その、二十一 耐久実験(霊課編)
「穴井君、赤井ちゃん、ちょっといいかな?」
「大丈夫ですよ」
「なんでしょう?」
事務所にいた2人は快く振り返ってくれた。
「ダンジョンで耐久実験に協力してもらいたいんだけど、いつが暇? 課長と補佐の許可を取ってあるから業務時間内でも大丈夫だよ」
「私は昨日の報告書が後は出すだけなので、そのあとで良ければ」
「僕も今急ぎの仕事は入っていませんから。別々がいいですか?」
「どっちでもいいよ。2人とも開いているなら今からでもいいかい?」
2人をダンジョン最下層に案内する。装備を整えてついてきた。
「ここもしかして気脈が破裂した時に作ったっていう?」
「緑の霊珠が出たって聞いたけど」
何もないフロアを見回しながらつぶやいた。
「そう、青と緑の霊珠が出てきた。
ここで何カラットまで戦えるか耐久実験をして貰いたいんだ。
どの程度なら一般術者でも導入して大丈夫かなって」
「わかりました。どういう順にしますか?」
「4階が4カラットまでにするから、最初は4カラットから始めて3連戦するごとに1カラット上げていくようにするから。
止めてほしいときはそう言ってね? ここは130カラットまで出せるから、止めるって言わないとずっと戦うことになっちゃうよ」
2人は大きく頷いて
「「わかりました。お願いします」」
と声をそろえた。
「穴井君はこっちの排気口、赤井ちゃんはこっちね。
始めようか? いい?」
「大丈夫です」
「はい」
構えたのを確認してから
「じゃあ開始」
回線を開く。
2人とも呪文と刀で次々に倒していく。
あまりにも軽々と倒していくため、結構カラットを上げても案外皆倒せるのではないかと思ってしまう。
赤井が表情を曇らせたのは既に20カラットに入ってから。穴井の様子に変化が見られたのは25カラットに入った時。
先に止めたのはやはり赤井だった。
「ここで止めてください」
28カラット3戦目の時だ。
穴井はもう少し頑張ったが、
「止めてください」
32カラット2戦目で中止の声がかかった。
恐らく長々と続く連戦でなければまだ上の霊珠を狙えたのであろう。
肩で息をする2人にペットボトルを渡して空間移動で会議室へ戻る。
「お疲れ様。霊珠は回収しておいたよ。はい」
それぞれに渡して感想を聞く。
「私は20過ぎたあたりでキツイかなって感じ始めました。25超えたあたりで本格的に押され始めて28カラットでリタイアしました」
「僕も20カラット当たりできつくなって、26辺りで本格的に厳しくなって、29超えて一気に連戦の疲労がきたらしくて霊力が落ちた。32カラットでリタイアだ」
細かく説明してくれる。
「んー、途中休息所とかあったらもう少し行けました?」
「ええ、でも私たちをダンジョンに来る術者立ちと一緒にされても困るわ。多分7~10カラットが限界なはずよ」
「そうだな、恐らくこの間呼んだ女神お抱えの不知火でも12カラット当たりでリタイアするはずだ。ダンジョンの基準にするなら考え直した方がいい」
かなり疲れた顔で2人は真面目に言い募った。
「そっか。分った、週末呼んであるから不知火さんにも意見聞いてみるよ。ありがと」
不知火の事を聞いてホッとしたようだった。
「あら、2人とも戻っていたの?」
会議室のドアから補佐が入ってきた。
「坂本補佐」
「どうだったのかしら、耐久実験は」
「4カラットから3連戦ごとに1カラット上がるという方法で赤井ちゃんが28カラット3戦目まで進んで、穴井君が32カラット2戦目まで進みました」
「そうなの? うちの子たち全員いかせて修行させようかしら?」
軽口なのか本気なのか判然としない口調で補佐が提案する。
「大禍津日神から連絡が来ないうちは使って構いませんよ。連戦だけでなくどこまで相手ができるかもわかっておくと便利かもしれませんし」
「そうね。時間があるときにお願いするわ」
そう言って出て行った。
翌日、穴井と赤井の耐久実験後に放置していたラインを会議室で瞑想と言う形で確認していた。
「おいッ!」
怒ったような声を掛けられて意識が浮上し会議室の中で目を覚ますと、目の前に高校生らしき制服の青年が立っていた。
「ん? どちら様でしょう?」
制服でなければ大学生と見違えたであろう大柄な青年は明らかに見下した目で
「何寝てんだよ。さっさと事務室戻れよ、このサボリ野郎」
と低い声で怒っているらしい。
「いや、俺の席ここしかないから。事務室に席ないし」
「は? 何言ってんだ?」
