◇
「これより、転校生“千草 雅”の今後の対応について緊急会議を行う。」
───…ここはサピエンス学園。
相当なお金持ちか、相当な頭脳の持ち主だけが入る事を許される有名な全寮制であるこの学園は、幼小中高一貫の男子校でありながら庶民が1度は必ず憧れる夢の城でもある。
超一流の教育で偏差値は常にトップクラス。部活動も盛んに行われており、全国大会出場の常連校でもあるこの学園は、まさに文武両道という言葉に相応しい。
更に言えば“男の子を生んだ親御さんに聞いた通わせたい学校ランキング(ノソノ調べ)”では、7年連続NO.1の座に輝く無敗の学園である。
…だが、外からは誰も知る事が出来ないサピエンス学園の内部では、周りからの高い評価とは明らかな相違が存在していた。
「意見のある者から、挙手して下さい」
「はい!」
緊急会議と称して集会場Aに集まっているのは高等部に在学する生徒の約5割が所属する“親衛隊”という組織の幹部生とクラス代表、計20人。
今回の議題である転校生の千草雅とは、この親衛隊という組織にとって脅威だった。
挙手を仰いだ進行係に見えるように、1人の男子生徒が立ち上がる。
「2ーB代表、高良君。」
「はい!」
険しい顔をしながら2-B代表は進行係から俺に視線を移し、真っ直ぐ見つめて意見を話し出す。
本当ならこんなどうでも良い話、鼻くそをほじくりながら唾でも吐いてやりたい所だ。だけど、これは至って真面目な会議。親衛隊隊長であるこの俺が、そんな不真面目な事をしてしまってはいけない。
だから俺は、真面目な顔を完璧に作り上げてその話しを聞くのだ。
「自分は千草雅と同じクラスでありますが、役員でもないのに生徒会室へと毎日のように足を運び、授業に出ないだけでなく教室にすら姿を現しません!」
その発言を聞いた瞬間、ザワザワと集会場が騒然となる。
進行係は素早く「静粛に!」と槌を打って周りを黙らせていて、何だか裁判でも見てる気分だった。
「それだけじゃありません!クラスの親衛隊の隊員全員で担任に抗議した所、生徒会の皆様と同じ特権を与えるようにと“理事長”が指示したと、そう言ったんです!」
「これは然るべき対応を取るべきです!」
「理事長が千草雅側につくというならば尚更、粛清出来るのは我々親衛隊だけです!奴が現れてから、生徒会の皆様の仕事が滞っているという噂も耳にします…粛清するのは当然の行動であると思います!!!」
すぐワーワーうるさくなる所を見るに、彼等の我慢はとっくに限界を迎えているのだろう。
もう進行係の「静粛に」なんか耳に入っていないのか、誰も従う事はなく怒声ばかりが飛び交った。なんて醜いんだろう。男の嫉妬ほど気持ち悪いものはない。
「……………。」
俺は1人、誰にも気付かれないように溜め息を吐いてから大きく息を吸い込んだ。
「はい、そこまで!」
自分のたったの一言に他19人を黙らせる力があるなんて…我ながら凄いと思う。
あんなにも騒ぎ立てていた部下達が皆して黙って俺を見ていて、逆らう奴なんて1人も居ない。まるで「待て」をくらっても尻尾を振って嬉しそうに次の合図を待つ忠犬みたいだ。
こいつら全員、人間なのにねぇ?
────…俺はニコリと、天使のような微笑みを意識して皆に笑いかけた。
「皆が言いたい事はよくわかったよぉ。どれくらい不満が溜まっているかもね…。」
完璧に作り上げられた猫なで声で伏し目がちにそう言えば、ここに居る全ての人間が生唾を飲み込む。
生徒会役員を愛するあまりに団結し、影ながら見守り支える事を決意したはずの親衛隊隊員が、いくらその頂点に立つ隊長の俺が相手だからって、容易く翻弄されちゃ駄目じゃない。
俺は、天使のように笑いながら…時に悪魔になる。
「隊長…じゃあ…」
「君達はきっと、僕からのOKが欲しいんでしょ?」
「「「…………ッ」」」
「でも、そう簡単にはあげられないよ?」
俺の言葉に、全員の顔色が変わる。
あまりにもわかりやすい皆の態度に思わず失笑してしまった。どうやら彼等は、転校生に粛清とは名ばかりの下賤な“制裁”を与えたくて仕方がないらしい。
「僕は親衛隊隊長として、皆の事を守る義務があるの。生徒会の皆様に何故か気に入られていて、理事長とも繋がりがあるかもしれない転校生に制裁をするなんて、危険すぎるから認められないよ。」
すると、さっき発言していた2-B代表が挙手して発言する。
「では…どうするんですか?」
…まぁ、ごもっともな質問だ。
俺はコテッと首を傾げて、2-B代表に笑いかけた。
「転校生の事を徹底的に調べ上げて?期限は次の集会まで。その時の報告次第で、制裁を許可するかしないかを決めるからね。」
本当は制裁なんて面倒臭い事されたら、ツケが俺に回って来るから止めて欲しいだけなんだけど。適当にそれっぽい事を言えば、意外と皆は納得してくれる。
あんなに熱心だった2-B代表なんて、顔を真っ赤にしながら固まってる。どうやら俺に笑いかけられて、それどころじゃなくなっちゃったみたい。
…なんてザマだろう。その程度で収まる怒りなら、忘れてしまった方が健康にも良さそうだ。
「それから皆の事を信じてるからあまりこういう事は言いたくないんだけど、決定する前に制裁を行う者が居た場合、それこそ粛清するから自分のクラスの統率はしっかり取るようにしてねぇ~。」
「「「…………………は、はい…。」」」
「ふふっ。それじゃあ進行係さん、進めちゃって~?」
「は、はい!」
…さぁ。早く終わらせて、帰ろうか?
