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ダンジョンシステム整備士、津田征也  作者: 氷理
第二章:どうしよう、ダンジョンを作ることになってしまった…
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こぼれ話:穴井君の結界教室


その日穴井喜一は馴染みの書道用具店を訪れた。昨日葉月とのいさかいで割ってしまった硯の当面の代用品を手に入れるためだ。

がらがら……

「こんにちは」

「穴井様!」

扉を開けるとご主人と奥方が蒼い顔でバッと見ていた何かから顔を上げた。その奥には蒔絵職人がいる。

「どうかしましたか、ご主人」

「は、はい」

「穴井様、良い所にいらっしゃいました。少々お時間よろしいでしょうか?」

青くなっているご主人と奥方、興奮気味の蒔絵職人とその弟子。一体どうしたというのだ?

「はい、大丈夫です。何かありましたか?」

「先ほど葉月様がいらっしゃって、最高の書道具を誰かに差し上げたいとおっしゃったのです。筆や硯はもちろんのこと、こまごまとしたものまで全て」

「硯箱は蒔絵にしたいとおっしゃったので、蒔絵職人のこちらと大きさについて打ち合わせておったのです」

ああ、なんというか……。

「葉月の奴、こんな行動にでるとは……」

がっくりだ。あの冷静な奴が突飛な行動に出るとは……。しかも絶対相手は喜ばないだろう。申し訳なく思ってまたワタワタするかもしれない、いや絶対にするだろう。……それは可愛そうだ。ここらで何とかしておいてやろう。

「穴井様、相手の方をご存じで?」

「ああ、最近捜査霊課に入った奴で葉月がとても大事にしている人がいるんです。あ、男なんですけどね。昨日長年使っていたらしい硯を僕と葉月の喧嘩で割ってしまって、しばらくは捜査霊課の備品を使うことにしたらしいが……」

ご主人に少し話をして、比較的安価な気を使わないだろう硯を買って帰る。これくらいの硯なら昨日の原因が喧嘩でそのお詫びだといって渡せば、津田も大して気を遣わなくて済むだろう。



