閑話 柵勝の歪んだ欲望
side 柵勝
「くそ、くそ、くそがー」
とある研究所の一室。そこで男が地面を何回も蹴り、苛立ちを顕にしている。この男の名前は柵勝、三十六歳、そのわりには老けた顔で何を考えているのか分からない表情をしているなどから同僚からの評判は良くない。
「高屋、高屋、高屋ー」
彼が怒りを感じている相手はこの研究所、国立科学研究所の所長の高屋である。なぜ、彼がこんなにも怒っているのか? それは一人の女性の存在がある。が、その前にまず、彼の生い立ちについて知らなければならない。
柵は南歴千九百六十年、サイカイ地区のそこそこ大きい町に生まれた。小さい頃から賢明であり、十代半ばには町一番の天才と呼ばれた。その時の町長が彼をこの町で腐らせてはならないと、彼は特待生としてサイカイ地区最大の都市、サイカイシティにある有名な研究所に行くことになる。しかし、今の柵をもし町長が知っていれば、また違った未来になっていたかもしれない。
彼はそこでも他の人を寄せ付けないほど、成果を上げた。だが、その研究所には彼をも越える天才がいた。静波莉佳という女性だ。彼と年齢は同じで、美人であった。彼はそこで初めて、挫折を味わうことになる。彼の成果よりも静波の成果の方が上。最初は真面目に勝とうとした。睡眠時間を削り、余暇を減らし、研究を続けた。それでも静波には勝てない。そして彼の心をへし折った事件が起きる。静波の結婚だった。彼が二十歳の時である。
彼が生活を犠牲にしてまで続けた研究よりも静波が恋愛をしながら続けた研究の方が上。その事実に柵は堪えられなかった。そこから柵は真面目に研究するのを辞めた。彼は表面上は真面目に研究としていると見せかけて、裏では様々な工作をした。静波はそれに気づく頃には手遅れだった。
“科学界の大事件”と呼ばれる研究データ盗用事件、それにより静波は科学界を事実上追放された。仕組んだのは柵である。元々、静波を快く思わない勢力に接近し、金で懐柔。さらに静波に対し、嫌がらせを始めた。そして静波は科学界を去る。所長に就任した柵は名誉ある人生を送るはずだった。しかし、裏で暗躍し、静波の成果を掠め取った男に平穏など訪れない。静波を快く思わない勢力が自分に牙を向いた。数年、抗うものの、彼は国立科学研究所に栄転という名目で所長を座を下ろされてしまう。
国立科学研究所には静波クラスの天才ばかりだった。柵はそこで重要なポストにつけず、平研究員として働くことになる。一度、所長までいった男にこの生活は堪えられない。柵はとうとうこの世界の住民としてやってはいけないことに手を出した。それは悪の秘密結社との接触である。彼は国立科学研究所の情報を密かに渡していた。彼同様に平研究員に留まるのは嫌いだとする同士三人を味方につけ、ある計画をすすめるのである。
話は少し戻る。彼が真面目に研究しなくなったあと、彼はあるヒロインに恋をする。それが【聖光】である。彼が夜遊びの帰りに不良に絡まれた際、助けてくれた人物。一目惚れだった。彼は【聖光】のファンになり、追っかけになるが、長くは続かない。一年足らずで【聖光】は行方不明となる。彼は非常にショックを受けた。これも静波への嫌がらせを加速させる要因の一つになる。
彼が二十二の時、静波への妨害工作のため、ある人物に会った帰り、とんでもないものを発見する。万が一にも静波へバレてはいけないと崖の下を歩いていると、今すぐ死にそうな女性を倒れていた。その女性の顔を忘れることはない。半年前に行方不明になった【聖光】、近衛ひかりである。【聖光】を担いだ彼はそそくさに自宅へと帰っていく。
数日間、彼は看病し続けた。しかし、その間、【聖光】が目覚めることはなかった。彼は皮肉にも【聖光】を治療するため、努力することになる。その時、必死になっていた姿を静波が見ていた。もしも、静波に相談していればひかりは目覚めたかもしれない。けれど、彼が一年間かけて、出来たものは【聖光】を仮死状態にし、眠らせる装置だった。
それから十三年後、静波から掠め取った治療薬のデータ、国立科学研究所の知識から得た情報で作った薬によって【聖光】は目覚めることになる。しかし、妄信的な求愛行為に恐怖を感じた【聖光】が彼の元から逃げ出した。幸い、彼の手の者が捕らえ、牢獄に入れて動きを封じたが、【聖光】の存在がここの所長である高屋にバレてしまった。さらに最悪なことに高屋は【聖光】を洗脳したのか、自分の秘書として今、現在、ここの中にいる。
「はぁ、はぁ、はぁ、落ち着け、落ち着け。大丈夫だ。あいつから必ず取り戻すんだ」
柵は怒りを発散したことで落ち着く。そこにトントンと扉を叩く音が聞こえた。
「柵様、例のモノが」
「やっときたか」
入ってきたのは同士の一人である研究員。彼の手に持っているのはある悪の秘密結社のボスからの手紙である。
「……あの堕ちたヒーローめ。余計なことをしてくれる」
「ど、どうしますか?」
「これでいいと伝えろ。お前もこの作戦が終われば副所長なんだからな」
「は、はい」
手紙に内容は自分が想定していたのよりも酷く、思わず仲介役の人物の顔を思い出し、持っていた紙をくしゃりとさせる。それを見ていた研究員は冷や汗をかきながらも返答を聞いた。すぐに柵の返答を外で待機している仲介役に届けるため、研究員は柵の研究室を立ち去る。
「待っていろ高屋。今すぐお前から愛する【聖光】を取り返してやるからな」
第2章第15話で莉佳から見た柵が、書かれています。
次の話から第5章クライマックス【聖光】救出戦です。




