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【第二部:わたしがわたしになるまで:ユアとアミュアのダイジェスト】

そしてTVがまた映像を流すのだった。

旅の続きを。


ダメ押しとばかり、カーニャは責める様に言うのだった。

言い返えさせてさらに時間を稼ぐ腹づもりだ。

「きっと愛されず生きてきたのね、影に潜み。愛されたことが無いから、簡単に奪えるのよ!!」

最後は少し自分の気持ちもこもってしまった。

「!!」

効果はてきめんで、影に動揺が走る。

 ゆらりと炎の様に揺らめいていた影が消える。

そこにはショックを受けた様に、目を見開いた美しい少女がいた。

その顔を見た瞬間にカーニャも動揺が走り、魔法も殺気も散らしてしまったのだ。

その気を逃さなかったのか、最初からそのつもりだったか、少女は風のように走り跳ね消えてしまった。

残されて呆然とするカーニャの唇から言葉が漏れた。

「そんな…アミュアちゃん?」

逃げ出した少女はアミュアの容姿をしていた。

ただ髪は黒くウエーブし、瞳も漆黒の闇を宿していたのだった。



ーーでたわね‥‥黒ノア‥‥なんだかわたしと同じ顔多いような‥‥

ーーーしょうがないよぉアミュア。原材料が一緒だからね!

ーー不遜ですよ!ユア!わるい子です!

ーーーそしてユア達は色々と忘れ物を取りに行くのでした‥‥

ーーナレーションになりきってる?!


アミュアは焚火の下火になった明かりを、じっと見つめていた。

 一人になると最近とても多くの事を思い出すのだ。

かつて小さな体だった頃よりも、鮮明に色々と思い出せる。

(ししょう、わたし大きくなったんだよ)

日中にラウマ像の所で思い出してから、アミュアの心には喪失の痛みが残り続けていた。

 ユアと変わらない年になったアミュアがそうして目を伏せると、その整った小顔と長いストレートの髪もあり、年齢以上に大人びて見えるのだった。

(どうして?あの時はなけなかったのに)

アミュアの瞳の端には小さな雫が結ばれていた。

つっと流れ落ちるのに任せ、炎を見続けた。

(ふしぎだ、おおきくなってからの方がかんたんに涙がでる)

ちょっと自分の考えがおかしかったのか、ニコっと少し微笑みが浮かぶのであった。


そっと気配をころして外に出ると、焚火の前でマントにくるまったアミュアが寝ていた。

そろそろ限界だろうなと、交代の時間よりも少し早く起きたユアであった。

 大きくなってからのアミュアも、小さかった頃とあまり変わらずよく眠るのだった。

マントの上から持ってきた毛布をかぶせる。

まだ夏には遠く、夜は冷え込むのだ。

そっと抱き上げて横抱きにし座るユア。

両手の中に抱いていると、確かに重さが違うなと実感できる。

(前はこうしてすっぽり包めたのにな)

胡坐をかいた自分の足上に横抱きにしてアミュアを抱えていた。

やっぱり大きさ的に少し持て余してしまう。

そうしてユアとアミュアはお互いを癒し合い、ここまで来たのだった。

(おおきくなったアミュア)

ユアにとっては何ほどの重さではないが、確かな変化を両腕で受け止めていたのだった。

(ずっとそばにいてね)

それは願いであったか、祈りであったか。

ユアもまた、失うことを恐れる者となっていたのだった。


ーーーふふ、この頃のアミュアは身体が大きくなっても子どものままの行動~

ーーまだなれていなかったのです‥‥たぶん

ーーーこうして温め合ってきたんだね

ーーうん‥‥大事な思い出です。


ノアは気付かれないように距離をおいて、ユア達を観察していた。

一番怖くて痛い思いをしたハンターを思い出し、距離を測っていた。

気付かれない距離を。

どうしても気になったので、そうして追跡してきたのだ。

一度だけ山中で見失いかけた時は、胸の奥がきゅうと締め付けられて苦しかった。

風向きが変わり、匂いを捉えたときはほっとしたのだった。

 今はユア達が献花していて動かないので、見えるところまで近づいていた。

(あの銀色のがとても気になる。やわらかくあまい気配がする)