       ……



穴井は前日の事を思い出した。

符を作ろうと愛用の書道用具をもって捜査霊課の作業部屋に行こうとして、その扉の前で入ろうか入るまいかと迷っている津田と出会ったのだ。

「津田さん、どうしましたか?」

この津田と言う男、最初見た時も2度目に見た時も不安そうにしていた。きっと普段から霊的なことに関わりが無かったのだろう。それにしても頼りなさそうだったが。

「ああ、穴井君、だったよね? 天司君が入っているんだけど、ここって作業部屋だよね? 集中している所に入っていいものだろうかと思って」

確かに符などは集中して書くが、葉月なら横からおどかされても全く大丈夫だろう。

「大丈夫だと思いますよ? 呼びましょうか?」

「うん、あ、あとでいいよ。こっちは時間あるし」

「何か相談事ですか? ああ、話しにくいことでしょうか?」

「結界を少し教えてもらおうと思って。穴井君は、入らなくていいの?」

ちょっと面白いことが浮かんだ。彼に教える役目を葉月から取り上げたら、いつも余裕の葉月は怒るだろうか。

「大丈夫ですよ。結界なら僕が教えましょうか? 僕は時間がありますし、葉月なら次の仕事の準備でもう少しかかると思いますし」

嘘は言っていない。葉月を気遣っているようにみえて津田も頼みやすいだろう。

「いいの? 大丈夫?」

「はい。作業部屋は私語厳禁なので、いつもの会議室に行きますか?」

「ありがとう」

津田は安心したように笑った。

「結界って、何に使うんですか? それによってもいろいろと変わってきますけど」

「うん、この間ダンジョンで試運転したでしょ? あれで床が抉れたり、壁に穴が開いたりしたから、綺麗に結界を張れたら傷ついたりしないかと思って」

なるほど、それならダンジョン内の修理もなくなって楽になるだろう。あのシステムは良くできている。管理が楽になるならそれもいいだろう。

「床と壁、……あと天井もですか?」

「うん、できるかな?」

まだ結界についてあまり知らないのだろう。

「大丈夫です。津田さんは符を書いたことがありますか?」

「ないよ。というか、基本的に術とかはまだわからない。俺が出来るのは、イメージ通りに形を作ることくらいかな? ダンジョン作成以外の知識はほとんどないから、俺」

困ったような笑いでよく判った。葉月はダンジョン以外のことは全くさせないつもりだ。囲い込んでいるのは知っていたが、他の知識を全然与えていないとは思わなかった。

「では、僕が教えますね。習字はしたことありますよね?」

小学校で誰でもするだろう。……そのときの記憶がどのくらい残っているかは本人次第だが。

「あるよ。習字道具出したほうがいい?」

「お願いします」

津田は右手を机にかざすと、硯箱が出て来た。漆が大分剥げてはいるが、以前は蒔絵の立派な硯箱だったのだろう。

「習字なさるんですか?」

「これは祖父の遺品だよ。小学校から大学までは教室に通っていたけど、社会人になってからはさっぱりだね」

結構長く続いていたようだ。硯箱を開けて

「硯と筆だけは俺の使ってたやつ。文鎮は祖母の。水差しと墨は祖父のだよ」

「そうですか。では、俺がお手本を見せるので、その通りに書いてみてください」

そう言ってお手本を書きながら、結界の初歩について説明し符の解説をしていく。津田はそれを素直に聞いて、ところどころ「こういうこと?」と聞いてくる。

ひねくれ者の葉月のお気に入りにしては素直な人だ。いや、素直だからこそお気に入りになったのか?

「ありがとう。筆と硯洗ってくるね」

と言って津田は会議室を出て行った。

カツカツ

苛苛した足音がして、バタンと扉が開けられた。

「穴井、何でお前が征さんに教えているんだ。教えられることは全て僕が教える。余計なことはするな」

案の定、葉月が不機嫌な顔で入ってきた。

「僕は津田さんが困っていたから手を貸しただけだろ? そんなことを言われる筋合いはないぞ」

すかさず言い返す。

「大体、お前が作業場に入っているから津田さんが気遣って扉の前でオロオロしていたんじゃないか。声かけるって言っても、あとでいいとか言い出すし」

事実である。その後誘導したが。

「余計なことはするなと言っているんだ。そういう時はすぐに僕に回せ」

苛苛しているのか、葉月は壁を殴った。

パリーン

外で何かが砕ける音がした。それから数秒して扉が開く。

カチャ

「あれ、天司君終わったの?」

「征さん。声を掛けて下さればよかったのに」

津田が入って来て葉月は一気に優しい笑顔に変わる。こいつ、人格まで変わっていないか?

「邪魔しちゃ悪いと思って。中に入るのが見えたから声かけようかと思ったけど、中で別の人も作業しているかも、と思って悩んでいたら声かけられて、相談したら結界の方法教えてもらった」

津田が無邪気に答えている。葉月は器用に穴井にだけ冷気を向けている。

「この硯箱、津田さんのですか?」

「うん、これは祖父の。俺じゃこんないい硯箱は買えないしね」

「好きなんですか? こういうの」

「そうだね」

ふと穴井が津田の手元に気が付いた。

「あれ、津田さん。その硯……」

「あ、うん。落として割っちゃった。あ、でも半分に綺麗に割れているから破片とかなかったし、大丈夫だよ」

さっきのパリーンは津田の硯が割れる音だったか。

「すみません、さっきの音が原因ですね。すみません、怪我はしていませんか?」

「あ、あれ天司君だったの? 俺は大丈夫だけど、天司君は大丈夫?」

「大丈夫です」

こんな男の心配なんてしなくていいのに、とか思いながら提案する。

「捜査霊課の備品もありますから、しばらくはそちらを使ってはどうですか?」

長く習字をやめていた津田がいくつも硯を持っているとは思えない。

「ありがとう、そうするよ」

津田の笑顔に罪悪感が刺激された。




    ……



ご主人にその話をすると、少々呆れたようだが納得はしてくれた。

穴井は比較的安価な気を使わないだろう硯を買って帰る。これくらいの硯なら昨日の原因が喧嘩でそのお詫びだといって渡せば、津田も大して気を遣わなくて済むだろう。




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