簡単にできるもんか
私は今一人暮らしをしていて社会人として働いている。時たま家族と連絡は取る。仲はいい方だと思う。別々に暮らしているのに家族のニュースに一喜一憂している。繊細な私は他の家族と自分の家族を比べる癖がある。あっちで結婚式があってこっちが子供が産まれて、私の家族は私の遠くに住んでいて、仕事を辞めるとか、どこかに旅行に行くとか、やっぱり仕事は続けるとか。家族のことは大好きなのにみんなの尺度とはまるで違くて温度差が埋まることはないのかなって思う。友達とか知り合いに家族の話はしない。溝が生まれて普通でいられなくなるから。外では張り付いた笑顔で都合のいい人を演じている。そんな少し大人になった私より。
小さい頃の私へ。
君は世界がひっくり返る感覚を知っていますか。
鉄棒の前周りとか、マット運動の前転とか、360℃回るジェットコースターとか、昭和のお父さんのちゃぶ台返しとか。
私の感覚は一番最後のちゃぶ台返しと似ている。
家族がテーブルを囲んでいて、美味しいご飯と優しいお母さんと仲のいい兄弟と昭和のテレビに出てくるお酒で顔が真っ赤なお父さんがいて、力持ちのお父さんは私ら兄弟が口喧嘩をやめないからって全部の料理をちゃぶ台ごと全部ひっくり返す。
その時に怒りとか悲しみとか負の感情が一気に身体に叩きつけられて、全身にじわじわと衝撃が広がっていって、怖くて泣いてしまう。
恐怖と不安と嫌な気持ちと悲しい気持ちと逃げたくてでもお父さんのことは好きで、疑問と我慢と、
白が一瞬で黒になる。
「泣くな!飯が不味くなる!もういい!」てお父さんはそのまま自分の部屋に帰ってしまう。
その一瞬の「泣くな!」が頭の中に反響して、お父さんは私が泣くのが嫌いなんだって記憶する。
兄妹と喧嘩するのはうるさいしご飯が美味しく無くなるからご飯の時はいい子でいよう。兄や弟がムカつくことを言ってきても何も言い返さないようにしよう。
って自分の中の決まり事ができる。
まだ小さい体の私は子供の小さな頭を使って人生の中では、唐突にものすごい衝撃波の嫌なことが起きるって知る。それは避けられないし予想もできなくて、ただもう二度と起きてほしくないから、その時のことを何度も何度も思い出して何がダメだったのかを考えて、自分の中の決まり事を増やしていく。
(強迫性障害の第一歩。)
子供はわからない。兄弟喧嘩はうるさいけれど、昭和のお父さんは酒癖が悪くて、喧嘩早くて、短気で、おじいちゃんの拳骨で強く育てられたから、今日も朝から夜まで仕事をしてただ静かに夜ご飯を食べようと思ってたのに、子供が本当にくだらないどうでもいい何が論点かもわからない喧嘩をしてわあわあ騒ぎながら声を上げていて、自分の家でくらい静かにさせろ、なんで飯くらい静かに食べられないんだ、ってイラついてしまったって。お酒を飲んでいて魔がさしてつい手が出てしまったって。子供が謝りながら泣いていてお母さんは呆れたように料理を片付けている。少しだけスッキリした。って。
次の日は兄妹の真ん中の子はいつもより少し静かにご飯を食べているし、上と下も自分たちなりにお母さんと会話をしながら喧嘩をしないようにする。お父さんは昨日より静かな食卓に満足する。
そして二週間もしないうちにまたなんてことない喧嘩をしてちゃぶ台が下を向いて、真ん中の子の体の中に色濃く色濃く決まり事が刻まれていく。
兄妹に顔を頭を殴られた。だから顔を頭を殴り返した。大事なおもちゃを壊された。自転車を兄弟の友達に盗まれた。お兄ちゃんが私に嘘をついて盗んだお菓子をくれた。美味しかった。お兄ちゃんがお父さんに殴られてて、弟は泣き叫んでいて、お母さんはお父さんと喧嘩していて。
いくら決まり事を作っても、世界は何回でもひっくり返る。『平穏』と『当たり前』と『さっきまで普通』はまるで奇跡で毎日事故にあっているみたいな気分になる。
そのうち心が耐えられなくなって、考えることも感じることも放棄する。そして、何も自分の内側を話さないし、何に気を遣っているかわからない、何かをずっと避けている、壁の分厚いつまらない女の子ができる。
痛いとか、悲しいとか、それしか知らないのにそれを隠そうとする。空っぽである。
親はきっとちゃぶ台を返したことよりも、仕事で大変だったことを覚えている。きっと今は思い出そうとしても思い出せない記憶なのかもしれない。
よく思うのだけれど、心は見えないくせにものすごく傷つきやすくて、治りにくい。
お腹が痛ければ水を飲めばいいけれど、
心が痛くちゃあ耐えられないんだ。
神様にもう油の濃いラーメンに背脂を追加して食べないし明日も仕事頑張るし信号もちゃんと守るし一生のお願いだからって祈っていれば、30分もしないうちにお腹はおさまる。
でも心はそうはいかない。頭についていけなくなった心が、頭を支配して、空回りし始める。
ちゃぶ台返しを見て育つと、不思議とちゃぶ台返しをするようになる。感情の処理方法に癖がつくのかもしれない。
私は専門家ではないからわからないけれど、心への向き合い方ってきっと親から学ぶんだ。
そこで気づく。怒りはそのまま人にぶつければスッキリするんだって。声を大きくすればみんな静かになるんだって。顔をしかめていればみんな気を遣ってくれるって。
わかって真似して壊れていく。
変わった家族を持つと、縁を切るギリギリの関わり方でもたまに流れ弾が飛んできたりする。
ある日突然ニュースが飛び込んできて、その衝撃が右を頬をぶち、左頬をぶち、脳天から真っ直ぐ下に落ちてきたかと思えば、私の足元を掬ってどこが上かわからなくする。
自分のアイディンティティが不明瞭になって、
自分を自分で認められなくなって、''仲のいい家族''っていう幻を夢見ているけれど、夢は寝なきゃ見られないんだったって最悪な気持ちになって、心の支えだった気がした暖かい家族を見失って、心の中でまだ小さかった頃の私が泣いている。歳を重ねて、悲しみが孤独へ変わった。
孤独は猛毒だ。人それぞれに毒がある。
両親は生死で幸せかどうかの尺度があるし、働いていれば無問題で、病気か危篤かでも尺度がある。
両親が生きていて働いていれば幸せなのかもしれない。
じゃあなんで、流れ弾が来るのだろう。
世界はひっくり返るのか。
君は世界がひっくり返る感覚を知っているかい?
