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稲穂の片思い

作者: 菅原一月

僕は、古い倉庫のすみに落ちていた稲穂のひと房だった。

しかも、ただの稲穂ではない。

3年も前に収穫された古い稲穂で、どう考えても出荷(しゅっか)忘れです、あはは(笑)とばかりに、乾いた表面は米ぬかやほこりにまみれていた。


師匠は、そんなひと房の稲穂を手のひらにのせ、フワっとやわらかな息を吹きかけた。

魔術の一種であろう。

その緑色の息吹(いぶき)により、俺は古びた稲穂のひと房(時々、虫にかじられて辛い)から、下級でありながらも精霊という存在に昇格した。





最初は下働きであった。

稲穂と似ているような、ほうきの形の妖精の僕は重宝され、よく師匠の部屋の掃除を任された。


師匠はとても、きれいだ。

リーフグリーン色のロングヘアーは胸元まで艶やかにゆったりと伸びており、その落ちた髪の毛を拾うだけで、僕はとても幸福な気持ちになった。

いずれは、そのリーフグリーン色のロングヘアーをとかす(くし)になりたいと、豊穣の神様にお祈りした。

 


次の日の朝、なんとなく表面を触り、いつもと自分の身体の様子が違うことに気付く。 


なんと、艶やかな柘植の(つげのくし)と進化していたのだ。

進化といっても、中級の精霊に位があがったというわけではないが、どうやら豊穣の神様へのお祈りがきちんと届いたらしい。




師匠は「お前はほうきの精霊だったやつかっ!」

と、掃除用具が美容道具に変化した事をいたく喜んでくれた。




それから、僕は10数年ほど彼女のヘアブロー担当として活躍した。

(もちろん、くしとしてである。)

その中でも嬉しかったのは、師匠の魔術師仲間が主人の髪を美しく光輝かせるように整える僕を軽々しく強請(ねだ)ってきた時のことである。 

なんと彼女は

「この(くし)は相棒なの!だから無理。」と断言してくれたのである。


その時は、師匠の艶やかな髪を梳かすだけではなく、道具ではなく相棒と言ってもらえることに、そのことにとにかく胸がいっぱいになった。


師匠の長い髪を梳かすだけではなく、編んであげたい、

そう思った時、僕は黄金色の稲穂のような髪と瞳を持った人型になっていた。

小さな手にはかつての僕である柘植(つげ)のクシが握られていた。




師匠はびっくりしていた。


そりゃあ、そうだろう。

ほこりをかぶった稲穂でしかなかったものが、中級精霊になるなんてことは滅多にない。

しかも十数年という短い年月で。


僕は嬉しかった。

師匠の髪をそれはそれは丁寧に梳かして、工夫して可愛く編み込んだりした。

太陽を照り返す、師匠の艶やかな髪、編みこみをした姿は神聖さを醸し出し、朝日が照らすと巫女のようにも見える。


神秘的なお姿。

とても美しい。


人型になって、体がある撥水性になったからか、湯浴みの時、師匠の髪を洗うことも任せられた。

泡だらけの師匠の髪を優しく洗い流し、香油を撫でつける。


―――なんて、柔らかそうな肢体なのだろう。

湯浴みのたび、まったく動じない顔で師匠の髪をケアをしながら、寝る前に瞼に浮かぶ、師匠の女性らしい姿を想った。 

そんな邪な気持ちが浮かぶなんて、僕はどうしてしまったんだろうなと自嘲する。ただ、それば純粋な―――






こんな人型の体にも、まだ不満がある。

僕は幼体で、10歳未満の子どものような形だった。

だから、ヘアセットの時は、師匠に腰かけてもらい、髪を結う事しかできず、師匠の髪の上に振り落ちた葉っぱすらも、とってあげることができなかった。

また手も小さいため、師匠の豊富な髪を結うとき、てこずる。


もっと大きな身長や腕や掌があったらな、と思った。







師匠の髪に似合うアクセサリーとはなんだろうか。


そう思った僕は、外出許可を得て色々な店をまわる。



―――師匠に差し上げたい。

装飾具店でその『火山の涙』と通称される珍しい宝石を見つけたとき瞬時に思った。


さまざまなグリーンとイエローが、反射と屈折 によってモザイク模様のパターンを構成した宝石を、師匠の艶やかで優しいリーフグリーンの髪につけた瞬間にはどんなに気持ちが満たされるのだろうと思った。


