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徹の理解の範疇を超えていた。
藤崎薫とは一体何者なのか。果たして人間かのか?
徹以外のクラスメイトは薫を不振には思っていないようだ。
最初にイメージが脳に投影されたときのことを思い出した。
まるで宇宙の歴史を見せられているかのようだった。
地球の人とは思えない形の生物。古代のような風景。落ちてきそうな巨大な月。
宇宙の存在。自分の存在・・・・。
「アウロって何だ?。あの白いやつか・・・?」
石段を降りてきた徹を結が無表情に見上げていた。
「ここで何してるのよ」
どうせ説明しても解らないだろうし、説明することも面倒だ。
「期末テストがうまくいきますようにってお願いしてきたのさ」
「馬鹿じゃないの」
「・・・あ、ユイ、ペダルのあたりが!」
「壊れてないわよ」
「ああ、なんともない、な・・・」
暫く二人は無言で歩いた。造り酒屋を過ぎ、道路を挟んだ向いのスナックに漁を終えたであろう漁師が一人入っていった。
郊外に大手のスーパーができて古くからの八百屋も、魚屋も煤を被ったように寂れてゆく。
この町に来てから五年が過ぎた。その間は平穏で退屈な日々だったが父親の元へ帰りたいと思ったことなど一度も無かった。むしろここでの暮らしの方が安らぐ。
しか平和過ぎる暮らしがここ数日の出来事で一変しそうで粗底知れぬ恐怖を感じていた。
「この間トオル君の家に行ったらおばあちゃんにこれ貰ったんだ」
結がバックからお守りを取り出して見せた。
「お母さんに言ったら大事に持ってなさいって。お母さんね、トオル君のおばあちゃんに助けられたんだって」
結の母親が高校生のとき原因不明の病気にかかった。どこの病院に行っても心配ないと言われたが納得できず、やむなく結の祖母がナオに相談したところすぐさま病気の原因を言い当て、
後日大学病院でその通りの場所に腫瘍が見つかった。
「なんか凄いよね。トオル君もそんな才能あるの?」
「ねぇよ」
そのとき、大気から伝わる鋭利なものを徹は感じた。四方を見渡しその方向を探す。
「トオル君どうしたの?」
「何か、感じないか」
結は訳が解らず「何も」と答えた。
漁港に近い古くからの住宅街。
飯塚聡史の家はその一角にあった。
「今のところ何も異常はありません。外出したのは今朝コンビニに行ったくらいでその後は・・・はい、あ、ちょっと待って下さい、あれは・・・」
飯塚聡史の家から少しはなれたところで私服の警官二人が車の中にいた。
助手席の男が携帯電話で報告をしている。
「山下良子です。間違いありません。はい、様子を見ます。」
良子が聡史の家の前で中の様子を伺い、中に入ろうかどうか迷っていたとき不意に玄関の扉が開いた。
出てきたのは聡史の母親だった。
「あら、良子ちゃん。どうしたの」
そう聞きたかったのは良子のほうだった。目は落ち込み、頬はこけ、肌にも髪にも艶が無かった。
「あのう、お兄ちゃんは・・・」
母親は俯き力のない声で言った。
「ほんと、どうしたのか・・・。戻って来てからずっと部屋に閉じこもったきりで・・・私もここ何日かは口も聞いていんだよ」
良子は下唇を噛んで肩を落とした。
「私、水上のおばあさんのとこに行ったんです。これ預かって来ました」
そう言って和紙に包まれた護符を渡した。
「ばあちゃん、何か言ってなかったかい」
「出来たら連れて来いって」
「そうできたらねぇ・・・」
良子は会釈して聡史の部屋がある階段の上を暫く見た後別れを告げて帰って行った。
車の中の男が良子を目で追い電話で話している。
「いま、帰りました。ええ、もう向の自宅に入りました。はい、引き続き張り込みます。何かありましたら直ぐ連絡します」
部屋は黄金色の空気が満ちていた。
その中で聡史はカーテンを締め切って机に向かっていた。
「もう少し、もう少し・・・」
目の前には高校の卒業アルバムと幼い良子が写っている写真が置かれている。
「まだ、・・・もう少し・・・」
虚ろな眼をしているがその奥には研ぎ澄まされたナイフのような危うい光が宿っていた。
一階の居間では先ほど良子から貰った包みを母親が開く。
お札と榊の葉。
神棚に上げようとその葉を取ると一瞬にして茶色に変色し、はらはらと指の間から零れ落ちた。
そして、外ではもう一人、警官の他に家を見張っている男がいた。