ノアは前に食べた桃色のおいしい木の実を思い出していた。

とても柔らかく甘い果物だったのだ。

茶色の方はすっぱそうだな、とノアは自覚無く少し笑顔になった。


ーー黒ノアはこのころから羨ましそうに指を咥えて付いてきてたのですね。

ーーーアミュアしんらつww

ーーなんかこの頃のノアってイライラするのです。

ーーーきっと淋しかったんだね‥‥もっと早く助けて上げたかった。

ーーうん‥‥ノア‥‥


ユアは前に実家の暖炉のそばで、こうして座ったことを思い出していた。

そうしてふと思い至って、ゴソゴソと胸の隠しを探る。

「あった」

ユアがもぞもぞしたので、アミュアも顔をあげユアを見ていた。

「これ、前に村で見つけたおかあさんの手紙。いつかアミュアに見せたかったんだ」

ちょっと照れくさそうに、封筒から紙をそっと出しアミュアに渡す。

「アイギスにいさんには見せたことあったんだけど、あんときアミュア寝ちゃってったから」

 膝を抱えちょっと前後に揺れるユアは珍しく照れが見える。

そっと大切に広げた紙には、流暢だが走り書いた筆跡が見える。

短い文面だったので、そう時間はかからず読み終えた。

最後の3行に込められた慈しみに、きゅっと胸が締め付けられるアミュア。

涙は堪えたが、顔がゆがむのがわかった。

ユアの母の気持ちがわかるのだ。

大切で大切で、守りたかったものが指の間をすり抜ける。

その切なさを今のアミュアは思い出せる。

そっと壊れてしまわぬよう折り畳み、ユアに手紙を返したのだった。

すこしまた二人で膝を抱え、並んで座っていた。

静かにアミュアが言う。

「ユアのおかあさんは凄いとおもう。きっとユアに付いていきたかったのに村を捨てなかった」

ゆっくりと感じた気持ちを言葉にしていく。

そういった事がアミュアは出来るようになっていた。

ちょっとだけ俯いてから顔をあげユアが礼をのべた。

「‥ありがとう」

言葉は短いが、気持ちがこもった。

アミュアにもそれは伝わり、二人の距離をまた縮めるのだった。

 しばらくはそうして揺れる火を見ていた二人だが、安心したのかアミュアは寝てしまう。

そのまま静かに時間が過ぎていき、ユアがそっとアミュアの腰に手をのばす。

いつかの暖炉の夜のようにそっと抱きしめたのだ。

 あの時胸に感じたアミュアの頭は、今同じ高さで目の前にあるのだった。

もう涙は流れず震えることも無かったが、母の想いとそれを認めてもらった暖かさが確かにあった。

ユアの感謝は自然なキスとなってアミュアのほほに落ちたのだった。

「ありがとうアミュア」

言葉はそれだけだったが、ユアの胸には沢山のアミュアへの気持ちが溢れていたのだった。


ーー!!!!?

ーーーえへへ、しょうがないよアミュア可愛いし

ーー起こしてからしてほしいです‥‥

ーーーちがうよ?!これは感謝のキスなんだからあ!


「これが完成品…」

セルミアが見つめる先には透明なケースに収められた、手のひら程の弾丸が一つ安置されていた。

ものの大きさに対して、厳重な設置。

おそらくこの研究所も特別なものだったのであろう、複合魔術まで使い封印していたのだ。

「久しぶりで少し制御が甘かったわ。手こずらせてくれるわね」

セルミアの右手人差し指の爪が割れ、血が筋になり落ちる。

左手に紫色の魔力を灯し右手に向けるとすぐに血は止まりセルミアの右手人差し指は黒く覆われた。

闇魔法には珍しい止血魔法である。

その右手で弾丸を取る。

 何事もなくつまみ上げられたそれは、魔導小銃か魔導拳銃で撃てる規格口径の弾丸だ。

見た目はケースが黒い金属で弾丸も黒いという以外に異常な点はない。

「もう少し早く完成して、ダウスレムに使おうと思っていたのに。因果なものね」

誰にともなくつぶやくセルミア。

弾丸をドレスの胸元に落とし込むセルミア。

深い谷間に消えていった。


ーーーでたわね!セルミア!