その別名、ペリドットと呼ばれる宝石には「あなたを守る」という意味があると、装飾具店の紳士に耳打ちされ、その宝石を主人にという気持ちにとりつかれた僕は、その日のうちに外泊許可をもらい出立の準備をした。



目的地はダダルシア砂漠にあるエルラ・モレ火山。

そこには、『火山の涙』と呼ばれる良質の宝石がとれるという。



僕は風にただただ揺れていた稲穂だったからか、姿形が変わっても変わらず植物属性の精霊だった。

しかも、中級精霊なのにも変わらず、下級精霊だったころと同じ、姿隠しの術ぐらいしか使えなかった。

魔術を使用する機会があまりなかったからかもしれない。


今から向かう溶岩湖は、熱の気に満ちており、炎の精霊が多く住まっているところである。

当然だが、植物の精霊である己との相性は....



地面に顔をこすりつける。

故意ではない、燃えるようなカーディナルレッドの髪をした炎の精霊によってである。

(くらい)は同じくらいだが、如何せん相性が悪い。


「アヒャハ。ナゼ、植物のようなモエヤスイものがこんなトコニ。」 

相手は至極愉快そうな顔でそう声を発しながら笑っている。僕の黄金色の髪はすでに毛先が全部焦げている。

炎の精霊の性質として残虐という性質を思い出す。。


「シカモ、弱い。弱いのにバカであったなら死ぬのがツネであろう?」

ちっとも悪意もない顔で当たり前のようで炎の魔法を練る。

抗うこともなく、踏みにじられる己という存在。



背中が焼け付くのを感じながら僕は


―――もっと師匠の傍にいたい。

と強く祈った。



その瞬間、僕の体の表面から、黄金色の槍が飛び()で、

先端に実る鋭利な飛礫つぶてが、炎の精霊を襲う。


「な……ナンダ……痛いっ。」


僕はそうして、稲穂を実らし、モミを飛ばすというなんとも言えない技を得たのである。


そして、体は10歳未満の時のものではなく、剛健な感じのする丈夫でがっしりとした男性体となっていた。



俺はいつの間にか胡散した炎の精霊なぞ、もう頭には残っておらず、

ひたすら背が伸びたこと、手が大きくなったことを何度も体を確認しては喜んでいた。



しかも、たかが稲穂の分際でこう思ったのだ。

幼体の頃は、性というものが存在しない。

そして、こう成体になった時、


―――師匠と異なる性になれて良かった

と。




もう後、数分歩けば、溶岩湖へつく。

成体になり、体力は体感で以前の10倍は増えた。

股下も長くなり、歩幅が広がり、この調子でいけば早く師匠のもとへ帰れると笑みがもれる。


溶岩の溜まりが見えてきたところに、赤い鳥居を発見した。

これが、文献でみたところか....。


「おお。珍しく訪問があったもんじゃな。しかも植物の精霊とは。ここ一帯がどこか分かっておるのか?さては、お主ひどいドMだな。」 

がっははと豪快な笑い声が乾いて熱気をおびる灰を舞わす。 


そこには、たくましい腕を組んだ豪快な笑みを浮かべる屈強な体を持つ男が鎮座していた。


「俺の名は、イフリート。炎が燃えるのは、まぁ、俺様のおかげだな。」


―――道理で凄まじい威圧感を感じるわけだ。 

イフリート。その名は有名な誰でも知っている炎の上位精霊をさす。





「なに。師匠とやらに、アクセサリーをあげたいって。」

いじらしいね、萌えるーっといって、男性らしい精悍な顔立ちを崩してニヤニヤしている。

灼熱色の髪は先が燃えており、時々火の粉が舞っている。


「イフリート、またの名を情熱の愛を司る魔人とも俺は呼ばれている。面白いじゃないか。しがない稲穂殿の健気な思い、応援してやろう。」


そう言って、イフリートは人差し指をくるんと回し、俺に生気をかけた。


「お主に生気をかけた。思いはあったが、感情がないと恋愛は盛り上がらんからな。ついでにこの魔法もやろう。」


+++魅了の魔法。



鳥居からでて、溶岩湖へ向かう。


魅了の魔法……。

僕の方へ、何度も振り返る師匠。僕を見る目は-。

浅ましいことに、魅了の魔法を師匠に使いたくてたまらないと僕は熱が伝染したかのように思う。

サクサクする火山灰を踏みしめながら、頭を横にふる。

そんなことあっていいはずがない。

人の心を操作するなんて―。


涼しい風が、熱い僕の頬を冷やかすように撫でる。

胸が苦しい。



違うんだ。

僕は、師匠に魔法で好きになってもらいたいんじゃない。

―――ただ。ただ。


そう思考を巡らしているうちに、火口についた。

波打つ溶岩がただひたすら熱い。落ちたらひとたまりもないだろう。

あふれ出る溶岩流に混じる固形の宝石を、僕は先程イフリートからもらった溶岩でも溶けない柄杓(ひしゃく)ですくう。


合計4つ、きれいな石を手にいれた。

一つ目は黄色と緑色の混じったフォルステライト。

二つ目も同じく、似た色合いのフォルステライト。

この二つで髪を可愛く結ってあげたい。


三つ目は装飾具店においてあったものの4倍の大きさを誇る、透明感の強い褐緑色のペリドットだった。

これであれば、華奢な金の鎖などにつけ師匠の白い胸元に飾るのによいだろう。


4つ目は、ペリドットか分からない。

太陽を照り返す眩い光を力強く照り返す、美しい輝きの宝石だった。

この宝石はどう加工しようか。




柄杓(ひしゃく)をニヤニヤしたイフリートに返却した後、俺は宝石加工店へ急ぐ。


「良質なペリドットですね。どれも素晴らしい。!!これは、希少なダイヤモンドというものですよ。しかもこの大きさに純度、最高級のグレードだ。」

そう恰幅(かっぷく)の大変よい店主は、興奮して言う。


売りますか。かなり良い条件で買い取らせてもらいますぞと言われたが、売りますとはいえなくて、2つのペリドットを真鍮の金具をつけてもらい髪を結うものに装着してもらい、もう1つのペリドットは純金の鎖につけてもらった。



