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3/3

Three

私の体は徐々に深海へと進むのがわかる。



徐々に空からの光が遠のいていく。



私はうつ伏せになって深海に目を向けた。



深海の暗さで、底を全く感じることができない。



だんだんと、水圧で息苦しさを感じてきた。



私は、「助けてほしい!」っとただ落ちていく深海の先に手を伸ばしていた。



ふっと・・・・私は背中を何者かの手で突っつかれるのに気付いた。



私は体をねじって、仰向けになる。



深海のために、仰向けになったはずなのに海面からの光すら見えずに真っ暗だ。



闇の向こうから一つの手が私に差し出される。



私はその手を握るとその方向に引っ張られるのが直感的に分かった。



しかし、方向感の無くなった闇にいる私は一瞬躊躇する。



その手の先にあるのは海面なのか、本当の深海の闇なのか。



でも、私は思い切ってその手を握った。



二択に強い寺岡くんだったら言うはずだ・・・・・・・その先は青い空と海だって。




ふっと夢と現実を飛び越える瞬間を感じた。



私は目を開くと、その先には病室の天井がある。



「最近、この夢が多い」と私がつぶやいていると、タイミングよく病室の扉をノックする音が聞こえる。



「どうぞ」私はせき込みながら言って、体を起こした。



外を眺めると日が暮れていて、すでに暗くなっていた。



「よぉ!ミカン持ってきたけど食べるか?」病室の扉が開くと寺岡くんの元気な声が聞こえた。



今日は平日だから、寺岡くんは学校帰りで学ランと学校指定のバックだ。



「食べる、食べる」私は病室のベットの上で足を組み、手を出してミカンをねだった。



そう言えば偶然なことに、確か私の取説の好きな食べ物にミカンって書いた気がする。



寺岡くんはミカンの入った袋を手渡し、私は中を見ると一個を取り出した。



「入院している割には元気そうだな」寺岡くんが言う。



私は笑顔で肯くが、少し咳込んでしまった。



私は夏休み終わってすぐの大学推薦に合格し、意気揚々といていると急に体を壊して入院することになった。



入院を宣告され、「いよいよ、私の人生も終わりか」という考えに一瞬ふけたのだが・・・。



長い夏風邪の上に大学推薦が重なって体がかなり疲弊してしまい、私は肺炎にかかってしまったらしい。



「咳大丈夫か?・・・・でも、18歳で肺炎って珍しいよな。肺炎って言ったら年寄りの病気ってイメージがあるけど」寺岡くんは心配そうな顔をしながら、まじまじと私を見る。



「医者が言ってたけど、今は若い人での肺炎も流行ってるみたいだよ」私はお年寄りと言われて、少しムッとなってしまった。



肺炎にかかって鼻が詰まってしまったのか、匂いを嗅ぎにくくなってしまった。



「あれやってよ・・・・コイントス」私はそう言って用意していた百円玉を取り出し、親指で跳ね上げて手の甲で受け止めて手で隠した。



「裏」寺岡くんは言って、私は隠した手を開くと確かに100円が現れていた。



「これで、100連勝だ」私は嬉しそうに言う。



「よく数えてたな。この暇人が」寺岡くんは呆れた表情をした。



「こんなに二択が強かったらギャンブルでもやってみたら?ほらよくあるじゃない、半!丁!って?」私はサイコロを投げてカップで閉じるしぐさをする。



「それがさ・・・・・・ギャンブルとか金がかかると二択の強い俺もからっきしなんだ」寺岡くんは残念そうな顔をする。



「世の中ってよくできてるね」私は笑顔で言った。



「・・・・それじゃ、この100円をかけてコイントスしましょ」そう言って私はコインを跳ねて、受け止めた。



「おい、やめろって」寺岡くんは苦笑する。



「裏?表?」私は楽しげに寺岡くんに聞いた。



「裏」寺岡くんは即答したが、表示は表のアジサイが出ていた。



「やった!連勝は100でストップ」私はガッツポーズをする。



「だから嫌だったんだ」寺岡くんは愚痴るように言った。



「そう言えば・・・・勉強は順調なわけ?」私は寺岡くんに尋ねた。



「相変わらずコブンはうるさいけど、勉強なんて楽勝だ」寺岡くんはため息交じりで言った。



寺岡くんは私が行く大学のもう一つ上の地元の大学を受ける気みたいだ。



寺岡くん自身もそんなに目指してると言うわけでもなく、漠然とその大学を受けるらしい。



私も自分が行く大学を選んだのはレベルが高いのと、地元からかなり遠くて誰にも会わずに一人暮らしが出来るからだ。



「余裕だねー」私は寺岡くんに肘で突っつく仕草をする。



「もう大学が決まっている奴に言われたくないぞ」寺岡くんはそう言って笑った。



寺岡くんとの関係は順調だ。



私が入院していなくなった家では平穏が訪れているらしく、弟もスランプを脱出して少しずつ成績が伸びて精神的に安定しているらしい。



閉塞感もなくなり、大学も決まってすべてが順調なはずなのに・・・・・、表現できない、この纏わりつくような不安が私を絡みとっていた。





快適な季節から、寒くて凍える季節へ。私はこの季節は雪以外はみんな嫌いだ。




ドスン!!