───────────
──────────────────…
──────……
あれから無事会議も終わって、参加していた代表達もそれぞれ仲の良い生徒と一緒に寮へと帰って行く。
あー、肩凝った…。
俺は溜め息を吐くなり、うんと伸びをしてから立ち上がった。
「朝比奈隊長」
「んー?」
すると、親衛隊副隊長の清水楓が後ろから声をかけてきた。ポーカーフェイスで有名な彼は、涼しげな顔をして俺を見つめている。
清水は感情が読み取りにくく、いつも無表情。なんだか“未来から送られてきた人型ロボット”と言われた方がしっくり来そうで、心底清水が苦手な俺だけど、必死に作り笑いを浮かべて首を傾げてみせる。
「…どうしたの?」
「大した事では無いのですが。」
大した事じゃないなら、話しかけないでくれないかな?
心の中で悪態を吐いたら、清水は聞いてもいない言葉の続きを語り始めた。
「実は先程の隊長の言葉に僕はとても感銘を受けました。まさに親衛隊の鑑である隊長に、どんな事があっても一生ついて行くとだけ伝えておきたくて。それだけです。」
「へっ?」
一生だって…?勘弁してくれ…。
聞かなかった事にしたい所だけど、俺は「ありがとう」と薄っぺらい感謝の言葉を述べて逃げるようにその場を後にした。
「あ、隊長!お疲れ様でした!」
「お疲れ~。」
「お疲れ様です!」
途中で出会す隊員達に笑顔を振り撒きながら、俺はエレベーターに乗り込んだ。
生徒からの人気投票でなかなかの上位に居る俺は、普通の寮部屋より少しだけ豪華な特別寮に住んでいる。
俺の他にも、例えば学園一の人気を誇る生徒会役員や、風紀委員会の委員長クラスの生徒なんかが該当していて、入った事ないから本当かわからないけど、生徒会役員レベルになると一般寮の何倍もの広さならしい。
「ふぅ。」
エレベーターの扉が完全に閉まった所で、俺は溜め息を一つ溢した。
特別寮へは一般生は立ち入る事が出来ない。少し手間だけど上層階限定のエレベーターに乗り込んで、カードキーを翳して階を指定しないと行けないようになっている。
つまり、どんなに一般生徒が生徒会の皆様の部屋に忍び込みたくても、翳すカードが無ければ部屋に行く事は出来ない。
…裏を返せば、そうしなくてはいけないくらい人気があるという事だ。
─────…でも、ここは男子校。
それなのに人気がどうのとか、親衛隊なるものが非公認でありながらも部活動と変わらない括りで存在してるなんて、てんでおかしな話だ。
だけど幼小中高一貫のこの学園は、殆どの生徒が幼稚園もしくは小学校からずっとこの学園にいる。
物心付いた頃から周りに男しか居ないままスクスクと育って行ったお坊ちゃま方は、性への関心を同性にぶつけるしかなかったのか…そういう性癖に目覚めてしまったようで。
この学園では、いつの間にか異常が正常に成り代わっていた。
その中でも人気投票で上位6名になった者は、生徒会役員になる代わりに様々な特権が与えられ。
人気投票で上位15位以内に入り、尚且つ勉強もしくは部活動で素晴らしい成績を収めている2名が、風紀委員トップの座を与えられる。
以上8名はこの学園でも特別な扱いを受け、まるで神のように崇められている。
生徒会にも風紀委員にも根強いファンが存在し、それらが親衛隊として結託し存在している。で、最も大規模な生徒会の親衛隊の隊長を務めているのが、この俺というわけだ。
「……………。」
…とは言え、俺は小学低学年の頃半年だけこの学園に居たものの、その後いろいろな事情があって転校している。
そこからは高等部に自分の意思で入学するまで、この学園とは全く縁も無く、実はかなりの新参者だ。
それが高1冬の人気投票でまさかの9位と大健闘。この学園は人気投票の結果が全て。親衛隊隊員歴約1年にして隊長の座にまで成り上がったわけだ。
────…チンッ♪
そうこう考えてる間に、エレベーターが到着を知らせる。俺は欠伸をしながら、エレベーターから出た。
.