ーーわたしの中では一番怖い影獣です。

ーーーそうだよね‥‥

ーー魔弾はこうやって手に入れたんですね。


そっと読み聞かせの物語のように、ユアが話し出す。

「前にシルフェリアで泣いてたの聞いたでしょ?あたしもあの時涙が止められなくて」

カーニャには一度も視線を合わせず、まぶしそうに眼を細め湖に語りかける。

「あたし村で一番年上の子供だったの」

 母親からも、他の子どもの親からも必ず言われること。

「おねがいね」

 期待されるのがうれしかったこと

 期待に答えられないのが怖かったこと

 そうしてるうちに泣くことを恐れるようになったこと

 村を逃げ出した時ですら泣けなかったこと

 それがアミュアに抱かれた瞬間にこらえられなくなったこと

そういったユアの主観だけを並べ立てたのだ。

だから、とは一度も言わない。

 これはユアの独白であって、同情ではなく、思いやりですらないという姿勢。

こういった気遣いはカーニャにはこたえた。

自分の方が年上だという気持ちがあり、どうしても素直になれない。

ぐっとおなかに力がはいった時、カーニャは気付いた。

涙が止まっていることに。

おどろいてユアを見る。

(まさか‥‥計算してやってるの?)

そこしれない恐怖すら感じる違和感。

「なんだかお腹空いたね!」

にっこりひまわりでこちらを見るユアには、カーニャが思ったような影は一筋もないのだった。

(ああ‥くもってるのは私だ…)

すっと腑に落ちたら、グゥとお腹が鳴ってしまった。

両手で顔を隠したが、真っ赤になってるのは自覚があった。

(もう恥ずかしくてユアの顔見れない!)

その心の声を聞いたかのように、ユアが立ち上がる。

「我慢できない。よだれがたれてきたから先に行ってるね!」

そういって、へたくそなウインクをして去っていったのだった。

指の隙間から見ていたカーニャは、ユアが出て行ったとたんに我慢できなくなり笑いだすのだった。

「あはっ、あははっ。あはははっはは!」

今度は別の涙が出てくるカーニャであった。


ーーアウシェラ湖によったときですね。

ーーーうん‥‥カーニャ‥‥

ーーカーニャは頭がよすぎるのだと思います。

ーーーそうなのかな?

ーーユアに半分あげると丁度よくなります。あとウインクがひどすぎます。

ーーーアミュアひどいよ?!


 落ち込んでいるノアも食事はちゃんと取った。

多少マナーが乱れ、後半はフォークを投げ捨て手づかみであったが。

セルミアはちょっとこめかみがピクピクしていたが、笑顔は崩さなかった。

「どうかしら?もっと食べられるなら持ってこさせるけど?」

ニコニコ明るく聞くのだった。

「‥‥」

 ノアは無言。

口の周りと、両手はソースや油でべとべとで、それをテーブルクロスで拭いたので、辺りは大惨事であった。

テーブルクロスは大きな長机を包む、大変高価そうな刺繍入りの大判である。

何年も掛けて作り上げた作者も草葉の陰で泣いているだろう。

ナプキン代わりにされて。

そのあたりの物に価値を感じないセルミアが主人で良かったとも言える。

「あなた達、ノアの口と手を綺麗にしてあげて」

 控えていた影メイド達に指示をだすセルミアは特に表情に変化はなかった。

そうして二人がかりでメイドが拭き上げていると、鼻がむずむずしたのかノアはメイドさんのエプロンをおもむろにつかみ。

ちぃーん

と鼻をかむのであった。

これにはさすがの無表情メイドさんも青筋であったが、主人には逆らわず無言でご奉仕するのであった。

メイドの鏡である。


ーーノア‥‥今のノアはもしや大分まともなのでわ?

ーーーほんそれ。

ーーセルミアはノアをこうして取り込んだんですね

ーーーもうこの時点で狂気をかんじるよ‥‥セルミア


 ノア寝かしつけ当番は、わりと人気の配属である。

最近のノアは、少しだけメイド達に懐いてきていて、ちょっと報われる気持ちになるのだ。

ベッドに入ったノアが寝るまで髪をなでたり、請われれば読み聞かせもするのだ。

短時間で眠ったノアが、なかなか握った手を離さなかったりすると、胸が熱くなるのだった。

今日はノアが好きな食事だったのか機嫌が良かった。

今日の頭撫で当番は、何度もノアに手を焼かされたメイド長であった。

眠りに落ちる寸前にノアが言葉を漏らす。

「いつもごめんね」

すうすうと健やかな寝息を聴きながら、肩を震わせるメイド長の姿があった。

それはドアのそばで緊急時に備えていた、若いメイド達にも飛び火し、すすり泣きのトリオが滲み渡るのだった。


ーーメイドさん達の苦労が‥‥そしてノアのあざといギャップ!?

ーーーいやほんとね‥‥あと、あざといは可愛そうだよぉ素直なんだねノアは



ふと気づいて足元を見ると、そこに黒髪の少女が倒れている。

(黒髪、ウエーブ、わたしと同じ顔‥‥そうだカーニャが言っていた影獣だ)

頭の上にしゃがみこみ顔を見つめる。

「ほんとうにわたしにそっくりだ。これならカーニャもびっくりするはず」

しばらくじーっと見ていたが、起きる気配がない。

「起きてください黒いわたし」

おし!おし!おし!おし!

