-11- 怨の法則
「どういうことだよ」
藤崎薫が転校生でないことは健二や結から聞いていた。
「あの娘が突然現れたとき徹君を探したけど・・・」
暗に無断欠席を責められた徹は決まりが悪くなり咳払いをしながらペットボトルを口に当てた。
「突然って、いつだよ」
「そうね、確か三日前?」
空から舞い降りた白い物体を海で見た日。
梨可子も同じ日に美術室窓から同じものを見たと徹に告げた。
「じゃぁあの白い粉みたいなやつが薫の正体なのか」
「多分、そう。でも正体は兎も角、肝心なのは認識の差。私と徹君以外彼女は自然と受け入れられていることよ」
久しぶりに学校に行ったあの日、同じ教室に居た薫という存在の違和感を徹は思い出した。
「リカ先生は薫のこと、どう思っているんだよ」
「どうって・・・」
発した言葉の後の沈黙の間、バザーで出会った澄子の笑顔を思い出した。
晃平と二人暮らしだったアパートに出入りしていたとき十代の澄子の写真を見た記憶を胸に収め、梨可子は突き放すように徹に言った。
「わからないわ」
「はぁ?なんだよわらないって。俺らがわかりませんって言ったら怒るくせに、先生だろう?ちゃんと答えろよ」
梨可子は眉間に皺を寄せ、怒りを抑えながら言い返した。
「あのね、私はこんなクソ田舎であんたみたいなクソガキ相手に好きで先生なんてやってるわけじゃくないのよ。わかる?私の気持ち」
徹は素直に「わかりません」と言い残してアパートを去った。
何年、何万年、数億年・・・・。
人間が作った機械での計測など意味はない。
蝋燭が溶けて行くようにDNAの一部が磨り減り、人間の寿命が尽きてゆく。
刹那、六徳、虚空、清浄、阿頼耶・・・・・
那由他、不可思議、無量大数・・・・・
それは宇宙空間を漂い、磁場に引かれて来る。
六十数年前。十年前。そして、現在。
それは記憶となる。
それは宇宙の未来となる。
それは生命の礎となり
宇宙すべての生命の記憶がそれになる。
山下良子がラップで覆ったボウルを抱え、自宅から車道を渡って飯塚聡史の家に走った。
遠く車中から見張っていた男二人は欠伸を噛み殺しながらその様子を見送った。
「あら良子ちゃんどうしたの」
玄関の向こうにある台所から聡史の母親が変わらない笑顔で良子を迎えた。
「これ、おすそ分けです」
ボウルの中には港から上がったばかりの小ぶりの鰈が三枚入っていた。
「あら、いつもありがとうね」
「あのう・・・、聡史お兄ちゃんは・・・・」
母親は言葉もなく、上を向きながら大きなため息をついた。
飯塚聡史はカーテンを閉め切った自室で布団に横たわっていた。
憔悴し口を開けて天井を見ていたが、何か身体の奥底からふつふつと煮えたぎるものを感じながらほくそ笑んでいた。