「師匠。ただいま、帰還しました。」

そういって、片ひざをつき礼の姿勢をとる。

見上げると、師匠は驚いた目でこちらをみていた。



「お、お前、もしや稲穂(いなほ)か?」

「そうですが。」

「そうですがってなんでそんなに大きくなっているんだよ。しかもお前男だったのか。」

師匠は口をパクパクさせながら慌てている。


「はい。先日までは幼体でしたので無性でございました。溶岩湖へ行く際に、炎の精霊と対峙しておりましたら、このような姿形になりました。」


「溶岩湖って。お前、植物の精霊なのになんでそんな相性悪いとこいくんだよ。自殺でもするつもりか。」

表情を窺うと、心なしか、師匠が怒っているような気もする。


「師匠。すみませんでした。師匠の緑色の髪に似合う宝石を見つけまして、それが高温でしか生成されないものでして、どうしても手に入れたくて……。」

そういって切なそうに謝ると、基本お人好し師匠は何もいえない。


「これが、目当てのものでした。」

2つの髪を結うアクセサリーを大きな手のひらにのせ、みせる。腕の良い宝石加工の技術を持った店主にかかり、きれいに宝石はカットされ眩い光を呈している。


「もう、お前は!もっと自分の命を大切にしろ。生きていたから良かったものの。」

心配したんだぞ、といって再び研究室に戻っていった。


僕は嬉しかった。

師匠が心配してくれたこともだけど、

僕の成体をみて、師匠は顔を赤くしていた――。




そして、湯浴み(ゆあみ)の時間だ。

2日外出していたことによって、師匠の髪に触るのは久しぶりである。


「師匠、湯浴みのお時間となりました。行きましょう。」

そう僕は師匠の研究室に赴いた。


「――無理っ!」

そう師匠は扉をバンッと閉めた。



師匠はこの姿が嫌いなのだろうか。


拒否されることが、悲しくて涙がでてくる。

師匠の髪を触り愛でることが僕の生きがいなのである。

そのために、上位精霊ともいわれる姿に、稲穂のひと房からなったともいえる。


「って、なんでお前は泣いてるんだ。」

師匠は困ったように肩に優しくぽんと手を置き、


「体は大人になっても、中身は全然変わらないんだな」

と朗らかに笑った。




結局師匠と一緒に湯浴みをしにいき、

久々に師匠の髪を丁寧にたくさんの泡をたて洗った。

二日間という短い期間であったが、髪が少し疲れているような気がした。


「師匠……ケア怠っていたでしょう。」

そう香油を師匠の長い髪につけている時、僕は言った。


そしたら、師匠が少し怒ったように言い返す。

「そんなことない。お前が外出するのが悪いんだ。」


こちらを振り向いて。


そして、ぎょっとした目で再び急いで前へ振り返る。


―――どうしたのだろう。


師匠は、耳も首筋も真っ赤になっている。

そして、のぼせた!と一言いって、浴場から去っていった。


もしかして、これかな、と自分の立派になった胸板をみる。


だったら……嬉しいな。



誘惑の魔法なんて使わない。

少しずつでいいから、異性として意識して欲しい。



そう僕は、寝ている師匠のなめらかな髪をそっと撫でる。


肌に心地よい風が、カーテンをめくり、そこから見事な満月がみえる。