遠慮なくいろいろな所を押すアミュア。

「ふぎゃああ!!」

さすがにこれには耐えられなかったのかノアが起きた。

さっと頭が当たるのを回避したアミュアが仁王立ちで見下ろす。

腰に手をあて、胸を張っている。

「何するんだ?!びっくりしたじゃない!」

体を両手で隠しアミュアを見上げるノア。

ちょっと内またでペタリと座っている。

「なかなか起きなかったので、頑張って起こしました」

ジロっとアミュアを睨んでいた。

「黒いわたし、名前はあるんですか?わたしはアミュアです」

何時までも見下ろされるのが気に入らないノアが立ち上がった。

腰に手をあて立っているアミュアを、正面から腕組みで睨む。

「ノアよ。銀色はアミュアって言うのね」

お互いを色で認識していた二人は、ここで固有名詞を獲得し合った。

ふっと気づいてノアがきょろきょろ見回す。

「真っ暗‥ここはどこ?さっきまで城にいたのに」

「知らないんですか?」

ちょっとまた得意そうになりアミュアが教えてあげる。

「ここはラウマ様の空間です。わたしの生まれた場所?だと言われています」

「らうま‥」

ノアはその名前に聞き覚えがあった。

どこで聞いたかは思い出せなかったが。

「ラウマではなくラウマ様です」

「‥‥」

ノアにはそもそも敬称という概念が無かった。

「らうまさまとは誰なの?」

アミュアは少しイントネーションに違和感を覚えたが、音節はあっていたので認証した。

「わたしのおかあさんです」

「どうしたら帰れるの?これ」

ちょっと自慢気に答えたアミュアの言葉に一切興味を持たず、自分で質問しておいてさらに質問するノア。

「わかりません」

即答のアミュア。

「やくたたず銀色」

「黒いくせになまいきですノア」

色に優劣があるのか不明だが言い返したかったアミュアは、即時に思いついたことを言い返した。

((これは会話にならない、実力行使だ。))



ーーーひどいなこのふぁすといんぷれっしょん!?

ーーこのあとぼこぼこにしてやりました。(ぼこぼこにもされたけど‥‥)

ーーーよりひどいよ?!

ーーなんだか理由もなくイライラするのですこの頃のノアは


「聞いてほしい事があるのだけれど‥」

「もちろん、なんでも話して。二人だけの秘密でもいいよ」

そのユアの話し方が何時もと違い、トクンとカーニャの心音を高めた。

(こうゆう時いい声でいうから、ユア)

小さく静かに話すときユアは落ち着いて大人びた声をだすのだった。

「きっとユアも気にしてくれてたみたいだけど。私と両親は仲が悪いのよ」

カーニャの夜目では慣れてもユアの顔が判らない。

「これは私が12才の時に、両親を問いつめたからなの」

 私が悪いのよ、と小さく呟くカーニャ。

すっとユアの手がほほに触れてきた。

とても優しく、大切にほほに添えてくれたのだ。

話題から、沈みがちだったカーニャの心に明かりが灯る。

ユアの手に自分も手を添え、カーニャは続ける。

「色々聞いて回って、嗅ぎまわったのね私。今考えると秘密を暴くなんて嫌らしい事なんだけど、当時の私には人の過去を探る気持ちより、真実を知りたいって気持ちが大きかったのね」

 カーニャが聞いてほしいと言うと、ユアは質問したり意見を言ったりしない。

本当にただ聞いてくれるのだ。

「ごめんね…こんなの聞いても嫌な思いするだけかも」

急にユアに申し訳なく感じるカーニャ。

今の二人には年の差はなくなっているとカーニャには自覚がない。

「いいから全部はなしてしまうといいよ。あたし誰にも言わないから」

もちろんカーニャはそんなことを一度も疑ったりしていないのだが、言葉に甘えて吐き出すのだった。

「私達姉妹は本当の娘ではなかったの、半分だけ‥‥」


ーーむぅ‥‥このころからカーニャといちゃいちゃしてたのですね。

ーーーうん‥‥でもカーニャはきっと孤独に生きてきたんだってこの時思ったんだよね。

ーーうん‥‥強いから孤独でいられてしまった?

