その、五十 お茶会の本格運用と喫茶店準備
「本日より毎月9日、治癒の茶事を行います」
始業後の9時、補佐が号令をかける。
会場となる3階の広間には関係者全員が集められていた。
既に前々から料理の仕込みや花やお菓子の手配は行われている。
「本日のお客様は3名、付き添いも3名です。
主人は志津さん」
志津が頭を下げる。
「主客は連城さん、末客が浜岡君、水屋に赤井さんが入ってもらいます。
手順は試運転と同じなので大丈夫でしょう。
あとは……」
唯さんが主客を務めるのは試験運用から毎回の事なので少し緊張しているようではあるが問題なさそうだ。
初参加の浜岡君は若干蒼褪めて緊張している。志津さんに短期間で大分スパルタ方式の仕込まれ方をしたらしいので失敗したらとか思っているのだろう。
赤井ちゃんはいつも通りだ。
「一応今回だけは津田君も待機しておいてね?
津田君が言っていた酸素マスクは鼻カニューレに変えて貰って、口から香を吸うように説明して貰うことをマニュアルに載せているわ。食事して少し調子が良くなれば付き添いの看護師の判断でカニューレも外せるようにと伝えてあるし」
では、最終確認です」
タイムスケジュールや献立などを朗読し、ほぼセッティングされた広間を最終確認する。
完全委託の形をとるので征也の仕事はここまでであり、後は何か不測の事態が起こった時のためにいつもの会議室に待機しているだけである。
ダンジョンの方へ意識を向けて配管の流れを確認する。配管の素材と配線を何度か考えて改良することにより詰まりにくくすることができたため、最近はタワシ君の出番も少なくなっている。
できれば出雲に行く前に狐たちの邸宅も3軒ほどは用意しておきたい。選定は補佐の方でやってくれるが召喚した後で家がないなんてことになったら困る。召喚者の家まで狐耳・尻尾で帰れと言うのはあんまりだろうし、ダンジョンに通わなければならない。邸宅が定員になったら一旦選定を止めて貰おう。
「津田さま、こちらよろしいでしょうか? 今月は祭事が続きますのでお忙しいこととは思いますが、ご一考いただければと思いまして」
安倍さんが差し出してきたのは神社の授与所の横にある休息所の改築図。先日神社でお抹茶を出せないかと話したところを具体的に図面に書き起こしてくれたようだ。
現在は休息所として使う予定のスペースを奥の方半分ほど利用してカフェスペースに改装する感じだ。元々休息所は喫茶店に近いレトロなくつろぎやすい空間を作ってあり、そのための机や椅子は頼んであったので一部キッチンに改装すればいいだけの様だ。
「ただ、茶道のお点前を体験するコースは実施すると、津田様にはもうしばらく霊課の会議室にいていただくことになります」
征也と天司は神だから神社内にいた方がいいだろうと居場所を常設して貰う予定だったのだ。捜査霊課から常駐の場所を移動する予定だった休息室の2階は元々簡易茶室風の造りになっていたので、予約制で巫女さんのお点前をいただけるように変更してある。
「いいと思いますよ。神社自体の知名度が低いのでそんなに人も来ないでしょうし、できれば4月にある例大祭がある日までには完成できるといいけれど、どうでしょうか? 12月にある天司君の方の大祭、には間に合わないでしょうね?」
噂では喫茶店を作るのに半年ほどかかると聞いた記憶がある。4月には間に合いそうだが12月はお祭りの日だけでも臨時で何とかできないだろうか?
「12月の6日ですね。大丈夫だと思いますよ、3か月近くありますから。
提供するものはお薄とお茶菓子のセット、他に単品でほうじ茶・紅茶・珈琲、それとお茶菓子の単品を予定しております。
他に販売したいものはございますか? 又はお茶菓子の指定などがありましたでしょうか? ものによっては大祭に間に合わない場合もございますが、出来る限りご希望に沿うようにいたします」
「ないです。お抹茶とお茶菓子だけじゃないんですね。それに3か月でできるって早いですね」
征也の地元の神社はお抹茶とお茶菓子しか出していなかったはずだ。
「ええ、抹茶が苦手な方も結構いらっしゃいますから他の飲み物も置いております。
喫茶店が3か月でできるのは既に物件が決まっているからですよ。
普通はコンセプトを考えてターゲットになる客層の多い場所でライバル店の少ない所を調査して、その周辺でイメージに合った物件を探しますからね。
それに内装も保健所の指示に従って厨房を作るくらいでほとんど変える必要がありません。内装にこだわる人はこの辺りも時間がかかるようです。
更に言えば提供するメニューも少ないですし、資金も豊富ですから借り入れのための書類作成や審査待ちをする必要もありません」
休息所の内装は赤井ちゃんが結構張り切ってイメージを作っていたように思う。
今日の茶事が上手くスタートすれば資金の方は気にしなくていいだろう。試験運転でもそれなりの金額したようだし、ダンジョンの方も入場料と霊珠でそれなりの収入が上がっているようだ。
「ああー、コンセプトですか。赤井ちゃんにレイアウトは見て貰ってください。
……この場合、抹茶の大祭があるから神社で抹茶が飲めるように、って言うのがうちのコンセプトになるのでしょうかね?」
「そうですね」
何て雑なコンセプトだ。真面目にカフェやっている方々に謝れと言われそうだ。
プルルルル……
内線の電話が鳴る。
「はい」
『茶事が始まったわ。今のところは順調よ。そっちのモニターでも見られるようにしてあるから、進行を見ていてちょうだい』
「はい、わかりました」
それだけ聞いてすぐ切れた。
「お茶会が始まったそうです。モニターの方を付けますね」
斜め上から撮った映像で、志津さんが何か運んでいる様子が映し出されている。
「そういえば、来月はこれ見てから出雲に行くのでしょうかね? それとも全部お任せになるのでしょうか?」
来月の10日は神無月の出雲へ出張のはずだ。前日の茶事を見てから出発して間に合うのだろうか?
「津田様、旧暦です。来月は新暦の10月ですから、茶事の見守りがあるはずです。出雲に行くのは旧暦の10月10日、つまり新暦に直すと11月の後半です」
「え、そうなの?! でも色々と準備が詰まってきているけど……?」
そういえばそうだった。
「出来るときにやっておけば不測の事態にも余裕を持って対応できますからね。特に神々は突発的に問題を持って来たりしますから、出来ることは前倒しで進めているのですよ」
「そ、そうですか」
今月中にと気が急いていたけれどもう少しゆっくり行っても良さそうだ。突発的に問題を持ってくるのは思い付きで行動している自覚があるので人のことを言えないが少しだけ気が楽になった。
「どちらかと言うと葉月様が帰ってすぐ大祭ですから、そちらの方を心配なさった方がいいかもしれませんね」
「重なったりしませんか?」
「きっと大丈夫でしょう」
モニターの中を見ながら互いに話す。
『治癒の茶事』は本番と言ってもおおよそは試運転と同じだったため、特に問題はなく進行し終了した。
問題があったとすれば2回程作法の左右を間違えた浜岡君が、志津さんに後で作法の特訓されていた程度か。