幼体の頃から、唯一使える姿隠しの術を使い、ベッドで寝息を立てる彼女の髪を優しく撫でるのが日課であった。



気持ちが生まれてから思う。

この感情はなんだろう。

慕情。恋。愛。――独占欲。



僕は師匠……あなたを愛してしまっている。






その日、師匠当てに

「偉大なる魔術師、エルグリーンへ。

わはは。覚えておるか、貴殿の親であり国の母でもある、メラルドである。

父もたまには、王宮に顔を出してくれないかなと寂しそうに宰相に呟いていたぞ。

おぬしも良い年齢であろう。

そろそろ伴侶を見つけても良いのではないかと思いこうして手紙をしたためた。

って待て待て、破くんじゃない。


おぬしも魔術師といっても、一応は王族である。

務めは果たしてもらうぞ。」




という手紙が母君からきたらしく、

僕を連れ添って、王宮へ向かう。




そして王の間へ通された。

「エルグリーン、よく参った。久しぶり!!お父さん寂しかったんだよ~!」

と威厳のある顔立ちにうれしそうな笑みを浮かべる。


「―――お父様、この手紙はどういうことですか。」

師匠は怒気を隠そうともせず、父上殿を鋭い語気で一刀両断する。



「エルグリーン、お父さんはな―。


孫が早くみたいのだ。」



相手は色々考えていると、数え切れないぐらいのお見合い写真を宰相がもってくる。




「お、おい。稲穂きいているか。」

師匠と家路に着くまで、僕は考え事をしていた。


師匠は、魔術師とはいえ人間である。

僕は、精霊。


果たして、子どもを作る事は可能なのだろうかと思った。


「師匠は……結婚するんですか?」






頭を悩ませた僕は恋の相談役イフリートに相談した。


「師匠が結婚するかもしれない。」

深刻そうな顔で相談するとイフリートも重たい息をはいて同じく深刻そうな顔をしている。


「父上殿は選りすぐりの男を数名用意しているとのことです。」

国王が選ぶのだから、本当に素晴らしい男性ばかりなのだろう。


そんな嫁にいく師匠に僕は、侍従としてついていくのだろうか。

伴侶とはにかむ彼女をみて、僕ではない他の男を熱い眼差しでみる彼女をみて僕は果たして平常でいられるのだろうか。もし彼女の白い体につく、紅い所有印でもみたら―


ちくしょう。気が狂いそうだ。


彼女の髪を触るだけでは、もう足りなくなっていた。 


「お前も、そんな無害そうな顔して―――師匠とやらを自分のものにできるなら手段を選ばないって顔しているぜ。はは。お前みたいな独占欲の強いやつ嫌いじゃないぜ。」

色々考えるから待て。とイフリートは言う。




「師匠。1ヶ月程遠出してきます。」

そう僕は師匠に告げた。

今まで僕は彼女と離れた事はこの間、ペリドットをとりに来た時の2日が最長である。


「1ヶ月もか。」

「はい。絶対帰ってきます。」


―――お願いだから、その間誰のものにもならないで。


そう耳元でささやいて俺は彼女の左手の薬指に口付けた。


戻ってきたら、もう―――離れませんから。






「あー、思い出した。そうだ。森の精霊王のエント爺がそろそろ引退するっていってたな。お前、跡継がせてもらったら?流石に精霊王になったら、国王も文句いわないだろう。」

