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「ん…?」
どれくらい眠っていたかわからないけど、何かがモゾモゾと背中を這って行くような不思議な感覚で、目が覚める。
うっすらと目を開けると、部屋は真っ暗で。リビングから射す一筋の光が目の前に誰かが居る事を教えてくれる。…と言っても、その人物は誰がどう考えたって雅の一択だ…。このダサいシルエット、間違いない。
「ねぇ。……何してるの?」
「うわぁ!!!」
声を掛けると、雅は大声を上げて驚く。
寝てる間に抱き上げるつもりだったのか、雅は俺の背中と膝の下に両手を差し込んだまま「悪い!起こしっちゃったか?!」と叫ぶ。
いちいち声がデカイ…。耳元で大声を出されて眠気も一気に吹き飛んだ俺は、睨むように雅を見上げた。
「シャ、シャワーに入れてあげようと思ったんだ!いくら呼んでも起きないし…鍵が開いてたから、それで…!」
「…別に僕、介護は必要ないんだけど…?」
それに、仮に眠っていて気づかない間に運ばれたとしても、突然シャワーなんて浴びせられたら飛び起きるだろ。普通に考えれば、眠っているからそっとしておこうってなる所じゃないのか?
雅の奇行が理解出来なくて、無性にイライラする。
そんな俺の様子をジッと見つめてくる雅の視線に気づき、目が合う。雅は悪びれる様子もなく、何か言いたげに首を傾げた。
「あれ…なんか縁、いつもと雰囲気違う?」
「はぁ?」
「なんか…なんだろ…?」
雅は顔を近づけて、マジマジと見つめてくる。
最初は不快なだけだったけど、よく考えたら寝る前にカラコンを取っていた事を思い出し、俺は咄嗟に目を伏せた。誰にも知られたくないコンプレックスを、いくら寝起きで頭が回らないからって迂闊に見せてしまうなんてどうかしてる。
気付くなよ、気付くなよ…と心で何度も復唱する。
すると…
「もしかして縁…………照れてる?」
「は?」
「だって、今目逸らしたから…」
「………………。」
…やっぱり。相部屋が雅で良かった。
こいつのパッパッパラ~な脳みそじゃ、こんな愉快な勘違いしか出来ないんだから。俺は俯いたまま、盛大に溜め息を吐いた。
「どうしよ、今俺…凄く嬉しい…。えっと、」
「雅。」
「はい!!!」
いい返事。
俺は出来るだけ目を細めながら、満面の笑みを浮かべ顔を上げた。顔を上げた事で視界に入った雅は、顔を真っ赤にさせていて気味が悪い。
「起こしてくれてありがとう。シャワーは自分で入れるから…出てってくれる?」
「わ、分かった!」
本当にうざいよ、お前…。
雅が出て行ったのを確認してから時計を見ると、針は10時30分を指していた。帰ってきたのが丁度6時だったから、どうやら4時間弱眠っていたらしい。
俺は頭を強引に搔きながら、立ち上がる。雅ならいくらでも誤魔化せるだろうし、カラコンを付け直す事はせず俯き気味に部屋を出た。
すると、リビングで待機していたらしい雅と鉢合わせる。
「…あ!縁!実はお風呂沸かしてある!」
「そうなのぉ?ありがとっ!」
「あ…っ」
決して不自然にならないように気を付けながら、目を伏せ通り過ぎようとすると雅が何か言いたげな声を漏らした。
「…なぁに?」
「あ、いや…」
反応してしまったのは、焦りからだった。突然勘が冴え渡って、さっき覚えた違和感の正体に気付いたのかもしれない。
でも、そのまま気付かないフリして通り過ぎた方が良かった…対面なんかしてしまったら、それこそ言い訳が出来なくなる。後悔が後からドッと押し寄せて来て、悪い事をしたのがバレた時こんな感じなんじゃないかってくらい、心臓が早く脈打つ。
だけどそんな俺の不安をよそに、雅が続けた言葉は呆れてしまうようなものだった。
「一緒に入ろうって言いたい所だけど、やっぱりいいや!ごめんな!」
「………………。」
別に俺から誘ったわけでもないのに、何故か申し訳なさそうに謝られて断れたみたいになる。
…どうせ自分が変装してるって事を忘れて口走っちゃったんだろうけど、もし雅が変装をしていなくて、ありのままの姿で「入ろう?」って言ってきたとしても、俺の答えは「NO」だ。
ふざけるな。
「もし一緒に入る事があったら、そのボサボサな髪をトリートメントでサラサラにしてあげるね?」
厭味を込めてそう言うと、雅は力なく笑って「そうだな…」と呟いた。
