”ノーマン”が嗤う
いつもにこにこ笑っている君が好き、と告白されたことがあった。ありがとうと返した裏で、私に死ねと言っているのかと、そう毒を吐いたことを覚えている。
私はいつも笑ってなんかいない。薄っぺらな笑顔を張り付けて、なんでもイエスと答えるだけで、都合のいい道化になっていただけのことだ。そうしていれば、少なくとも嫌われることはなかったから。
「……無理です」
「なんだと?」
絞り出すようにそう答えた私をまるで虫けらだと言わんばかり、壇上の男は不機嫌そうに眉を顰め、見下ろしてくる。“提案”という名の脅迫。そんなものを横柄な態度で振りかざして、いったいどうして受け入れられると思ったのだろう。いかにも気弱そうな女子一人、どうにでもできると思ったに違いない。
「おまえは人でなしか。いずれ朽ち果てると宣告されたこの世界を見捨てると?」
世界を救え、とこの男は私に命じた。漠然と、そう言った。私が異界からの勇者だから、とそう理由づけて。この世界を愛し、救えと言った。
言われたとたん笑いが込み上げてきた私は確かに人でなしだろう。でも、本当に可笑しかった。
「私のこと、何だと思ってるんですか?」
異界からの勇者だと適当な答えはすでに持っているくせに、男は答えに窮した。数学の難問を考えるかのように、眉間にしわを寄せて考えこんでいる。随分と馬鹿正直な王様だ。横柄で愛国心たっぷりの王を気取ればいいのに。
「何と訊かれると、答えようがない。ただの女か。突然呼ばれた不運な女だな」
ようやくでた答えにとうとう笑ってしまった。後方に控える宰相とやらが困ったように顔を顰めるのが見えた。帰るすべはないと、すでに彼から説明を受けた。男の回答は、宰相の望んだ答えでは決してなかったはずだ。
「その不運な女は、無理ですと答えたんですけれど」
「それは既に聞いた。従順な女を呼んだはずだが、――どうも失敗したようだな」
話を振られた宰相は、げんなりとして顔を背けた。気持ちはわかる。
「従順な女はやめたんです。ちょっと反抗したら――これですもん」
軽く笑ってタートルネックの襟を引き下ろす。男と、宰相の顔色ががらりと変わる。予想以上に人がいいらしい。そして意外と、何も知らないわけではないらしい。
「それは、どうしたんだ」
「陛下、女性にそのような…」
「ぼんやりと、思ったんです。このまま生きていて、どうなるんだろうって」
あいつの手の感触と、おぼろげな視界の中で揺れるあいつの怒り狂った顔を、よく覚えている。苦しさの中で、これは違うだろうと今までの人生を回顧した。
毒を吐いた裏で、私は嬉しかったのだ。笑顔でさえいれば、この人は私の傍にいてくれるのだろうと知って。私を殺しさえすれば、この人は私を好きでいてくれるのだと、そう思ったから。嫌われたくなかった。愛されたかった。それだけのことだった。
ただそれが、急にばからしく思えた。気づけば、手近にあった何かで、あいつの頭を殴っていた。そのあとも動いていたから、生きてはいるのだろう。私を罵りながらあいつが立ち上がり、今度こそ息の根を止められると体を竦ませたとき、私は白い光に包まれた。
もちろん、そんな経緯は話してやるつもりなどない。
「ま、色々とあって。やめたんです。イエスマン。出来ないことははっきり断らないと、あとあと困ることになるんですよ」
「よく分からないが、苦労したんだな」
「へ、陛下…またそのように軽々しく…」
「でも、とりあえずここにいるしかなさそうなので。救う云々は良くわからないし、できそうもありませんけど、お世話になります。どういう原理かは知りませんが、それでも良い影響はあるって、ね、宰相様」
二人の頭には、異界からの勇者なんて考えは消えて、不幸な女と刻まれたようで。
「あ、あぁ、まあそうだな。俺もよく知らないが。師団長がそんなことを言っていた」
「陛下…また上の空でしたね…」
「冗漫な語り口はどうも好かない。……まあ、嫌な宣告があるとはいえ、今の所呆れるほど平和だ。救う方法は俺も知らない。愛せばいいとだけ書物にはあったそうだ。この国にいれば、いずれ否応なしにそうなるだろう。流されるままに生きてみろ。適当にな。色々と手伝う。こいつが」
「なっ、陛下!…あ、いえ、お手伝いは喜んでさせていただきますが、その、もう少し言い様というものがあるでしょう!」
宰相はぷんすか怒っている。男がまた何か言って、また宰相がぷんぷん怒る。
私はそれを傍観していた。
悪くない気分だ。
そういえば、と思う。何かを愛したことはなかったかもしれない。愛してもらおうと、そればかりだったから。男の言う様に流されるまま、適当に生きてみよう。宰相をこき使って、悠々自適に。
なんだか楽しくなってきた。
そういえば、息が随分と楽だな。
イエスマンの反対でノーマン…




