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男の目は黄色く濁、土気色の頬は窪んでいた。
異様な雰囲気を漂わせながらふらふらとスーパーのホールに立つと、周りをゆっくり見回し、引きつるように笑った。
店内には買い物を楽しんでいる人々の心地よいざわめきに包まれている。
野菜を選んでいる人、洋服を子供にあてがっている人、喫茶コーナーでお茶を飲んでいる人、休憩所で雑談を楽しんでいる人、キッズコーナーで目を細めている人・・・。
男は竜虎の図柄のシャツを肌蹴させ、腰から拳銃を取り出した。
店内の客は誰一人その男の動作に気づかずかない。
突然「パン」と何かが破裂した音が店内に響いた。
風船でも破れたのかと客の数人が辺りを見渡した、その瞬間悲鳴が轟く。
うつ伏せになっているお婆さんの頭から大量の血が流れていた。
事の重大さを理解した人々はパニックになって逃げ惑う。
男はその状況を嘲笑うかのように引き金を引き続けた。
出入り口が人で塞がる。銃声が鳴り、ガラスのドアに血飛沫が飛んだ。
男は振り返り銃創を取り替え更にうち続けながら懐のタガーナイフを片手に持って奇声を発しながら奥に逃げた人々を追った。
スクーターに乗りながら徹はスーパーを覆う金色の煙のようなものに気づいた。
「なんだ、これ・・・アウロってやつか」
スーパーを遠巻きに人垣ができていた。
状況が分からない徹は正面にスクーターを止めて中にはいろうとしたとき血塗られたドアにたじろいた。
それでも徹は無意識にドアに手をかける。
(あなたには責任があるのよ)
梨可子の言葉が頭を過ったとき背中に視線を感じ、振り返ると一瞬薫が人垣にいたような気がした。
店内には生臭い血の匂いが充満し、突っ伏して動かない人、呻き苦しむ人、助けを求め喚く人、子供の泣き声。
そして澱んだ空気に粒子漂い、その男に吸い込まれるように渦を巻いていた。
徹は床に打ち据えられたようにその場に立ち尽くした。
(アウロを体内から出したらいけない)
梨可子の声だ。徹が一瞬気を取られたとき男は振り向きざまに引き金を引くと銃弾は徹の腕を掠った。
徹は床を転げ激痛に耐えながら半身を起こすと額にナイフを向けられていた。
「お前か。さっきから気持ち悪い気を振りまいていた奴は。気にいらねぇ・・・」
まるで死人の眼だ。どろりと濁り、生気が無い。男を取り巻いているアウロ首筋から体内に吸い込まれている。
徹の体は硬直し身動きがとれない。ナイフの切っ先が僅か眉間に刺さり、血筋が頬を伝った。
(くそ!やられる!)
観念して目を瞑ったそのとき背中に圧力を感じた瞬間、その圧力はすぐさま徹を掠め男にぶち当たった。
目を開けると梨可子が銀色の房が揺れている短刀を男の肋骨の下から鋭角に突き刺していた。
「リカ・・・先生・・・?」
男は呻き声をたてながらぐったりと崩れ落ちた。
梨可子は平然と短刀を抜いて鞘に収めて言う。
「さあ、行くよ」
「リカ先生、いったい・・・」
「ぐずぐずしないで!警察が来たら面倒になるわよ」
徹は腕を引っ張られ、横たわっている人たちを尻目に外へ出ると反対車線に黒塗りの車が居た。
梨可子はそれに気づき、軽く舌打ちをしながら自分の車に乗り込んだ。
「先生!どうなってるんだよ!俺、なにがなんだか・・・」
うろたえる徹に梨可子は突き放すように言った。
「説明は後!とりあえず学校に帰って」
徹は騒然となっている街で呆然と辺りを見回した。
悲鳴と怒号が木霊する。救急車のサイレンが頭の中に渦巻き、犠牲になった人々の無念の叫びが体内に流れ込んで来た。
「国木田さん!今度は駅前で・・・・」
国木田はタバコを土埃が立つ地面に投げ捨てて革靴の裏で火をねじ伏せた。
包丁を振り回していた男は手錠を見詰めながら、車の中で、笑った。