ーーーそうなのかなぁ


 ずっと心の奥にしまい込んでいた事柄が、次々とあふれ出す。

ユアは一言も語らず、ただただ頬に手を添えてくれていた。

その表情は暗がりで影になっているのだが、カーニャには真剣な瞳が感じられた。

「そうして問い詰めて全て聞き出した私は、家に戻らなくなったの。」

カーニャは途中から閉じていた目を開きながら続けた。

「両親が嫌いになったとかじゃないのね。ただ気まずくて顔を合わせられなくなった」

そうしてカーニャの告白は終わったのだった。

 すっとほほに添えられていたユアの手が離れ、カーニャの手を握りしめた。

「ちょっと難しくてよく判らなかったけど、大事なことはわかったよ」

それだけ告げるとユアは黙り込んだ。


ーーぷぅ

ーーーどしたの?

ーーなんでもないです!

ーーー???


 翌朝目が覚めたカーニャは、むくりと起き上がりそこにユアを見つけ驚く。

(そうだったユアが泊っていったんだった)

そこでゆっくりと昨夜の自分の告白を思い出す。

(私ったら!何てこと話してしまったの?!)

夜のやさしい闇の中、すっかり吐き出すように話してしまった。

(どうしよう‥‥ユアにしっかり口止めしなきゃ)

そうして自分の思考にうんざりする。

ーーー何て利己的で理性的な思考。

カーニャには自分の中に自然と生まれたその言葉が、ふたりの昨夜を汚してしまったように感じられたのだった。

ユアがひまわりのように純粋で温かいからこそ、自分の思考に嫌気がさすのだ。

すっかり自己嫌悪なカーニャはベッドからそっと降りて身支度をするのだった。

(自分の考えが恥ずかしくてユアの目が見れなさそう‥)

ーーー折角の優しい夜だったのにな。

そう残念に思いながらユアのそばを離れるのであった。


ーー本当にカーニャは利口すぎるのですね。

ーーーそうなのかな‥‥あたしにはただただ泣いてる子供に見えたよ‥‥

ーーこの後カーニャが居なくなってユアが探しに行ったのですね。

ーーーそうそう


(なんか書置きしてでてくるなんて、家出みたいね)

クスっと笑うカーニャには悲壮さはどこにもない。

行動ほど落ち込んでもいないのだった。

ただちょっとユアに会うのが恥ずかしかったのと、やっぱり自分の思考がユアに相応しくなく感じて少し悲しかったのだ。

そうして静かな山の上で一人で居ると、小さい頃を色々と思い出したのだった。

(お母さま‥‥いつもここに迎えに来てくれたのはお母さまだったわ。そんな事も忘れていたなんて親不孝な娘だわ)

秘密にされていたショックも、出自を知った恐怖も。

それを暴いた気まずさも。

もうとっくの昔にカーニャの中では整理がついている事だった。

(どうして私は、いつまでも意地を張ってるのかしら?)

カーニャと呼ぶ声がした。

まだ少し遠いがユアの声だと解った。

ユアの体力なら準備運動程度の山である、本気なら数秒で跳び上がってくるだろう。

それを気配をさらし、ゆっくり登ってきたのだ。

カーニャはその気遣いにも胸が熱くなる。

「探したよ、お姫様」

いつかの夜霧の上のようにふざけてユアが言う。

「バカ‥」

カーニャも赤くなり同じ様な答えをするのだった。

カーニャの隣まで階段を登ったユアが、隣に立つ。

「ごめんねユア‥‥あなたといると子供みたいな事をしてしまうの」

ちょっと恥ずかしそうにうつむくカーニャ。

ユアは視線を合わせない。

「昨日はちょっと眠くなっちゃって、ちゃんとお話出来なくてごめんカーニャ」

そうして謝罪しあうと、いつもの様に視線を合わせクスクスと笑い合った。

ただそれだけでカーニャの心は幸せに包まれたのだった。

嫌なことなど何もなかったかのように、晴れやかであたたかな気持ちだけが満ちてくるのだった。

カーニャの隣の日陰に座るユア。

展望台は屋根がある庵になっており、日差しは当たらない。

虫の音だけがうるさいほど鳴り響いて夏を告げる。

「そうだ」

 突然沈黙を破り、話し出したユア。

「昨日寝る前にカーニャに伝えたかったことがあったの」

唐突な話にカーニャは戸惑う。

(そんな流れだったかしら?)

