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メサイア  作者: 道人
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-1- はじまり

朝早く降った雨は昼前には止んだ。

またいつもの強い日差しが照りつけ、蒸発した雨の匂いで咽そうだ。

徹は乾きかけた岸壁に腰を下ろして青茶色の海を眺めていた。

穏やかで静かに波打つ水面を見ている限り圧迫されるような胸の痛みが徹を襲う事はない。

街は蒸し風呂のようで気持ち悪かったから海に来て正解だった。

時折清々しい風が体を通り過ぎると理由の知らない苛立ちも、得体の知らない不安も一瞬で

何処かへ消えた。

太陽が天頂に達したとき、徹は何気なく空を見上げた。

雨雲はすでに消えていて、白く軽やかな雲の間から何かが降っているのが見えた。

徹は目を凝らしその正体を見定めようとするが日差しが邪魔をしてそれが何なのか見当がつかない。

雨?水蒸気?いや、違う。

それは降ってきたかと思ったら空中でたちこめた後海面を滑るように移動した。

大きさも形も定かではないその物体は港に帰ってきた漁船をすり抜け、やがて陸に上がり音も無く鬱蒼とした山間に消えていった。

「あの方向は・・・」

徹は目を疑いながら傍らの鞄を取り、立ち上がった。

「やっと見つけた」

結が自転車に跨ったまま徹の背後で声をかけた。

「久しぶりに学校に来たかと思ったらこれだもの、さあ行くよ、お昼休み終わっちゃう」

「いいよ、ほっといてくれ」

徹は気だるそうに歩き出した。

「駄目よ。先生に連れて帰るって約束したんだから」

「大変だね、優等生は」

「何?その言い方。私はただ・・・」

「あ!たいへんだぞ、ユイ」

徹は自転車のペダル付近を指差して言った。

「え?どうしたの」

「このままじゃ、ほら、たいへんだ」

「なに?壊れてるの、え?」

結が自転車を降りてペダル付近を見入った隙に徹は素早く自転車を奪って走り去った。

「ちょっと!なにすんのよ!返して!」

「あとでな!」


結から自転車を盗んだ徹は颯爽と漕ぎ、海岸沿いを暫く走ったあと街中へ入った。

造り酒屋の角を曲がり、密集した古い住宅街の間を抜けると寂れた稲荷神社に着いた。

徹は自転車を鳥居に立てかけ石段を駆け上がった。

最初は勢いが良かったが境内に着く頃には膝が笑い酸欠で頭がくらくらしていた。

石の狐に両手を突いて息を整え、汗を拭い石畳を進んだ。

木々の葉で陽は遮られて肌寒く、かび臭い空気が漂っている。

大きく深呼吸し、波打っていた心臓が収まりかけたとき鼓膜を突き抜ける空気の緊張を感じた。

境内を取り囲む雑木林が震えるようにカサカサ音をたてて風が逆巻いたとき、辺りは一瞬にして暗闇になった。

体中がこわばり自分の吐く息の音がやけに大きく聞こえた。

眼球に力を込めて辺りを見渡す。

神殿の左側の祭事場が白く光っている。

徹は背中に重いものを感じながらその光に近づいた。

空気に抵抗を感じる。光は分散し、徹を包み込んだ。

重力から開放され上も下も、右も左も分からない。

目を開いているのか閉じているのか定かでなく、脳に直接イメージが投射された。

鬱積した光。猛烈に膨張する空間。光は放たれ、素粒子は自由を得た。

負の力で正の物質が寄り集まる。臨界に達したそのものは暗黒の空間に光を放射する。

徹は何かの強い力で引っ張られるように空間を移動した。

銀河、星雲、そして・・・・

(海?何か図鑑で見たような奇妙な生き物が泳いでいる・・・)

徹は海中に漂っていた。そしてまた、真っ黒な空間に落ち込む。

ふと気がつくとそこは静粛が支配している浜辺だった。

(なんだ・・・随分大きな月だな・・・)

辺りには巨大な羊歯植物がおい茂げっていた。

(俺は・・・俺の存在は・・・)

「意識が肉体に取り付いている意味は?」

誰かの声がする。女性の声?

「すべて、自由なはずなのに・・・」

「だから、何だよ」

「選択の時が、また来ました」

「何だよ、俺にどうしろって言うんだよ!」

イメージが脳に突き刺さる。

地球のものとは思えない町並み。、異形の人々、聞いたことのない言語、感じたことのない悲しみ苦しみ、怒り!

膨大な情報が一気に体内に入ってくる。

苦しい、痛い!

徹はいたたまれなくなり気が狂わんばかりに叫んだ。


「お兄ちゃん、何寝てんの?」

目を開けると小学生らしき子供が徹の顔を覗き込んでいた。

微かに風が吹いて葉がすれる草木の音がする。

徹は身を起こして境内を見渡した。

子供たちは徹の傍らに落ちていた球を拾うと仲間達と共に野球を再開して歓声を上げた。


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