私の隣の部屋から物と物がぶつかる音が聞こえてくる。



私は一瞬ビクッと体を震わせたが、やれやれまたかっと机に開いた作成中の私の取扱説明書に目を落とした。



私の隣の部屋は弟の部屋だ。


 

外を眺めると、今日の天気予報通りに深夜から雪が津々と降り始めていた。



大気が済んでいるから家の中からでも微かに星が見える。



「寒い」私は机の下に置いている暖房器具の温度設定を上げた。



私が退院して、また家が荒れ始めていた。



よいよ、弟の学力が天井を迎えたようで、一向に成績が上がる気配がない。



ドッドッドッドッ



今度は一階から二階へ駆け上る階段の足音が聞こえる。



階段の音の大きさからして父親だ。



弟の部屋から勢いよく扉の開く音が聞こえて、父親と弟の口喧嘩が始まった。



喧嘩の勢いが凄まじいので、殴り合いでもしてるんじゃないか?といつも思う。



私はイヤホンをつけて、ウォークマンで音楽を鳴らした。



寺岡くんお気に入りのミュージシャンの音が流れてくる。



そして、私の取扱説明書に弟と父親の喧嘩について書いていった。



突然、私の部屋の扉が開いて父親が入ってきた。



「何?」私はイヤホンを外して不思議そうに父親を見た。



もう、父親が私の部屋に入るのは何年振りだろうか。



父親は口喧嘩で顔を真っ赤にさせて、ものすごい剣幕で私を見ていた。



和也かずやの心を読め!!」父親は懇願するように私に叫んだ。



こんなこと言われたの初めてだ。



まるで頭を殴られたような衝撃が来た。



私は大きなため息を漏らして、イヤホンを耳に付けて机に向かった。



「いいから読め」父親は座っている私の胸ぐらを掴んだ。



「自分から手放しておいて、都合のいい。あんたたちの問題はあんたたちで解決しないさいよ!」私は父親を睨んだ。



私は父親にこんなにはっきりと言ったことがない。



父親は一瞬悲しい目をして、私の部屋を出て行って一階に降りて行った。



入れ替わりで、今度は弟の和也が部屋に入ってきた。



「ネェちゃんは心が読めるのかよ?」和也が私に叫んだ。



隣の部屋だから、父親の声が聞こえていたんだ。



「安心して、もう心は読めないから」私は宥めるように和也に言った。



確かに、寺岡くんの言うとおり私のこの能力は無くなっていて、退院していつの間にか匂いが分からなくなっていた。



「それじゃ、今まで俺の気持ちを読んで見下して嗤ってたのかよ!」和也はもう一度私に叫んだ。



「笑えるわけないじゃない、たった一人の弟なんだから!!」私も負けじと叫んだ。



和也は少し体を震わせて、私の部屋を後にした。



私の家族は割れる音もなく崩れてしまった。



和也の受験が三月だから、あと二カ月の辛抱だ。



このどうしようない憤りをどうにかしたくて、壁を軽く殴ってみた。



どうせこの部屋も大学に入ったら出ていくんだ。



ドン



「痛!」私は予想以上の拳の痛みに驚いてしまった。



殴られる方も痛いけど、殴る方も痛い。



窓の外を見ると、隣の家の屋根に雪がかすかに積もっているのが分かる。



私はもう一度大きなため息をついて、机に向かった。





闇の向こうから一つの手が私に差し出される。



私はその手を握るとその方向に引っ張られるのが直感的に分かった。



しかし、方向感の無くなった闇にいる私は一瞬躊躇した。



その手の先にあるのは海面なのか、本当の深海の闇なのか。



私は思い切ってその手を握った。



握った手は私を引っ張っていく。



そして、その手の先には海面が見えてきた。



勢いそのまま、腰が海につかるところまで私は水面に浮上した。



潜る前の世界とは全く異なっていた。



そこは、雲で覆われたどす黒い空。



海もまるで墨のように黒ずんでいる。



肌寒くて、海面は荒波のようにしけていた。



そこで、私は元の世界に戻れないことを悟ってしまい、海に浸かりながら大声で泣いてしまった。




・・・・夢と現実を飛び越える瞬間が訪れた。



眼を開くと、涙がまぶたに溜まっている。



眼をこすって周りを見渡すと、同じクラスメイトが大学受験に向けた模擬試験を必死に解いていた。



教壇には古文のコブン。



卒業まであと2週間。



教室の時計を見ると、試験終了まであと10分もある。



この静かな教室で、私の席のとなりにある暖房器具だけがゴーゴー音を鳴らしている。



今日は氷点下で、どんよりとした雲。



この教室と室外の温度差、席の隣が暖房機器なんて『寝るな』っていう方に無理がある。