更に苛立った青年が目を吊り上げた時、ドアが開いた。
「征さん、帰っていらしたんですか?」
「うん、お帰り天司君。こっちの彼、知ってる?」
彼は飼い主に無視された子犬のような視線を天司に送っている。
何故だろう、妙に可愛い気がする。
「ええ、彼は浜岡清雅。ゴールデンウィーク明けから霊課の見習いに登録された術者ですよ」
天司が紹介してくれてようやく彼の名を知る。確かにキラキラ系の美青年が清雅、という名前なのはきっと似合っているのだろう。
「葉月さん、こいつ誰ですか? さっき居眠りしたんで起こしたんですけど」
浜岡の言葉に冷たい一瞥を送ってひるませた天司は、征也には優しく声をかける。
「すみません、確認作業の邪魔をさせましたか?」
「大丈夫だよ。ラインの確認作業は終わってるから。後はフィルターの所だけチェックしたら終わり」
へらり、と笑った征也に天司は
「途中だったんじゃないですか。邪魔させてすみません」
と謝った。
「いいのに」
「今日も耐久実験使えますか?」
「うん、ちょっと待っててね。フィルターチェックだけしたら開けるから」
そう言って再び目を閉じる。フィルター付近の流れは滑らかで問題はなさそうだ。
「今日は誰? 浜岡君が1人だけ?」
「はい、彼は才能は有りますが技術が未熟で一般術者とあまり変わりありません。
あまり強い魔物までは辿りつけないかもしれませんが、一応最下層で耐久実験をして貰っておこうと思いまして。
危険と判断したら声を掛けますから止めてください」
「わかった。昨日と同じく4カラットスタートで3連戦戦うごとに1カラット上げるルールでいいの? 浜岡君、分った?」
「分りました! さっきは居眠りとか決めつけて申し訳ありませんでした!」
勢いよく頭を下げてくれた。……とても素直なタイプのようだ。
「うん、次から気を付けようね。周囲の霊力の流れとか見ればわかるはずだから」
「はい!!」
良い御返事です。だから天司君、冷たい視線をむけるのはやめてあげようよ。
「はい着いたよ」
だだっ広い石の部屋。
「そこに排気口があるでしょ? そこから邪気が出てきて魔物になるから、場所から動き出したら戦って倒してね」
「はい!」
浜岡が構えたのを見て
「開始!」
ラインを開いた。
最初の4カラット、眉根を寄せていたが難なく倒した。
7カラット、表情が険しくなっている。だが本人に苦戦の自覚は薄いようだ。
9カラット、息が上がってきて苦戦していると自分でもわかっているようで、戦う空気が変わった。どうやら肉体強化系の物理攻撃を使いだしたようだ。
12カラット、必死の形相で攻撃回数が格段に減って防戦一方になってきている。
13カラット2戦目、吹っ飛ばされたあと、捨て身の攻撃で倒したが、3戦目に体制の立て直しが間に合わない。
「止めてください」
天司が冷静な声で終了を告げ、最後の魔物は天司の手によって倒された。
記録は13カラット2戦目である。
荒い息で寝転がっている浜岡に
「おーい、聞こえているかい? 水飲める?」
と声をかけてペットボトルのふたを開けて渡してやる。
「…………ぜい…………ぜい………………死ぬかと思った…………」
なかなか息が整わなかったが、ペットボトルを一気飲みして一息つけたようだ。
「動けるようなら上に上がるよー」
「はい……」
彼は力が入らないながらもヨロヨロと付いてくる。
会議室に戻ると赤井が来ていた。
「浜岡君、どこまで行けたの?」
「13カラット2戦目までです。最後死ぬかと思いました」
「そっか、私は昨日28カラット3戦目まで進んだよ。穴井君は32カラットだったっけ」
「すっごいっですね! 葉月さんと……津田さん? は?」
赤井と穴井の記録を聞いて大げさに興奮している。
「俺は耐久実験には参加してません」
「俺もやってないな」
確かに2人は参加していないのだが、
「津田さんは明らかに別格ですよね! 青と緑が37個って聞いたことないですもん!」
思い出したのか赤井の目がキラキラしている。まあ、ギラギラ、でなければ構わないのだが。
「青? 緑? って赤井さんそれなんですか?」
「霊珠は大きくなると色が付くの。50カラット以上で青、100を超えると緑! 津田さんは青と緑を連続で37個対戦したって事!」
「ええええええええぇっ!」
浜岡は赤井と征也を交互に何度も見比べる。
「浜岡、今後人を外見で判断しないように」
「はい…………」
天司の冷たい命令に浜岡はがっくりと肩を落としてうなだれた。