雅から見たら、俺も“気付かないから、相部屋が縁で良かった”なんて思われているんだろうか。だとしたらとても癪だけど、気付いてしまう方がよっぽど面倒な事に巻き込まれる気がして。バカで、何も考えてなくて、何にも気付いてない顔をする。
「待ってなくていいからね?おやすみ、雅…」
俺は雅にそれだけ言い残して、脱衣場に入るなりピシャリと扉を閉めた。
「…………フッ、」
さっきはムカついてあんな厭味を言ったけど、誰かとお風呂に入るなんて絶対に有り得ない。服を脱いで露わになった自分の身体を見て、失笑しながらそう思った。
シャワーを浴びると、魔法が解けたみたいに俺は本当の姿に戻る。
哀れで滑稽な、大嫌いな身体に…。
────ザァァァー…
お湯に溶かされていく、茶色のファンデーション。
露出している所に毎朝塗りたくるそれは、俺のコンプレックスを見えなくする為の必需品だった。
───────先天性白皮症。
アルビノと言った方が分かりやすいかもしれない。
俺は生まれた時から、その先天性白皮症という治る事もなければ死に至るわけでもない病気を抱えていた。
メラニン色素が欠乏する病気で、俺の肌は白人なんかよりよっぽど白く、乳白色と言われる牛乳みたいな肌の色をしている。身体を巡っている血の影響で、薄ピンクっぽくなる時もあって…どちらにしろ普通の人間じゃないみたいで、気持ちが悪い。
そして勿論、色素がないのは肌だけじゃない。
髪や眉毛は今では焦げ茶に染めているけれど、本当は何の色素もない白金色で。睫毛に至っては、毎日女みたいにマスカラを塗って黒くして学校に通っている。ただ、白髪を染めても光って目立ってしまうように、どんなに上書きしても違和感は消えない。
「ハハ…気持ち悪い。」
医者には、肌と体毛にはメラニン色素が一切含まれていないと告げられた。
唯一色素が少しだけあると言われたのは、目。
もし目にも色素が全くなかったら血管が透けて不気味な赤目になっていたらしいけど、色素が僅かにある俺の瞳は、イギリス人だったらしい父の青い瞳が遺伝して…少しの青と透けた赤で、紫色の瞳をしていた。
だけどその瞳は角度によっては青に見えたり赤に見えたりして不気味がられたし、俺もそんな自分の目が嫌いでカラコンをして隠すしかなかった。
「…………。」
…昔からこの体質のせいで、散々虐められてきた。牛乳ってあだ名を付けられて、マジで牛乳をぶっかけられた事もあったくらい。
街を歩くだけで後ろ指を指されたし、堂々と目の前で写メを取られたりもした。…小さい頃から好奇の目を向けられ続けて、自分が異常である事を知る由しか無かった。
『私はそんな縁が大好きよ…』
隠れて一人泣く母が、俺を前にした時だけ言う嘘にも気付いていた。
『どうやって、この身体を好きになれっていうの…?お母さん。』
子供の頃から言えないでいるその疑問は、コンプレックスへと形を変えていった。偽る事でしか、自分を愛せなかった。本当の姿なんて、消えてなくなってしまえばいいと願う程…
シャワーを浴び終えた俺は、長袖長ズボンの寝間着を着て、タオルで顔を隠し脱衣場から出た。
待たなくていいって言ったのに、雅は忠犬のように待っていたのかソファーで寝息を立てていた。本来なら起こしてあげるべきなんだろうけど、今の姿じゃそんな事絶対に出来ない。
「ヅラずれてるし…。」
俺は呆れながら小さく笑うと、雅の部屋から毛布を持ってきて起きないようにそれを静かに掛けた。風邪なんか引かれて看病なんてするハメになったら面倒臭いから、ただそれだけだ。
雅が起きない事を確認すると、俺は自分の部屋に戻った。
「ふぅ…。」
灯りを付ける事なく部屋に入ると、まず最初にバカが入って来れないように鍵をしっかりと掛けた。
4時間も眠ってしまったせいで眠気は全くないが、徹夜してしまうと次の日が辛くなる。俺は電気を付けずに、ベッドに横になって目を瞑った。
そういえば今日は、生徒会長に雅と俺が相部屋だって事がバレたんだっけ…。
何もしてないって言ったって、雅にゾッコンなバカ会長が信じてくれるわけないし、明日から何かしら対応に追われるかもしれないな…。あぁ、面倒臭い…何もかも…。
「……まぁ、いっか。明日…考えよ………。」
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お久しぶりに更新するので文章が変だったりしてもゆるしてね