前の席に座っている香子も項垂れていて、どうやら寝ているようだ。



香子は早々に看護の専門学校を合格して、私と同じ立場なので模擬試験は関係ない。



私はやったけどねっと答案を眺めて、クラスの一番前の誰も座っていない席に目を向けた。



その誰も座っていない席は寺岡くんの席。



寺岡くんは私の行く大学もすべり止めて受けて合格していて、今日が本命の大学の受験だ。



私が教えたんだし、成績から見ても寺岡くんは本命の大学は絶対に合格する。



私が誰にも聞こえないようにため息をついた。



キンコーン、カンコーン。



チャイムが鳴り、クラスメイトは一斉に答案を自分の前の席に渡していく。



「はー、めんどくさいね」香子は眠気眼で私に言う。



私はビクッとして、いつもの苦笑を表した。



私は間違っていた。



私の相手の思考が分かる能力がなくなれば生きていけると思っていたが、それは間違いだった。



私は相手の思考が分からないのが、こんなに不安で怖いことだと知らなかった。



きっと、普通の人なら経験的に相手の態度や行動から思考を考えるのだろうけど、私には能力があったからその経験が絶対的にかけている。



私は誰に何を訊かれてもビクッと体が震えてしまう。



「寒いの?体調悪いとか?」香子が心配して私に言う。



「これから昼休みだけど、早退しようかな」私は小声で言った。



「また?最近調子よくないみたいだね。でも大丈夫?内申書まずいんじゃない?」私は香子の言葉に首を横に振った。



「その時はその時だよ」私は立ち上がり、教室を急いで出ていく。



コブンに頼んで早退させてもらい、私は学校を後にした。



弟は何とか第一志望の高校には合格できたが、家にはもう私の居場所はない。



そうだ、寺岡くんにやっと出来上がった私の取扱説明書を渡しに行こう。



もう昼過ぎなので、寺岡くんの受験も終わっているはずだ。



寺岡くんの家に行き、チャイムを鳴らすと案の定寺岡くんが現れた。



そして、寺岡くんの部屋に上がらせてもらった。



「あのさぁー、言いにくいんだけど・・・・」寺岡くんは頭をかいた。



「取扱説明書だったら出来てるよ」私はそう言ってカバンから取り出して、寺岡くんの前に差し出した。



「あ、いや、そうじゃなくて・・・」と言いながらも、寺岡くんは私の取扱説明書を読んでいく。



たぶん、私の家族のことや能力がなくなったことだろう。



寺岡くんは私をちらっと見るが、すぐに取扱説明書に目線を落とす。



「親父さん酷いな」寺岡くんは小さく呟いた。



私の思いを知ってくれている人が、この世にたった一人だけできた。



それがどれだけ胸を刺すか、キュッと胸を締め付けられた気分だ。



「何も考えなくていい」寺岡くんはそう言って、私に取扱説明書を返した。



でも、私のことを知ってくれる人と私は離ればなれになってしまう。



そして、私の生きる場所がすべて奪われてしまう。



「相手の思いなんて気にしなくていい。優しくいれば、周りからも優しくしてくれんだから。東條は弟思いだし・・・・・・・・ごめん、気づいてあげられなくて」寺岡くんは私を抱きしめた。



私は胸が苦しくて、嗚咽をおぼえた。



「やめて!!」私は寺岡くんを突き放した。



「私はそこまで望んでない・・・・・どうせ離れ離れになるんだから。これ以上嬉しいこと知りたくない!!」私は寺岡くんに向かって叫んだ。



寺岡くんは困った顔で私を見ている。



「そのことなんだけど・・・・」寺岡くんはもう一度頭を掻く。



「はっきり言ってよ!!」私は寺岡くんを睨み付けた。



「東條に勉強も教えてもらって感謝してるんだけど・・・・・・今日、寝坊しちゃってさ」寺岡くんは落ち着かない態度だ。



私は目を丸くした。



「それで・・・・・大学受験を受けれなかったから、もう東條と同じ大学に行こうかなーって思っててさ」寺岡くんはハハハっと笑って誤魔化した。



「何が、行こう『かなー』よ?笑って誤魔化さないで」泣くのを我慢している私は、か細い声で言った。



「ごめん、同じ大学に行こうぜ。人間が怖いんだったら俺が練習相手になってやる、家族のことだって時間が解決してくれる」寺岡くんは笑顔で言った。



「さて・・・・頭のいい東條に二択の問題です」寺岡くんは明るい声で私に問いかけた。



私は涙を流しながら、首を縦に振る。



「○・・・・・○なんでしょ?」



「うん・・・・そう、俺も○。東條の力なら絶対に乗り越えられるよ」寺岡くんは笑顔で私の頭を撫でてくれた。


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