そうイフリートは良い思いつきをしたと満足気な笑みを浮かべた。



僕は今、森の精霊王が住む様々な樹木が茂る神聖な森の中を必死に進んでいる。

両手で大きく伸びた草を掻き分ける。


あっという間に、持ち物の携帯食は無くなり水もない。

食事は肉厚なサボテン、水分摂取は近くに透き通った泉があったのでそこで済ませた。


もう何日放浪しているんだろう。

途中で、パックリ口をあけた植物に丸呑みされそうになったり、のびた蔦に四肢を拘束され、体中によく分からない粘液をかけられたこともあった。

腕は、鋭い切り傷と、その跡でいっぱいである。



何よりも時間がたってしまっている。

おそらく20日はたっているだろう。

あと、10日。


今日も四方を探した、洞窟の中も、湖の奥も。森の隅から隅まで。



もし彼女が別の男になってしまうとしたら、僕は後悔してもしきれない。


僕は静かな森の夜に願った。

大きな切り株に腰をかけ、体を休める。



―――そう。あの爺。わしを見つけられたら、次代の精霊王にしてやるって言ってたな。爺を森の中に隠したら見つかるはずがないんだけど。

とイフリートがいっていた通り、探すがなかなか見つからない。



「はぁ。精霊王みつからないな。急いで帰らなきゃいけないのに。」

俺が月夜に静かにエルグリーン……と呟くと背後から、地響きが聞こえる。


「ぐあはは。恋する精霊には勝てのぅて。わしが森の精霊王エントである。」

後ろの切り株が、かくれんぼに負けてしまったといって照れくさそうに伸びた枝で頬をかいた。





そうして、僕は稲穂から、森の精霊王になった。

具体的にどういう力を引き継いだかというと、全、植物を司る力である。







「帰ってこないかと心配したじゃないか。」

そういって、師匠がギュッと抱きしめてくれた。

黄緑の瞳には、うっすら涙が浮かんでいる。



僕は

「森の精霊王になってきた」と胸をはっていう。

彼女は、

「なんだかよく分からないけど、お前傷だらけじゃないか。手当てしてやる。早く来い。」

といって、僕の手をひっぱる。


そうして、僕は全身が傷だらけだったのであっという間に、包帯だらけにされてしまった。

その後、久しぶりに、師匠の髪をゆっくりと丁寧に梳かした。

彼女もされるがままにしている。


こうしている時間がとても幸せで、僕は師匠を後ろからそっと抱きしめた。

艶やかな髪にと接吻を繰り返す。







「お、おま、マジで森の精霊王になったの!!すげぇ。スゲェよ。」

イフリートが一緒になって喜んでくれた。

お前みたいに一途なやつ。師匠とやらは本当に幸せな女だよ。

こんな、ハッピーなニュースくれただけでもあの時、お前に声かけて良かったよ。まさか。お前がな、と嬉しそうに笑った。




僕は緊張の面持ちで、

国王夫妻に対面する。


「次代、森の精霊王になりました。稲穂(いなほ)と申します。」

そう礼をした。


「森の精霊王殿、そう頭を下げないで下され、我々にとって高貴なお方で、大切な客人なのだから。」

そういって、国王は慌てて腰をあげる。


「稲穂殿。次代精霊王就任のお祝いをしたいと思う。ささやかながらプレゼントをしたいのだが何がいいかな。」


「願いを叶えて下さる―というので、あればどうしても一つだけ欲しいものがあります。」


「なんだね。」


「―――娘さんを僕に下さい。絶対に、絶対に大切にしますから。」

僕は今までの経緯を国王夫妻に話す。

国王夫妻は拙い僕の発言に、真剣に耳を傾けてくれている。


僕は、倉庫に落ちているとるに足らない稲穂だった。

