦いの訓練を受けている訳ではない。剣など振ったこともなければ、人を殴ったこともない。おまけに体力もないから、もしもの時は二人の足手まといになることは知れていたが、何かの役に立ちたかった

ゼハールからその言葉を聞いて、やっと現実が見れた気がした。自分が役立たずだと、ルイは改めて認識した。


「だが、違ったようだ」


「え?」


「俺たちはお前が弱い男だと勝手に思っていた。だが、お前は強いことを証明したのさ。あの槍は大の男でも持つのがやっとだ」


口元に笑みを浮かべたゼハールは、飲み干したグラスを長椅子に置くと、ゆらりと立ち上がった。

壁にかけていた槍を手に取ると、棒切れのように持ち上げる。


「こんなに重い荷物を運んでくれたのだ。今夜はゆっくりと休むといい」


そう言って手のひらの上で滑らせると、石突きの方で傍の扉を押し開けた。

開けられた扉の中は広い。酒場兼宿屋なのだろう、その中でも一番上等な部屋に思えた。キングサイズのベッドの存在感が、ただただ大きい。


「好きに使え、ソニアの為に借りたが今夜は酔いつぶれるまで寝なさそうだ」


「は、はい」


疲労困憊のルイは、そのベッドの誘惑を断れきれない。

ゼハールに案内されるままに、部屋の中に入ってしまう。扉を閉められる直前、ゼハールが顔を少し覗かせながら言った。


「明日は早いぞ、とソニアが言っておった」


強烈な眠気が襲ってきたルイは、半分意識がないながらも、こくりと頷き、扉が完全に閉められたのを確認するとベッドに潜り込んだ。

未だにベッドという物にはなれない。フカフカで、どうしても違和感があったのだが、このベッドは城のより少し硬かった。だから、少しだけ早く寝れそうだな、とまどろみに落ちそうになる。


明日から本格的に旅に行く、楽しみで仕方がない。

ソニアとゼハールとルイの三人で、そう思ってしまうと妙に緊張して寝れなくなってしまう。

ワクワク、と心が踊るのだ。


「ああ、信じられない」


今から寝ようとしているのに夢を見ている気分になった。何とも言えない嬉しさが胸をつきあげていたが、やがてルイは、笑顔のまま落ちた。


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