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1.雨のバス停

 本当の君はどんな人なのだろう。

 不似合いなフレーム越しに見せる、はにかんだ嘘のない笑顔、優しく響くシロフォンのような声色が心地よかった。

 でもバス停で見かける君は、いつも寂しそうで……


 君の本当の名前は?

 気づけば君を探していた。

 その意味さえ分からずに………





 空を覆い尽くす灰色の雲から、冷たい雨が降り続いている。

 傘の上にあたる滴が、パッタパッタと大きな音を立てる。今朝、コンビニで買ったビニール傘は、使い心地は悪くないが、その音が少し耳障りだ。

 以前から使っていたグレーの傘は、先週行った居酒屋の入り口で盗まれた。その傘は、祖母が“就職祝い”にと買ってくれたものだった。気に入っていたかというと、それほどではない。しかし、使い心地は悪くなかったので少し残念に思ったものだ。記念品と言う意味ではどうでもよかった。

 ただ―――――“またか”と思っただけ。

 俺が大切にすれば、ダメになる。

 とっくに諦めたはずなのに、いつもその現実に打ちのめされそうになる。こんな些細なことでも、そう結び付けてしまいそうになる。


 俺の名前は朝倉颯人(あさくらはやと)、28歳。大手商社に入社して3年目にして企画営業部で主任を務める。背は180センチ。ほどほど長い脚とまずまず整った容姿を持つ。そのため、無愛想な性格だが、なぜか言い寄る女は後を絶たない。

 それなりに楽しんで、面倒になれば捨てる。執着したこともない。そつなくこなす性格ゆえか、トラブルになったこともない。

 人から見れば世渡り上手だと言われるかもしれないが、所詮、その程度の面白味のない人生だ。

 最近は諦めを感じていた。


「いつも……雨の日なんだよな……」


 雨の音を聞いていると、昔の記憶が呼び覚まされた。

 両親が亡くなったのも雨の日だった。車の事故が原因だった。颯人はその時11歳。中学入学を目前として、飼い犬のミルクとこの世に取り残されることになった。

 その後、父方の祖母のフミに連れられ、伯母の家族と一緒に住むことになった。

 その存在には支えられたと思う。しかし……幸せな家族と触れ合うたびに、自分は一人なのだという思いは、強く心の中に感じていた。

 ミルクは俺にとって、残された唯一の家族だった。

 就職してすぐに一人暮らしをすることにした俺は、ミルクを連れていくことにした。大学の時にバイトで貯めた金では、ペット可の住居を探すのは大変だったが、それ以上にミルクは俺にとって大切な存在だったから、苦でもなんでもなかった。

 慣れない仕事や人付き合いに疲れて帰ると、ミルクがいた。それは何よりも心強く、癒されていた。

 しかしミルクとは時の流れが違う。

 高齢だったミルクも、一人暮らしをして2年も経つと、目が見えなくなっていた。歩くのもままならず、ほとんど寝て過ごすことが増えていた。

 そしてそんなある日、マンションから帰るとミルクは眠るように亡くなっていた。予想していた事だったが、突然の別れに大きな喪失感を感じた。

 俺はまた一人になったのだと。


 ……あの日も雨だった。



 ビニール傘に降り注ぐ雨を、ぼんやり見上げていた俺は、遠くに鳴り響いたクラクションの音にハッとして我に返った。

 そして何気なくバス停に目を向けた。そこで見知った姿を見つける。


―――――“彼女”だ。


 会社の一階に併設されているカフェ“スクラリ”の店員。社員なのかアルバイトなのかはわからないが、夜に行くと大概の日はカフェ(そこ)にいる店員だ。

 バス停に座る彼女は、小さな顔に不似合いな大きな眼鏡を下に向け、うつむき手元を見つめていた。いつも後ろに束ねられている黒髪はほどかれ、雨に濡れるのも構わず、足を延ばしてじっとしていた。

 この場所で彼女を見かけたのは、今日が初めてではなかった。

 カフェにいる時には見せない表情を浮かべ、佇んでいる。そしてそんな彼女を見かけるのもいつも”雨の日”だった。

 

 そして……―――――今日も寂しそうだ。

 

 彼女の名前は“アメ”という。しかしその名は、偽名だ。

 会社の併設するカフェ“スクラリ”の店員はそのすべてがあだ名であり、偽名なのだ。本名を探ることはタブーとされている。

“アメ”

 会社の連中はアメは食べる”飴”を指すと、噂していた。

 

 しかし雨の日に会う彼女は、寂しそうに佇む姿は、もっと別のものを連想する。

 彼女を見るたびに分からなくなる。


 君は……“雨”?





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