いつもの様に、にっこりカーニャを見てユアが続けた。

「カーニャはちゃんと両親の事が好きで、両親もカーニャの事が大好きだよきっと」

 思いがけない言葉にカーニャは感情を抑えきれなくなる。

いつかのアウシェラ湖の朝のように、意志では制御できない涙が溢れてくる。

静かに涙を流したカーニャを、そっと抱きしめるユアであった。

少しうるさいくらいの虫の音は、2人の会話をきれいに隠してくれるのだった。

2人だけの秘密だねと。


ーーそうだったんだね‥‥前にカーニャが言ってたの。王都に行くのを「これは親孝行なんだ」って。きっとカーニャは素直になったんだね、ユアのお陰で。

ーーーうん‥‥そうだといいな。


ベッドに大人しく入ったノアの横に、椅子を持ち座るメイド長。

いつものようにまずはノアの手を握ってあげるのだった。

ノアはとても寂しがるので、寝かしつけるのは大変だったが、とても実りのある仕事だった。

「さあ、お目を閉じて。今日はもうお休みいたしましょう」

やさしい声でメイド長はノアにささやいた。

すっと目を閉じたノアは、しかしいつもとは様子が違うのだった。

「ノーラ、教えてほしい」

ノアに名乗ったことはなかったが、セルミアがノーラを名で呼ぶので聞いていたのだろう。

ノーラの中にあたたかな気持ちが湧いてくる。

自分の名前をノアが覚えてくれたからである。

「どうしました?なにか解らないことでもありましたか?」

ノーラは優しくノアに近づきすぐそばでささやき交わした。

その声は小さく、後ろのメイドには届かなかった。

「セルミアを信じていていいと思う?」

ドクンとノーラの心臓が高鳴った。



ーーノア‥‥ダメに決まってるでしょ?頭わるいのかな?

ーーーアミュアぁかわいそうだよ‥‥ノアだって考えてるんだよ?

ーーなにげにユアも辛辣ですね、イイゾモットヤレ

ーーーセルミアを信じていたんだね‥‥ノア。


「ユア!確保!」

アミュアが叫ぶ。

ノアが覚えのある銀色の気配。

「ガッテン!」

黒い獣からユアが飛び出して後ろに回り込もうとする。

凄まじい速度でノアの背中に迫る。

回転して正対しようとするのだが、近づいて螺旋の様にノアに巻き付く進路を取るユアを追いきれない。

「なにするの!」

ノアが叫んだ時には、左手を取られ後ろに回り込まれていた。

「はい、いっちょ上がり。大人しくしてね黒アミュちゃん」

ユアは優しくふんわり笑ってノアを拘束した。

左手をひねり上げ後ろに回ったが、ノアが痛くないように加減されていた。

黒い獣から同時に飛び出していたアミュアも、遂にノアの前まで来た。

「これでもくらえ!」

アミュアの右拳は後ろに引かれ上体が限界までねじり上げられ、踏み込みと同時に身体強化をまとい体重の乗った右ストレートとなりノアの顔面に迫った。


ーーーだからぁ‥‥ひどいよぉアミュア。

ーーうん‥‥ちょっとこれはわたしも反省。左ジャブくらいにするべきでした。

ーーーなぐるのはやめないのね‥‥


(なんという幸運。探し物のほうから現れてくれるとは)

セルミアからは接触せず、報告しろと言われていたので一旦監視だけしながら部下を呼び寄せていた。

眼下それなりの距離でぷかりと浮いていたノアは岩によじ登った。

濡れてしまったので張り付くのか脱ぎづらそうに服を脱いでいく。

(あらら、これは約得かな?)

ノアはレヴァントゥスの視線に気づかず、下着まですべて脱いで岩に広げた。

そのあちこちとふくらんだりへこんだ体のラインを見ながらぼんやり考えるレヴァントゥス。

(なかなか発育よくなったねノアちゃんも)

そんな邪な考えをもったからかどうか、レヴァントゥスは首筋にヒリっとした殺気を感じる。

背後につかれていた。

首の横には抜き身の黒い刀身、殺気どころか気配もレヴァントゥス以上に見事に消し背中側に居た。

「女子の覗きとは、品性も底まで落ちたか?レヴァントゥス」

そおっと顔を横に向けると、ピトと刃が首にあたった。

カルヴィリスの気配も殺気も抑えられノアまでは届かない、レヴァントゥスにだけ気づくように故意に漏らしたのだ。

その気なら首が落ちるまで気づかせないだろう。

「こ‥これはこれはカルヴィリスさんでしたか。どうしてここに?」


ーーいいぞカルヴィリスやってしまって!

