-2- 予兆
結は学校を終えると川沿いにある徹の家に向かっていた。
高校から歩いて30分ほどであるし、自宅に帰る頃には陽が暮れているかと思うと気が重くなった。
今では珍しい茅葺の家だが庭先も壁板も綺麗に手入れされて清潔で、玄関先で丸まっている猫の欠伸もあってか何故だか懐かしさを感じた。
「ごめんください・・・」
扉を引くと夕飯の匂いが漂っていた。
奥から「はいはい、ちょっとまってね」と声がして、その声の主が布巾で手を拭いながらやって来た。
「あら、いらっしゃい・・ええっと・・確か徹の友達の・・・」
「結、和泉結です」
「あ、そうそう、ユイちゃん」
徹の祖母、ナオは割烹着姿で上がりかまちに膝を折った。
「あのぉ、トオル君は」
「まだ帰ってないけど・・・」
「そ、そうですか、あの、これ、期末テストの予定表と、学級のしおりです」
ナオは険しい顔になり鋭い目で結を見た。
「まさか、徹、また学校さぼったんじゃ」
「あ、いえ、あのぅ・・・来たんだけど、途中で、そのぅ・・」
「まったく、あの子は、何考てんだか」
結はバツが悪くなって言葉を詰まらせた。
家の中はテレビの音もなくナオのほかに人の気配が感じられない。
「じゃぁ、私・・・」と帰りかけたときナオは結を引き止めた。
「ユイちゃん、最近、何か、変なことはない?」
結は不意をつかれきょとんとした。
「変なことって?」
「例えば、肩や背中が重くなったり、子宮のあたりに何か違和感があったりとか・・・」
「そっ、そんなことないですよ!」
何を言われているのか理解できない結は必死で否定した。
「そう、ならいいけど・・・ちょっと待ってね」
ナオは奥の部屋から何かを持ってきて結に手渡した。
「これはね、お守り。それから、何かあったら直ぐここへおいで。いいね」
掌に収まる大きさの和紙の封筒。結は訳が解らず「ありがとう」と言って外へ出た。
「なんなんだろう、いったい」
封筒の中には朱色の印に難しい文字の書いてある紙と榊の葉が一枚入っていた。
結はそれを鞄に入れ暫く歩くと足がだるくなり急にムカムカしてきた。
「トオルの馬鹿!自転車返せ!!」
蹴った石ころは青々とした田んぼにポチャンと音をたてて沈んで言った。
陽は暮れかけ蛙の声が辺りに響いた。
翌日の登校時、ある女生徒が奇声をあげて卒倒した。
周りに人だかりが出来、下駄箱の中を認めると刺さるような悲鳴の束が校内に響き渡った。
切断された犬の首が入れられていたのである。
緊急の職員会議が開かれて午前は全てのクラスが自習になった。
生徒の仕業か、部外者によるものか、職員の間で議論されたが犯人探しは後にして職員達は警察の到着をまった。
「しかし、いったい誰の仕業だ?もしかしてお前か?」
健二が机にうつ伏せになっている徹に言った。
「あほか、俺がそんなことやる理由を言ってくれ」
「冗談だよ。まぁお前が朝から学校に来てること自体奇跡だからな。何か事件があっても不思議じゃねぇ」
徹は大きな欠伸をしながらおもむろに起きた。
「やっぱ暇だ。来なけりゃよかった」
「なに言ってんのよ。もう直ぐ期末テストよ。ちゃんと勉強しなきゃ」
結が自習用のプリントを配りながら言った。
「いまさら勉強したって間にあわねぇよ」
面倒くさそうに頬杖をつき何気なく横を見た。
徹は窓際に座っている女生徒に気がつき怪訝な面持ちで見入っていた。
「どうしたんだよ、トオル」
「ああ・・あいつ、誰だっけ」
半ば呆れ顔で健二は答えた。
「薫じゃねぇか。」
「カオル・・・?いたっけそんなやつ」
「いたよ、ずっと。っていうか、お前ニ年になってから何日学校へ来た?クラス全員の名前言えるか?」
「ああ、いやぁ、それは・・・・」
進級してクラス替えがありほぼ半分は入れ替えられていた。
健二の言い分も分かるが名前は言えなくても顔は覚えている。
「まぁ、目立たない奴だし、あんまり俺も話しした事ないからな。」
校則で髪は束ねているが恐らく腰まであるに違いない。
肌は白く頬から顎にかかる曲線が艶かしかった。 好みはどうであれ美人だと言って反論する人はいないだろう。しかし薫という女生徒は何か人を寄せ付けないような雰囲気を漂わせており無表情で近寄りがたい。
そしてどこか胸の奥を締め付けられるような苦しさを感じた。
誰かに似ている・・・・。
健二はまだ薫を見ている徹の顔を覗き込んだ。
「惚れたか?」
「はぁ?違うよ!」
結は離れた席から二人のそのやり取りを苦々しい顔で見ていた。




