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コーヒーを入れる時。

「コーヒーを入れる時」


 私はマグカップを戸棚から取り出さなければならない。それをするにはまず、古ぼけたアンティーク調の戸棚を右手の力を最大限に活用して、更に腰に力を溜めなければならない。

 ぎしゃぎしゃ、ぎゃぎゃぎゃという笑い声が途轍もなく私を苛立たせる。

 こいつはきっと意地が悪いに違いない。

 がこんという間抜けな音、そして力の行き場を失った私は同じく、ふがっと間抜けな悲鳴と共に体を泳がす。咄嗟に態勢を整えようとして足をつきだすと大抵は冷蔵庫の角に足の小指をぶつける。今まで何度あったことだろうか、学習しない私はきっと今日も繰り返すに違いない。冷蔵庫の奴はきっとそう思っているに違いない。しかし私とて人間、日々進化し続けているのだ。私だって馬鹿ではない。

 やっとのことで戸棚が開いた。もう何も怖くない。そうフラグであった。


 光が差し込んだ戸棚の中。視界の隅に映る影。そいつはきっと幻覚ではなく、そして白昼夢でも幻想でも無いのだろう。太古の昔から現存する偉大なる種族。ある意味神話生物なんかよりも精神を削られる。

 ごくりと飲み込まれた唾。動けぬ私。動かぬあいつ。広範囲型薬物散布兵器を探す。見つからない、どこにしまったか。膠着状態でチックタックと時計の音が響く。あいつの髪の毛がゆらゆら動く。まずい、逃げられたらゲリラ戦になる。寝られぬ日々はご免だ。しかし、対抗策がない、早く最終兵器の場所を思い出さねば。

 その時奴が動いた。それも私の方に向かってである。内心は阿鼻叫喚、しかし表情には一切出さず、怯えた素振りを見せぬよう二、三歩下がった。これは孔明の罠なのだ、背を向ければ追撃し進めば迎撃に移る腹積もりであったのだろう。だが、私は騙されんぞ孔明。付かず離さずの策を取る、これでまた膠着状態だ、どうでる。

 ふと、赤い何かが視界端に飛び込んだ。私の兵器である。あれを手に入れれば私の勝ちだ。視線を黒い影から外す。戸棚の上部、私の手が届くか届かないか辺りにそれはあった。勝負は一瞬。もたついていると逃げられるか反撃される可能性がある。やるしか……ない!

 私が取った策は――跳ぶ事である。トレードマークが髭、イメージカラーが赤のおっさんが使う必殺技である。これは石で出来たブロックをも砕き、牙の生えた胞子や羽を生やした大亀をも倒してしまう技なのだ。

 私は五歳の時にこの技に魅了された。そして体得し、極めるべく唯只管に磨きをかけた。ある時は体幹を鍛えるために新体操を始め。それでも何か足りないと思った私は、何時の日か出せる火の玉を打ち出す為にバレーを始め、更には街を駆け抜けるためにフリーランニングを始めた。しかしそれでも足りなかったのである。石のブロックは砕けなかったし、喋る斑茸も角の生えた大亀もいなかった。

 絶望した私は一時期、路地裏を徘徊するようになったのだ。悪い遊びや友人が増えていき、荒んだ生活を送っていると、我が人生における最高の師と巡り合う事になった。この話はまた今度にしよう。

 跳びあがった私は狙いを外すわけもなくすんなりと目的の物を手に入れた。

 後は、これを散布するだけである。ふふ、長きに渡った戦いもここで終わりだな、孔明。

「貴様は私の事を見縊っていたのであろう? どうせ何もできない図体がデカイだけの木偶の坊だと。いいや、ウドの大木か? いずれにせよ、貴様との戦いももうすぐ終わる。何故なら私の中には対害虫用薬物噴射装置、通称ゴキ○ェットが握られているのだからな。卑怯だと思うか? 決闘において自らの力のみで闘わぬ事を蔑むか? いいや、言わせて貰おう。貴様の対峙しているのは人間様であるぞ。一切合財を問答無用で破壊尽くして、自らの住みやすい環境に作り替える生きとし生けるものの癌細胞であるぞ。我等は貴様等を撲滅せんと日々努力を惜しまぬ。そしてその死を省みぬ。我等の快適さの為に誇りも矜持も慈悲も慈愛もなく無駄に無意味に死ね!」

 私は薬物を流し込む。戸棚を軽く閉めておけば、薬物が充満して苦しみぬいて奴は死ぬ。

 奴の断末魔は実に心地良いが、死骸を二重に袋詰めにして厳重に潰してから捨てないといけないし、戸棚にあった全ての食器を洗わなければならない。後片付けが面倒だ。

 さて、そろそろ良いだろうか。

 そっと戸棚を開ける。最初と違って隙間を空けておいたから直ぐに開いた。

「死体が……消えている?」

 ミステリー小説やホラー小説にありがちな台詞を呟いてしまった。

 私は愚行する。そもそも私自身は生きた被害者を確認してはいるが、死体そのものは確認していない。しかもこれは密室であるからして……そうか! 犯人は被害者を殺したのは私だ! 当り前である。では、死体はどこに消えたか? 真逆まだ死んでいない? では一体どこへ逃げたと言うんだ……。

 ぶうんという羽音が耳元に囁かれた。これはきっと「私はここだよ」という死者からのメッセージだったのだろうか。それを確かめる術はない。私は瞬時に兵器を噴射したのだから。


 後片付けは大変であった、とだけ伝えておこう。

 黒き偉大なる六つ足が私の体に張り付いたせいで私は一時的な狂気に囚われたし、彼が寝床としていた戸棚の食器は山積みになっているし、何より未だにコーヒーを口に出来ていないのが私にとって最大の不満である。

 虎の子のブルーマウンテンをいれるとしよう。

 そう思ってマグカップを用意し、コーヒー豆をコリゴリしている時だった。

 かさっ。

「ああ、シンクに、シンクに!」




 作者の(が)ブレイクタイム、おわり。

 初めまして、こんな感じで良く分からない文章を書いている三雲龍三と言います。作品を最後まで読んで頂いてありがとうございました。これも何かの縁という事で感想をいただければ幸いです。

 それでは皆さん御機嫌よう。

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