ーーーノア以上にレヴァントゥスに厳しいよねアミュア。

ーーだって‥‥なんか嫌いなのですあいつ。


ミーナは昔に戻ったようにアミュアにベッタリで、アミュア成分をたっぷり補給する作戦のようだ。

お風呂だろうと食事だろうとそばを離れないのだった。

両親もほほえましくそのミーナを見て、アミュアへの信頼を厚くしたのだった。

一方ラウマはこういったやり取りが初めてで、とまどうことばかりであった。

お風呂はユアが一緒に入り、いろいろ指導したのであった。

「ユアって呼んでくださいね!あたしも周りの人が不審に思わないようにラウマってよんでもいいですか?」

にっこり笑顔になってラウマは答える。

「もちろんです!ぜひ丁寧語もいらないのでアミュアと同じく扱ってください」

とてもうれしそうなラウマ様であった。

ユアはカーニャの両親やマルタスにすら敬意をあまり示さない。

「うん。仲良くしようね!ラウマ」

ラウマにだけそれをするのは不自然だったのだ。

「とてもうれしく思います、わたくしもユアって呼びますね」

にこにこでユアの背中を洗うラウマ様。

女神に背中を洗わせるユアに真なる信心はあるのであろうか。

そうして仲良くなったラウマ様はミーナを手本にしたのか、ユアにべったりであった。

それを見てちょっと複雑な気分を味わうアミュアであった。


ーーラウマ登場‥‥そして三人目の同じ顔‥‥

ーーーこの頃はまだ女神ラウマ様だと思ってたよねみんな。

ーーまさかわたしと同じとは思いませんでした。

ーーーそしてどんな複雑な気分だったの?アミュア?

ーーぷぅ!ユアのいじわるぅ‥‥


ユアにはすべてがスローモーションに見えた。

ゆっくりと手を離したアミュアが両手を広げてユアの前に出る。

青白い光る弾丸はアミュアの右肩に当たった。

当たることで魔法の解析が終わる。

(やはり三種複合!闇、水、地だ)

