-10-
「何かって?」
梨可子が言う。
「さぁ分からん。だからどんな些細な情報でも欲しいんだ」
梨可子は椅子の背凭れに背中を押し付け、ペットボトルのお茶を一口飲みながら疑いの目線を送った。
「あなた、霊感とか超能力とか信じる?」
国木田も同じような目で答える。
「信じねぇな。そんなもん他人の心理を弄んで金を掠め取ろうとする奴ばかりさ。マジックで楽しませようとするならまだしも殆どが詐欺師だろう。俺はそんな奴は許せねぇ。宗教を笠に着て金を搾り取ろうとする奴等な特にな」
梨可子は懐疑と確信の間を揺らめきながら試すように言葉を発した。
「だったら私のことなんて鼻から信用していないんでしょう?」
「信用・・・」
国木田が言い淀む。そんなことなど考えないままこのアパートに来た。高校の教師と生徒がスーパーでの事件を目撃している。ただその場の状況を知りたかっただけだ。
しかし村上梨可子と自分とは宮島晃平と澄子という共通点がある。
「そんなことは・・・」
国木田は憮然と会話を聞いている徹を見て思った。
(そういえばこいつ水上って名乗ったな。それほど晃平を・・・)
国木田は一息つき、心を押し込めて梨可子の問に答えた。
「先生も澄子さんと同じような血筋なのか」
「まぁね」
「そうか。でもな俺はオカルト的なことは信じねぇ。けど例外はある」
「例外?」
「ああ。澄子さんは俺の恩人だ。彼女は利益なんてまったく望んでいなかったからな」
その言葉に梨可子の懐疑は晴れ「そう、だったら・・・」と言い出したのも聞かず、国木田は徹の肩を叩きながら立ち上がった。
「お前晃平を恨んでんのか」
「い、いや、そんな・・・」
「まぁ、いいや。けどな晃平は心底澄子さんを愛してた。それだけは分かっていてくれ」
戸惑う徹をよそに部屋を出て行こうとした国木田に梨可子が言葉を投げかけた。
「十年前のことを調べてくれない?」
「は?何故」
梨可子は徹を気にしながら答えた。
「何でもいいから。あなたも情報欲しいんでしょ?取引よ」
「取引って・・・。まぁいいけどよ、何を調べりゃいいんだ」
「今から丁度十年前にこの町で起きた騒動。私は私なりに調べてはいるんだけどやっぱり公式の資料が欲しいの。あなたにもきっと参考になるはずよ」
「分かった。調べておく。暇があったらな」
国木田はそう言い残してアパートを出て行った。
「さて、私も疲れたわ。話は今度にしましょう」
梨可子が飲みかけのペットボトルにキャップをねじ込む。
「いや、ちょっと・・・」
徹は虚を付かれたように慌て言い淀み、梨可子は心中を察した。
「私が澄子さんと晃平さんと知り合いだったっていうこと?」
「ああ。今までそんなこと一言も言わなかったじゃないか」
「別にいいでしょう。私は私。徹君は徹君。私が知っているのは澄子さんと晃平さん。私とあなたとは一年前に知り合ってそれ以前は他人よ」
梨可子の冷たいその言い様に徹は拳を握った。
「じゃぁ何であの時俺にあんな事言ったんだよ」
(いい?あなたには責任があるの。自覚しなさい。私も直ぐ行くから)
贖罪。その言葉と薫のイメージが梨可子の脳裏を掠った。
「それはね・・・。またにしましょ」
「どうして。俺は分からなことばかりなんだ。少しは教えてくれてもいいだろう」
梨可子は倦怠を顕にしながら再びペットボトルのキャップを開けた。
「徹君、何日か前空から降って来た物を見たでしょう」
「ああ。アウロってやつだろ?」
梨可子が頭を振りながら言う。
「いいえ。あれはアウロであってアウロでない」
徹は首を傾げる。
「藤村薫って生徒知ってる?」
「知ってるって、そりゃクラスメイトだし」
「いつから?」
出席日数を空で数えながら徹は答えた。
「それは・・・。ついこの間・・・」
「私もよ」
梨可子の言葉に徹は狼狽えた。