知らなくていいと思う。その方が幸せ。
きっと定義するならばトラウマ(PTSD)というやつだろう。
事故に遭わないまま無事故無違反でゴールド免許で障害を終える人もいる。
運なんだよ。
ただひっくり返ってしまったら、きっと何かと苦労するだろうから、頼れる友達とか、信頼できる先生とか、盲信できる推しとか、暗い音楽でも好きな音楽でもいいから、心を少し大切に楽に傷が深くならないようにできる方法を持ち合わせておいた方がいい。
ネットには、周りの人の理解が大切ってよく書いているけれど、できる人はそれでいい。
できない人は、散財しない程度に自分の中の心の拠り所を見つけるといい。なんでもいいよ。アニメでも映画でもゲームでもなんでも。ただ自分らしくいられる、自分がいたいと思える、好きなものを見つけて大切にする。恋人じゃなかったから沢山いてもいいよ。人生は想像より短くて思ったより長い。
私の家族は世間の定義の中では数が揃っている側ではあるけれど、悲しくて消えたい時に話を打ち明けにくい関係だ。
消えたいって言ったら共倒れしちゃうような人達。
それでも前は向ける。泣きながら歩いて行ける。その場で止まっても明日が来る。
大丈夫。
神様だって仏様だってきっと何かを信じてる。
自分を大切にね。誰かに殴られてもちゃんと悲しいって感じるんだよ。殴られて平気な顔をしてはダメだよ。殴られ慣れてしまったらもう戻らないからね。心に癖がついてしまうからね。
ちゃんと「痛い!なんて非人道的なんだ!モラルにかけている!これまでないほどに善意も欠けている!人としてどうなのか!怒りに任せて力を振るっていたらいつか力加減がわからなくなってきっと後悔する日が来るぞ!人様に手を挙げるなど罰当たりな奴め!冷静さに欠ける人間には何をやらせてもダメだ!つまり貴様は何をやってもうまくできない!何かをうまくできるのに人に手をあげるのは怠惰だ!堕落だ!怠けるな!人を殴るな!我慢しろ!!大人になれ!成長しろ!いつまでそんなくだらないことをしているのか!殴りたいならスポーツをしろ!強いやつと戦え!!人として善意を欠くのなら本を読め!!人に相談しろ!!そしてちゃんと傷つけ!!殴ることでしかどうにもできないことなんて何一つない!!殴りたいから殴るのだ!人は!責任をとれ!!そして深く深く反省し改心しろ!!!」って言い返してやればいい。
そのあと沢山殴られたら傷の写真を撮って日付を抑えてできれば相手の拳の傷があるうちに周りの大人に相談して。必要なら警察に相談することも考える。赤の他人に殴られたら通報だよ。身内に殴られたなら生活が関わってくるから大人に相談して。ダメなら友達でもネットでもいい。あなたの身を守る方法を考えて。
酷い怪我ならできるだけ病院に行くこと。病院に行った時は先生に簡潔に正直に話すこと。領収書を取っておくこと。
詳しいことはネットで下調べすること。
少しでも未来が不安なら勉強をしな。
数学じゃなくてもいいよ。
本を読む。心理学とか、胡散臭い自己啓発本とか、興味のある職種の分野でもいいし、何歳までに読む本だとか、小説でも純文学でもなんでもいい。
自分の中で何か使えそうな知識を持とう。
無知は罪。
間違ったら死んじゃうからね。
少し話しすぎた気がする。
今回はここまで。
元気でね。
私は平和と平穏を愛している。世間にはあまり好きな人がいないけれど平凡と普通も大好き。そこにただ少し安心できる何かがあるだけでそれ以上にいい未来に進むことができる。




