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短編集  作者: 貴遊あきら
恋愛?
7/11

鼠とキス

 そのコーヒー二杯目やろ、とあいつは顔をしかめる。そして、もうやめとき、お茶にしとき、とマグカップを取り上げるのだ。私が膨れると、「今美味しいお茶淹れたるからな」と言うあいつが憎い。へらりとした笑顔に絆されてしまう私自身も憎い。結局あいつが好きなのだ。

どうしようもない、とつくづくそう思う。


「…………」


 しかし、一応「怒っている」というポーズを取っていないとプライドが許さないので、しかめ面で読書に勤しむふりをする。ページを捲っても文字なんて入ってこない。文章を目で追うだけで、理解などしていない。しかしこう言うのはどう見えるかが肝心であって、本当に読んでいる必要はない。あくまで抵抗していると向こうに伝わればそれで良い。


 そうこうしている内にあいつがお茶を持ってきた。緑茶だ。ちょっと甘い、濃い目の緑茶。緑色に濁っているくらい濃いお茶が私の好みだということをあいつは知っている。あいつは薄いのが好きだけど、私のお茶を淹れるときは二種類作るのが面倒くさいのか、ちょっと眉間にしわを寄せ「むっちゃ苦い」とぼやきながら私好みのお茶を飲む。

 前に、薄くてもいいからそっちの好みにしたらええよと言ったら、『なんや、俺の好意を無碍にするんか』と拗ねられた。そんなことないよ、そっちがええんなら気にせんといて、美味しいわ、ありがとう。そう返したら、『そやろそやろ。俺には無茶苦茶苦いけどな』と嬉しそうだった。そういうところを可愛いなんて思うのは、重症だろうかと時々心配になる。



「ほれ、淹れたで」


 カップを渡す時、あいつの態度はちょっと自慢気だ。本を横に置いて、ちょっと間をおいてから受け取ると、あいつは「冷めんうちに飲み」と勧める。そして私が飲むのを楽しげに見つめる。あいつは猫舌なので、まだ飲めないのだ。


「美味いやろ」


 疑問ではなく断定。美味しいので否定はしない。しばらくしてあいつが「むっちゃ苦い」と顔をしかめながら飲むので、私にはとても美味しいのは二重の意味で証明される。


 因みに、私はまだしかめ面のままだ。しかし、美味しいお茶で自然と緩和されてしまったのか、いくらか改善されてちょっと拗ねた顔になっている。


「なんや、まだ怒っとんの?」


予想通り、あいつはそう聞いてくる。


「怒ってへんし」


答えた声色は一生懸命低くした結果だ。


「怒っとるやん」

「怒ってへんし」


 通常、この意味のない繰り返しが二三度続く。私は中々頑固なので、私から折れることはほとんどない。


「でもな、日にたくさんコーヒー飲んだらあかんらしいで。あんまり良くないんや。知らんけど」

「やから、怒ってへん」

「怒っとる顔しとるで?」

「元からこういう顔」


憮然として言い放ち、お茶を一口。するとあいつは事もなげに言う。


「んなわけないやん。元は可愛い顔やで」


 思わずお茶を噴き出しそうになる。なんだこのバカップルみたいな会話は。いや、決して私はその一部ではない。あいつだけだ。


「お、おだてても何も出ぇへんで」

「じゃ、ちゅーしていい?」

「は?」思わず半眼。あいつはへらりと笑う。

「ずっと怒った顔しとったら俺がつまらんやろ?やからちゅーしていい?」

「意味分からん!」

「そやったら笑いぃな。お茶のお礼も聞いてへんで?お礼はちゃんと言わなあかんやろ?お礼言わへんのやったらちゅーするで?」

「あほやん!」

「あほやない。俺はあほやない。ちゅーしたいだけや」


何を思ったか、持っていたカップを傍の机に置いてこちらに迫ってくる。


「わ、わ、ちょ、ちょい待ち!なんやの、あかんて!意味分からへん!お茶零れるし!」


 もうポーズも何もあったものではない。私は目を丸くして、じたばたして、それでも迫ってくるあいつにどうしていいか分からない。


「ごめんて!言うから!ありがとう言うから!ホンマ美味しいお茶ありがとう!コーヒーよりこっちのほうがホンマ美味しい!いやあもうお茶淹れるん天才やな!」

「今さらそんなこと言うて、ちゅーがそんなに嫌なんか?」


あいつはちょっと拗ねた顔をしている。論点があっという間にずれるのはいつものことだ。


「ちゅーとか言うな!恥かしいわ!」

「ふはは、ちゅーするで!」

「黙れこのアホ!ちゅーちゅーちゅーちゅーネズミかあんたは!」

「ネズミでえぇもん!今だけネズミになったるわ!」


 あいつは調子乗りだ。満面の笑みで迫ってくる。

 ちくしょうめ。楽しそうな顔をしてからに。





「―――ネズミとなんて、キスするかいな」


 煩いあいつの口を封じたあと、私はそう言い、ブスッと膨れた。


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