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梨可子は国木田の汚れた革靴から埃にまみれている頭髪まで見回して嫌悪感をあからさまに表した。
「何の用なの」
「駅前の、スーパーでの事件のことで聞きたいことがありまして・・・、ご存知ですよね」
「ええ。私に?どうして」
国木田は梨可子の妙な落ち着きぶりをいぶかりながら玄関の敷居をまたいだ。
「スーパーから飛び出して来たあなたを目撃した人がいまして是非店内の状況を詳しく教えて頂きたいのですが」
「教えるも何も店に入ったら血だらけで死んでいる人もいたし、誰だって怖くなって逃げるでしょう」
明らかにやり過ごそうとする梨可子の態度に苛立ちを覚えながら足元を見ると男物の運動靴に気づいた。
「それからあなたの他にもう一人・・・」
国木田はそう言いながら断りもなく梨可子の静止を無視して部屋の中にあがった。
壁にもたれながらお茶を飲んでいた徹は人の気配に振り向く上から見下ろしている国木田がいた。
「お前、名前は」
「は?」
「スーパーでの事件は知っているだろう。そのことについて話して貰いたい」
傍若無人なその態度に憤りを覚えた徹は徐ろに言い放った。
「どんな人でも人を見下して偉そうにしていたら相手にするな。そんな奴はたいした人間じゃ無い。どんなときでも礼儀正しくしろって、俺のばあちゃんが言ってた」
国木田はバツが悪くなって頭を掻きむしりながら徹の目の前に胡座をかいた。
「俺は国木田修二。警察だ。今日の昼、スーパーで六人が死んで十人以上が病院に担ぎこまれた。早くイカレタ野郎を捕まえなければ更に犠牲者が増える。何でもいいから教えてくれないか」
徹はその言葉に驚き言葉を詰まらせていると梨可子が国木田の背後からペットボトルの水を渡した。
「警察もたいしたことないわね。こんな田舎でそれも真っ昼間に殺人鬼を取り逃がすなんて」
国木田は苦い顔をしながら言い訳をする。
「逃すも何も、正面からも裏口からも野郎は出てきた形跡は無い。犯行当時スーパーには野次馬が取り囲んでいたからな」
徹は訳が分からず椅子に座っている梨可子を見た。
梨可子は関心無さそうにノンアルコールビールを煽っている。
「スーパーの中に犯人が居なかったんですか」
国木田は「ああ・・・」と肯定しながら水を飲んだ。
「実はここに来る少し前報告を受けたんだ。病院に担ぎ込まれた被害者の中であんたらが犯人と格闘していたってね」
徹は必死に平静を装って視線を移すと梨可子は平然としたままゲップした。
「けどその被害者は直ぐに気を失って、しばらくしてから光りを見たそうだ」
「光り・・・」
徹が繰り返し、国木田は確信を持った口ぶりで呟いた。
「その光は野次馬も確認している。恐らく殺人鬼のクソ野郎はその中に消えたんだよ」
「どういうことですか」
国木田は徹の質問をはぐらかすように答えた。
「そう言えば名前聞いて無かったな」
「え?ああ・・・、水上徹といいます」
「ミナカミ、トオル・・・」
にじり寄った国木田は舐めまわすように徹を見た。
「お前晃平の息子だろう」
突然告げられた父親の名前に徹は怯み肯定とも否定ともつかない態度を示した。
「やっぱりそうか。お前と会うのは今日で二度目だな。もっとも最初に会ったのはお前が澄子さんのおっぱいを吸ってた時だから俺のことなんか知らないだろうが」
「あなた晃平さんとは親しかったの?」
梨可子が割って入った。
「大学で同期だった。とは言っても親しくなったのは卒業してからだけどな。贔屓にしていた居酒屋が一緒だったのさ。そういう先生は」
「私は澄子さんと・・・」
二人の会話を狐に摘まれたような顔で徹が聞いていた。
「あるところで一緒だったのよ。尊敬する先輩ってとこね」
「あるところ?それは何処のことだ」
「あなたがここに来た理由とそのことと何か関係があるの?それより用事が済んだなら帰ってくれないかしら」
国木田は大きくため息をつきしばらく沈黙した後ようやく口を開いた。
「俺はなここ数週間の間にこの町で起こっている様々な諍いごとと今度の事件が繋がっているんじゃないかと思っているんだ」
「どうして?」
「留置場に打ち込まれた奴等の目が一様に尋常じゃない」
「薬でもやってんじゃないの?」
「タバコいいか」
「ダメ」
国木田は喉を唸らした後水を飲んだ。
「全員検査しているからそれはない。殺人鬼の野郎も同じ様子だったらしい。あくまで俺の勘だから間違っているかも知れない。けれどこの町で今何かが起きていることは間違い無い」