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【短編小説】In The Zipper

掲載日:2025/12/18

 数日の間つづいた真夏日がひと段落ついた七月のある日だった。

 ズル剥け崎 余り皮座衛門は、東京駅のホームで高尾行の中央線を何本かやり過ごして、ゆったりと座れる快速電車を待っていた。

 そう長くも無い移動とは言え、できる事なら座りたい。

 誰もがそう思った結果として、東京駅を出る快速電車は平日の通勤電車とは違い、空間的な余裕を残してホームを出てく。

 そしてズル剝け崎 余り皮座衛門はそれを見送っていた。


 運動不足の肉体が立ち続ける事にすら文句を言い始めようとした時になって、ようやくズル剝け崎余り皮座衛門が待つプラットフォームに電車が滑り込んできた。

 ズル剝け崎 余り皮座衛門は元気よく車内に突入して、フカフカの柔らかいシートに座って満足そうな笑みをこぼした。


 電車が発車するまでには時間がある。

 だがズル剝け崎 余り皮座衛門は少し不安げな表情になった。

 これで隣に知らない女が座るとか、物欲しそうな顔をした老人が前に立たない事を祈るばかりだなと思ったのだ。


 ズル剝け崎 余り皮座衛門は電車が嫌いだった。

 電車には色々な気狂いが剥き出しで存在するし、そいつらと剥き出しのまま接する閉じた空間だからだ。


 どんな気狂いがいるかと言えば、豆腐や昆虫を喰ったりする食生活に関して根本的な勘違いをしたまま欧米式の社会正義にお目覚めしたような垢ぬけない田舎娘。

 または、ズル剝け崎 余り皮座衛門の世代から福祉はもちろん電車の座席さえ物欲しそうな顔ひとつで奪い取っていく老人だとか。


 だがそんな気狂いたちは現れなかった。

 ズル剝け崎 余り皮座衛門の隣に座ったのは、疲れた顔のサラリーマンだった。

 発車ベルが鳴っても、不愉快な田舎娘やすっかり都会人ヅラをするようになった愚昧で矮小な狡い老人が駆け込み乗車することは無かった。



 ズル剝け崎 余り皮座衛門は安心した。

 しかし目の前に立っている大学生たちを見ていると別の不安に襲われた。



 太った方の男が腹をさすりながら「腹減ったな」と言うと、隣にいた別の男子学生が「さっき喰ったばかりだろ、まだ食えるのか」と訊き返した。

 太った男は「まだ食えると言うか、入る余裕ができた」と返した。

 電車に揺られる太った男子学生の醜さは凄いなと、ズル剝け崎 余り皮座衛門は思った。


 ズル剝け崎 余り皮座衛門は、自分が大学生だった頃はどうだったろうかと逡巡したが、何も思い出す事はできなかった。

 ズル剝け崎 余り皮座衛門は孤独だったからだ。



 厭なことを思い出したズル剝け崎 余り皮座衛門はジッパーを下ろして剥き身の姿になった。

 去年まではマスクをして生活していたが、今年はもうジッパーすら必要ないのだ。

 一日の汗がこもった饐えた臭いが溢れて、そのあまりの臭いにズル剝け崎 余り皮座衛門は大きなため息をついた。




 ズル剝け崎 余り皮座衛門は解放された悦びに身悶えしてしまいそうだった。

 ふと気づくと同じようにジッパーを下ろしている者ばかりだった。

 隣のサラリーマンも、大学生たちもジッパーを下ろしていた。

 誰もが清々しい表情をしている。


 ジッパーを下ろした中にある透明な海綿体が中央線快速列車を埋め尽くしていた。

 仮面もマスクも要らないから、俺たちは最初からこうやって素直に過ごしたかったのだとズル剝け崎余り皮座衛門は思った。

 中央線は東京のジッパーを開けながら西へと向かっていくのだった。


 おしまい。

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