そこを起点に長大な呪言の様な文字と図形がプリズムの色で描かれる。

その虹色に輝く帯がアミュアを縛ろうとする。

アミュアは左手で銀のロッドをかざし魔法を発動する。

読み解いた3種複合魔法の反応属性たる、光と炎と風だ。

3種複合は初めて発動させたアミュア、制御と変換魔力が追いつかず苦しい。

アミュアの左手の爪が弾け飛び血の線が空中に伸びていく。

「あああぁあぁっぁあっぁ!!」

アミュアの喉が絶叫を放つ。

キッとロッドをみるアミュア。

「ししょう!おねがい!ちからをかして!!」

左手に持つロッドから突然緑の魔方陣が左手全体に巻き付き粒子に変えていく。

ソリスの積層魔法陣、人体変換だ。

遂にアミュアの左手が全て解かれたところで魔法発動。

綺麗に反応した魔法はアグノシアを食い尽くし、アミュアとセルミアに等しく返した。

セルミアの左手にもった銃が粒子に解かれていく。

途中で気づき手放したが、結局左手はすべて持っていかれた。

アミュアの銀ロッドも塵になり消えて、ゆっくりとアミュアが前に倒れる。

「アミュアァァ!!!」

やっと動き出した時の中で、ユアは空気さえ邪魔だと思いながら前に出る。

地に落ちるまえのアミュアを受け止め胸に抱え背中から落ちた。 


ーーーくすん‥‥もうこんな事絶対しないでアミュア‥‥

ーーごめんなさいユア‥‥勝手に身体がうごいちゃったの。

ーーーそうしてラウマ様にすがってアミュアを治してもらったのよ。

ーーはい‥‥大切なものをたくさん失いました。


 ノアの告白が終わり、結論に戻る。

「もう一度立ち向かって、ノアがノアだと言わなければどこにも向かえない」

まっすぐで真剣な視線であった。

カルヴィリスはノアが初めて一人の人間に見えた。

いままであなどっていた訳では無いが、どこかで子供だと決めつけていた。

「次はカルヴィリスの番。教えてどうしたいか」

ノアは名前を略さなかった。

甘えはないのだと突きつけられた気がした。

とても大事な秘密を沢山聞いてしまったが、カルヴィリスに話せることは少ないと改めて気付き愕然とする。

「私は死ぬことを禁じられているの。主を守れなかったあの日に」

すっと本音がでた。

それこそがカルヴィリスを縛っている呪だった。

無き主人よりいただいた最後の言葉。

「ルヴィが死ぬのはノアも禁止したい」

まっすぐにノアが見つめている。

嘘や誤魔化しでは通りそうにない。

「わかった全部一度話すわ」


ーーなまいきですが‥‥まぁノアらしくなりましたねやっと

ーーーカルヴィリスも悩みを悩みを抱えていたんだね‥‥

ーーそうですね‥‥もっと違う出会いがあったら

ーーーうん‥‥あたしも戦うのはもういやだよ。

ーー悲しい事もありますが、こうしてノアはノアになったんですね。


「随分しおらしくなったねノア」

アミュアはすっかりノアの記憶も戻り、毒舌も戻っていた。

素直に礼を述べたノアを煽る。

「アミュアと違って大人になったのよ、クスっ」

ノアはカルヴィリスの指導で会話スキルも上がって煽り返した。

あとカルヴィリスのマネも好きだった。

「くぅ!!」


ーーゆるさん‥‥やはりこいつはなぐる。

ーーーまぁまぁ‥‥仲良くしようよ。

ーーだってぇノアがぁ‥‥

ーーーよしよし


 地下牢のある部屋で、ノアは壁に向かい立っていた。

すぐに追いついたアミュアが声をかける。

「ノアに聞いてほしいことがあるの」

真剣な声だが今のノアには届かない。

身体自体が溶け出すように紫の光をもらしたノアは、何もない壁を見つめていた。

いや――見つめてなどいなかったのかもしれない。

彼女はただ、背を向けていた。

すべてから。


「ただ愛されてきたアミュアには解らない」

アミュアの脳裏にはユアの顔が浮かぶ。

アミュアを見つめ、とても辛そうにして悲しんでいるユアだ。

少し怒りが湧き、淡々と話し始める。


「わたしもまた感情も持たず産まれたの。ただの事故で偶然に」

アミュアが自嘲気味に語りだす。

「誰にも見られず、誰も見ること無く長い長い時を泣いて過ごしていた」

その記憶すら後でラウマから教わったものだ。

「たしかにそこに奇跡があり、ユアと出会いわたしの悲しみは一度拭われた。半分だけであっても」

アミュアの顔が自然と笑みに変わる。

話し続けるアミュアをノアはふりかえり見つめていた。

アミュアのユアとの出会いが、自分とカルヴィリスの出会いと同じように感じたのだ。

「わたしは丁寧にユアを知り、理解することでユアを好きになっていった」

ちょっとほほが赤くなるアミュア。

「ユアもまた記憶すらなくしたわたしを、支え理解してくれた」

カルヴィリスも丁寧にノアを知り、教えを助けをくれた。

震えながらノアが問い返す。

「わたしも‥愛されていいの?」

アミュアがされたように自分も誰かに愛されたいと思ったのだ。

ふとノアは気付いた。

メイド達は、ノーラは自分を愛してくれていたのだろうかと。

カルヴィリスは自分を愛してくれていたのではないかと。

最後の抱擁がそれを証明していないかと。

ノアの瞳がうるみ、わずかに揺れ始める。

それは、まるで初めて夜が明ける瞬間のような、戸惑い。

アミュアもまたその瞳に涙を浮かせながらノアを見ていた。

徐々に赤面していくアミュアは何かを探すようにキョロキョロと見回した。

そして消え入りそうにそっとささやいた。

「わたしもユアに……愛されて、生まれなおしたんだから……っ」

顔は真っ赤。

もはやまっすぐ前が見えない。

指先が震える。足元がふわふわする。

でも言葉だけは、ちゃんと届いた。

その瞬間。

「わーーーーっ!!!」

物陰から転げ出てきたのは、声にならない声で叫ぶユア!

「てえてえがクリティカルヒットぉおおおぉおお!!!!!」

その場で転げ回り、床をバンバン叩くユア。

追いついたが様子をみていたのだ。

ラウマも新しい体をもらい階段の影から真っ赤になり両手で顔を隠し、指の隙間から見ていた。

ノアは呆気にとられたようにぽかんと見つめた。

アミュアは「うわああああ!!!」と顔を覆って壁際へ!

さわぐ三人を交互に見たノアの頬にも、微かな笑みが浮かぶ。

小さく小さく、でも確かに。

溶け出していた紫の光はもうそこにはなかったのだった。


ーーーアミュア‥‥愛してるよ。

ーーいやぁん‥‥はずかしいよぉ

ーーーこうして4人になって家族になったんだよね!

ーーはい‥‥大切なかぞくです。

ーーー私達の幸せはこれからだ!

ーー打ち切りですか?!










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