師匠に偶々ほうきのような精霊にしてもらい、その後自分の意思で(くし)へと変化した。

彼女の髪をもっとアレンジしたいと祈り人型の中級精霊に位をあげた。

きれいな宝石を彼女にあげたいと思い、溶岩湖にいって死にそうになった。

傍にいたいという気持ちだけで、また成長できた。

彼女が結婚すると聞いて、イフリートにどうしたら彼女に釣り合うか相談した。

それで、森の精霊王に会いにいった。


「ほう。あの時、確かに瞳の色は変わったし、纏う気も変わったが、娘の隣におられた方である。」

そういって、国王は

「娘が誰かを、取り分け異性を隣に置くだけでも、珍しいと思ったもんじゃ。」と呟いた。


「案外両思いなんじゃないだろうか。」

そして、娘はやろう、大事な娘だ。これからも大切にしてくれと許しをもらえた。





僕は家に帰り、師匠は扉の前で待っている。

最近、師匠は僕が外出すると甚く心配し、帰る時間に待ち構えているのである。


「師匠。ただいま。帰りました。」

僕は、また片ひざをつき、礼の形をとる。

彼女は、別に待っていないといって、早く私の髪を梳かせと急かす。


こういった日常が、僕の心のキャンバスに色をつけていく。

自然と笑みがこぼれる。


その日も、彼女と一緒に湯浴みをした。

僕は師匠の髪に香油を塗りながらいう。


「僕は師匠のこと愛しています。」

彼女は、僕からそんな言葉がでると思わなかったのか、驚いてこちらを振り向き。

また真っ赤になって前を向く。


「師匠のためなら、何でもできるよ。」

そういって、師匠の傷一つない背中を大きな腕で抱きしめる。




―――師匠は愛してくれますか。

僕を男として。





「―――とっくの昔に愛してるわよ。一人の女として。」

そう全身を茹でだこみたいにし、気の強そうな黄緑の目でこちらをみつける。


「はっきりいって、こんな妙齢の男女が裸体でないとはいえ、湯浴みをしている時点でおかしいでしょ。もう、大好き……な、お前のそんな姿みせられて、一人の女として、どんなもどかしかったことか。お前は、髪を撫でるばかりだしな。」


お前に髪を撫でられるのは勿論好きだしな、と言った。




つまり、父上殿がおっしゃった通り、両思いだったのだ。 

ぎゅっと師匠の柔らかな身体を抱き締める。







その後、多くの国民や精霊に祝福され、盛大な結婚式を行った。

以前、手に入れて手持ち無沙汰にしていたダイヤモンド、それに精霊の守護のまじないをいれ台座をつけ指輪にし、彼女の左手薬指に通す。

はにかむ様な笑顔を浮かべている。それを含め、彼女のウエディング姿は、それはそれは綺麗で。上書きするように恋をした。

彼女も心なしか顔が紅い。


もちろん、友人である炎の上級精霊であるイフリートと、元森の精霊王で尚且つ俺の新たな師匠もお祝いしにきてくれた。

近くで「よ、色男!」と言いつつ、ひやかすような目でこちらをみる。


「お前の恋の炎が消えない限り、俺は愛ってものを信じられそうだ。」

そう親友のイフリートは満足げに腕を組んでいる。

「面白い。わしは、まだまだ長生きするぞ。」

と元森の精霊王は生きる気力が満ちたのか、花嫁と花婿に白い花をお祝いのように降らす。


国王は鼻水をたらして泣いており、それをみて彼女のお母さんはあきれている。

「嬉しいけど……さみしいよ。メラルド……どうしよう。」

自分の妻の胸元に顔をうずくめ泣いている。





そんな光景をみて、彼女と目を合わせて笑う。



――僕はとても幸せだ。




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